利也子の日記

スピリチャル ヒーラーとしての活動や文筆物。

自信

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内側でばい菌との戦いが起っている時は傷は膨らんでいるのだがその時期が終わると傷は割れて膿が出てくる。
あとはきれいに治る。
膿が出てきたときには出してしまうだけでいいのである。
もうその下の潜在的問題は治っているのである。

何か異変が起っている時はよく見定めてみて、今は事の起こりの時期ではなく解決の時期であるという事を把握してみると自分のとらなくてはならない行動も自信を持って選択できる。
「これはあとやり抜けばいいだけである!」という事か「考えを基から変えたほうがいいか?」という事か。

自信を回復しなければならない人は多い。
自分の判断力を信じられない人はまだたくさんいる。
「本当の自分」は素晴らしく、そこまで行くと「本当の愛」の行動が取れるので間違いは起らないのだが、スッキリとそこがどうも信じられない感じがする。

自信は回復できるものだ。
もともとあって今チョッと萎えているだけだ。
だからゆっくり自分を大切にしてその部分に愛と光を当てる。
疲れているときは強い風に当たり続けてはいけない。
休養をとって振り返りどこで自信を失ってしまったか思い出してみよう。

生まれたときから一度も自信なんてなかった、という人はいるだろうか?
「自信」と聞くと優秀な人の特権のように聞こえるが、生き生きと楽しく自分らしく過ごし、何がしたいか何が善いか自然に選ぶことが出来たあなたはちゃんと存在するのだ。
必ず何か得意なことがあったはずだ。
それだけしていれば幸せだったことが一次的にでもあったはずだ。
そしてみんな誰でもお互いの命を尊重する清い心を持っている。
明るいニュースが流れると人事でも嬉しい。
メダルを獲得した人にはテレビにでも拍手を送る。
その一つ一つの行動はあなたの「真」「善」から生まれているのだ。
あなたは「真」そのものなのである。

あなたは本質的に愛に溢れた存在なので生命の響きが発散している人や場所やイベントに共感するのだ。
そして自主的に参加したり応援したりする。
個人的にも困難があろうが毎回また立ち上がって生き生きと暮らすことに専念している人を心からサポートしたくなる。
本物はわかる。
あなたはそれを見抜く目を持っている。
自信を持っていい。

空威張りではない。
エゴではない。
自己主張が強いのが自信ではない。
周りを殻で包まなくてもいい。
本質を踏まえて愛がさらに自由に流れることを直感的に見抜くことが出来る、それが自信である。
ただひとつの才能に長けているだけの存在ではない、あなたは「全体」の存在なのだ。

広くて大きい。
限りない理解力を持っているのがあなただ。
今それを生かせる時がきた。
使い始めるともっとよく解る。
あなたは世の中の光である。
使うのに慣れ始めるとさらに解る。
あなたの回復を世の中は待ち焦がれていたのだ。

あなたの中の「本当の自分」は一度も死んだことは無い。
永遠に生き続ける力を持っている。
永遠とは限りないということである。
つまりあなたは無限の生命力によって生きているので自身を失う必要など一回もないのだ。
「すべて」があなたなのであるから堂々と自分らしく素晴らしさを発揮していただきたい。
ちょっと新しい目が慣れると「あ、なんだ、自分と同じ仲間はたくさんいたのか!」と驚くことであろう。

あなたは初めから愛されていたのだ。
そして条件なしで認められていたのだ。
ホッとして、また始めよう。
自信を持って「素晴らしいあなた」の表現をしよう。
「本当の愛」に導かれた判断力を失うことは無いのだから。
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  1. 2007/05/31(木) 20:19:11|
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嫉妬

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嫉妬とは厄介なものである。
一度何かに心を捉えられてしまうとどうにも納まらない。
気が付くとそのことにがんじがらめになっていて、もっともっと開放的に行動したときに得られる満足感を放棄している事になる。
窮屈で疲れる、、、
どうしたらよいだろう?

どこから始まっているのだろうか?
誰かがあなたより多く持っていると感じたからであろうか?
あなたより美しい、賢い、ひいきにされていると思ってしまったのであろうか?
あなたより仕事が出来る能力があると焼餅を感じているのであろうか?
恋人を奪われたと信じているのか?
あなたから何かをもしくは誰かを奪う事の出来る人はいるのだろうか?
そんな権限を持っている存在はナンであろうか?

漠然と「金持ちが羨ましい、、、」という思いは何の役にも立たない。
遺産相続があるたびになんとも醜いいやらしい姿が現れるのだ。
あんな思いをしなくて済んでいるだけでもあなたはすごく幸せなのだ。
でもそんな次元ではないもっともっと簡単な解決法を考えてみよう。
あれよりはよいのだという捉え方は優越感であって本当の解決法では無い。

「本当のあなた」にはサイズがない。
無限大の存在である。
どこまでも好きなだけ大きくもなれるし、大きさは関係ない自分である。
「本当のあなた」は全てを持ち合わせている。
「すべて」というのは無限大に広がっている全てなので「じゃあ、今はこれを顕現してみよう」というフォーカスが定まるとそれがあなたの人生にドンドン出現し始める。
何歳になってからどの学問の勉強をしてもいいのである。
相手が知識人で自分は無知であるというところから嫉妬が発生していたら思いっきり勉強すればいいだけである。
「私はそんなに賢くないんです」というのは言い訳に過ぎない。
あなたは賢いのである。
限りない知恵の泉はあなたの中にある。

作品が思うように出来なくて成功して脚光を浴びている仲間に悔しい思いを寄せるのもエネルギーの無駄である。
あなたの作品は発表される!
あなたは自分の作品の事に熱中すればいいのである。
新しい素晴らしいアイディアは無数に空中に浮いているのである。
自分のアンテナを研ぎ澄まさせて受信すればよいだけであるし、アートに関わる技術の向上はあなた個人の問題である。
人に関わっている時間を惜しんで自分を磨こう。

兄弟全員英語がペラペラで自分は何も外国語は知らない、などという状況でも本当に必要のない事であればコンプレックスになる必要は無い。
今いらない事に劣等感を持つ必要は無いのである。
あなたはあなただ。
本当の自分の素晴らしい才能を発揮して幸せに暮らすのが先決問題である。

一番簡単なのは「素晴らしいあなた」から出発して、純粋にあなたが本当に楽しい事をし続けることである。
楽しい時間が増えると人がどうであれ自分の素晴らしさがあふれ出してくるので嫉妬している暇も気持ちの余裕もなくなる。
そんな時間はもったいない!
もっとすることがいっぱいあるのだ!

目を閉じてゆっくり「本当の自分」を呼び起こしてみよう。
あなたは全てを持っている。
あなたは何が幸せかはっきり知っている。
人から奪うものは無い。
うらやむ人もいない。
あなたはあなたでいることが嬉しくてたまらない。
「愛」が心を満たし始める。
「愛」が身体も満たし始める。
「愛」が外まで溢れ出る。
愛の波長はあなたの全てを取り巻く。
キラキラした光の球があなたをいつも包んでいる。
美しさしか存在しない。

みんな同じなのである。
みんな「本当の愛の世界」から来ている。
あなたがそれに気付くのが全部の答えである。
それ以上欲しがらなくてはならないものは無い。
あなたはもう持っているからだ。
今ここでそれが発揮できる!
  1. 2007/05/30(水) 20:31:39|
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あなたは、

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魚座の子持ちの女性が「あなたは愛そのものなのです!」と書くのはある程度納得のいくものなのだが、20代の独身男性同士が「俺たちは愛そのものの存在だよな~!」っと話し合うのはちょっと照れくさい。

どうしても言葉に引っかかってしまう。

あなたは「本当のあなた」であるということが解ればいいのである。
「本当のあなた」は輝かしい光であることが解ればいいのである。
そして何もかもと一体であり、調和して平和に暮らせる存在である事が解ればいいのである。
もともと「すべて」であるものであるので個々に分かれていても同時に「ひとつ」の存在だと解ればいいのである。
そして人間である事を楽しめばいいのである。

今のあなたが喜びを感じる事が大切なのである。

個々に分かれて現れているからつながったときの感激が大きい。
分かち合ったり、抱き合っている時の充実感は「愛」の表現であるとしか書き表せない。
親子でも兄弟でも同僚でもまごころや思いやりはポッと暖かみを感じるので「愛」はエネルギーだと思う。
自分と同じエネルギーが流れたので喜ばしいのである。
愛は喜びである。

そして全てを動かしているのが「生命力」でそれを「本当の愛」とよんでいる。
雨の日も「本当の愛」は消えない。
大自然を動かしているのも愛である。

無限大のものである。
あまりにも大きいのでよく解らない。
それで少しずつ理解できるようにキー・ポイントが現れる。
毎日無限大ではちょっと大変だ。
目の前の事をやり遂げると「あ、また解った!」という達成感が生まれる。
愛の表現が無限大にあるのであなたはあなたらしくさらにフレッシュに発案してよいのである。
人類全体のことでも、たった一人の人のことでも、「真の幸福」をもたらす知恵の泉を持っているのでアイデアで行き詰る事は無いのである。

あなたの素晴らしさはあなたが発見する。
あなたがまず認めたとき愛の仲間は祝福してくれる。
あなたの輝きは愛の響きなのでどこまでも届くのである。
あなたの本当の美しさは誰にも書き表す事が出来ない。
あなたは「真」だからである。

内側にあるのだとか外側の違う次元にあるのだとかいう心配はしないでいただきたい。
「今、ここ」にあるのである。
あなたは今ここにいるのだ。
今ここで息づいている。
あなたはひたすら愛するだけでいいのだ。

欲望を満たすのが愛ではない。
「本当の自分」を生きるのが愛である。
  1. 2007/05/29(火) 20:38:27|
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自分を許す

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自分を許せない、と思うときがある。
相手を許せないのと少し違う。
相手は許したりまた少しイヤになったり色々変わるのだが、自分の事はなかなか変えられないと思う。

自分を許せない時は誰に許可をもらって許されたと思えるところまで行くのだろうか?

ひとつの方法は自分宛に正直に手紙を書いてみることである。
顕在意識の自分と潜在意識の自分とそのまた内側にある「本当の自分」のレベルの違いが段々に観えてくる。
何故自分を許せないのか?
自分は本来そんな人間では無いという思いがあるからそんな行動や考えをしてしまった自分が本来の姿に合っていないのでいけないと思うのである。

ずーっと思いつめているより、安全な場所で人に見られないことを確認して書いてみる。
もう一人の自分が読み直す。
少しずつ何故その行動や考えが生まれてしまったかが解る。
何もないのにいきなり悪感情は湧かない。
下地になる何かがあったのだ。

自分に優しく目を向けてみよう。
書けば書くほど客観的に見られるようになる。
そして本来は楽しく調和して幸せに暮らしたいのだと願っている本当の自分がありありと表れてくる。

正直にいえなかった自分、自信が足りなかった自分、優しくして上げられなかった自分、悪い言葉で人を貶めてしまった自分。
どうしていいか解らずに立ち往生していた自分、時間を無駄に過ごしてしまった自分。

書いたら燃やしてしまおう。
また出てきたらまた書いて燃やしてしまおう。

誰かに聞いてもらうのもいいが、どうしても核心の部分はハッキリといえずに都合よいような話の持っていき方になってしまうことが多いので、自分と向き合うのには自分だけの時間をとるのが必要である。
穏やかにジャッジメントを加えずに聞いてくれる人は少ない。
みんな意見をいいたがる、癒しのはずの場でも優越感などが入ってしまう。

間違いは誰でもある。
知らなかった事は今解ればよい。
子供だったので何の力も及ばなかった事はもう大丈夫、誰もあなたを責めない。
あなたが自分を愛し、愛の中で全ての悪感情が解けてなくなってしまうのをゆっくり観てみよう。

あなたはあなたに愛されていいのだ。
自分を愛しています、という方でもまだスッキリと本当の自分を把握して「なんて素晴らしい輝きなのだ!」とホッとすることが出来ていないのでは無いだろうか?
うぬぼれではない。
純粋な美しい魂であるあなたは穢れを知らないのが本来の姿だ。
明るく知恵に満ちている。

自分宛に手紙が書けるだろうか?
今ある問題はあなたのどの部分の反映だろうか?
それとも問題なのであろうか?
成功への糸口であろうか?
幸福のドアの鍵なのでは無いだろうか?

もうひとつだけ努力してみると世界が変わるのでは無いだろうか?
許すとか許さないとかは関係なくなるのでは無いだろうか?

あなたはあなたである。
「本当のあなた」が顔を出すだけでよい。
こんなに素晴らしい自分を隠していたのが許せないと思ったらジャンジャン今輝けばよいのである。
愛が足りなかったのであれば愛すればよいのである。
愛の表現に行き詰っていたなら、表現にこだわらない自分をもっと呼び起こせばいいのである。

問題も悪感情もストレスも「本当の愛」の前では何の威力もなくなる。
ただふと消えてなくなってしまうだけだ。

あなたはすでに許されているからである。
許す許されないなど関係ない世界から来ているのである。
もともと「愛そのもの」であるあなたに戻ればよいだけである。
苦しみはいらないのである。
本来の自分をもっと早くクリアに呼び起こすだけでいいのである。
あなたはそれが出来る!

あなたはすでに全ての答えを持っているのである。
  1. 2007/05/28(月) 21:26:16|
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恋愛

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子供の頃流行歌とはほとんどみんな恋愛の内容ばかりだなと思った。
そしてその後イタリア歌曲などを習い始めるとやはり古い歌も恋愛のことばかりであった。
今も昔も多くの人々が耳を傾けるのは恋の歌である。

ロマンスの始まりであるか終わりであるか、途中の素晴らしく幸せな時期かによって随分内容が違うけれど、恋人を思う気持ちが大衆の心に響く。
ラブ・ソングは遠い過去に書かれたものでも新鮮に感じる。

恋人同士のロマンスはどうして人の心を打つのであろうか?
何歳になっても「ロミオとジュリエット」の悲劇は涙を誘う。
もう一回見たから今後はどうでも良いというようにはならない。
一緒になれない二人のバリエーションを色々な状況で小説や映画で創り続けている。

誰でもみんなフレッシュな恋をし続けたいのだ。
近松の心中物語のように悲しくて美しい、しかし自分の現実にはありえない物語は心の中の「本当の愛」を刺激する。
添い遂げられない愛が「本当の愛」というのではなくて、難しい状況でも二人の本心にしたがって行動したというところに観客は拍手を送っているのだ。

実際の生活では物悲しい恋愛を中心に生きてはいけない。
ところが私たちの本能では、「愛し愛される人と一緒になりたい、それが幸せだ」と解っているのだ。

心のお掃除を続けていくと外側にあったドラマチックでなければ大恋愛でないという観念も外されてしまう。

そのままのあなたでよくて、そのままの相手でよいのである。
すったもんだのやり取りがあって偲び逢って涙を流しながらつき合わなくても、「本当の愛」の交歓が出来る。
「ひとつ」とは何であるかわかると「相手は私一人のものだ!」という縛りがなくなる。
焦らなくてもいつも監視しなくても真の相手はあなたと「一体」のものである。
あなたにはその相手がすでに存在している、まだ現実界に現れていない方は早く心を整えて呼び寄せよう!

お互いに自由でありどの瞬間もそのまま自由に過ごせる。
自由である時が一番新鮮なのである。
自由な発想でますます新しい喜びを毎回分かち合える。
時間通りに行動しなくてはいけなくても心の自由はなくならない。
「本当の愛」はあなたそのものなので飾らなくても美しくいつもフレッシュに輝く。
それをシェアできるので相手も輝くのである。

劇的な出会いでないとソウルメイトでは無いとか、あまりに何もかも平凡なのでこれではたいした恋愛でないという判断は一旦捨てて、あなたの心が磨かれてその輝きにもっとも相応しい相手が引き寄せられてくるのを観てみよう。

心の輝きは肉眼では見えないものであるが、あなたはチャンとわかるのである。
まずあなたがしっかり癒されてピカピカになるのが望ましい。
心に付いた垢を落として傷を治して再出発。
健康な心は健康な心と波長が合う。
前回はちょっと失敗だったと思っている方ももう大丈夫!

もう長い間夫婦ですごしていらっしゃる方も毎日新鮮に「本当の愛」が輝きだすようにあなたの美しさを堂々と顕現していただきたい。
鏡を見るように相手が満面の笑みで答えてくださる事であろう。

Love is All.
Love is You.
All is You.
You are Love.

あなたが愛する時きらめきが甦り光かがやく。
その時あなたはあなた自身の愛のエネルギーを受け取っているのである。
あなたは愛そのもの。
愛するのはもっとも自然な行為だからである。
「本当の愛」に戻って飾らない新鮮なあなたを発揮しよう。
  1. 2007/05/27(日) 21:22:39|
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鳥が自由に空を飛んでいる。
のどかで気持ち良さそうである。

でもヤッパリ雛は親鳥に導かれて少しの間飛ぶ練習をするのである。
私たち人間も2本足で歩くのは当然のことと思っていても初めはハイハイをして少しずつ立つのに慣れていく。

すぐに出来なくても当たり前なのである。
少しずつ目標に近づいていればいつの日か考えなくてもふと行動しているくらいの域にたどり着ける。
上手な人の真似をするのも一案である。
しまいには真似ではなくてそこからすでにあなた自信の境地を切り開いているという結果になる。

「無我の境地」という言葉があるが、師の指導を信じて一心不乱に真髄だけを学んでいると最終的には「本当のあなた」が開花するのだ。
だから師の教えでありながらあなたの独自のものである絶妙な世界を顕現できる。
「我」だけではどこへも行かないのである。
同じところに居座っている、もしくは周りが進んでしまっているので後退しているように見えてしまう。

「本当の自分を大切にする」事と「無我」とは似ている。
「我」つまりエゴがないときは「真の愛」を信じるしかない。
人間知が及ばない時は「神仏」を呼ぶのと同じだ。
本当のものに任せる。一任する。
疑いは入れない、信じるのみである。

鳥のさえずりも親や仲間から教えられるものである。
鳥の自由さは雛が親を信じて本能的に何を学ぶか疑わずに行動するから得られるのである。
親が嘴に入れてくれるものには疑問を持たない。
親の愛情に疑いは無い。
そして上手に飛んで自分たちでエサを見つけられるように導くのが親の仕事であることも疑わずに自然に行なわれることである。

楽しそうに飛び交い歌いあっている鳥の姿は本当の私たちの姿である。
軽く明るく賢く情報を伝え合い時間を分かち合う。
大空もあなたのものだ。
陽を浴びてキラキラ輝きながら羽ばたく姿はあなたそのものだ。

あなたは自由なのである。
エゴを捨てたときもっと自由になる。
  1. 2007/05/27(日) 01:27:35|
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地球とあなた

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太陽系は宇宙の中から見たら小さい家族なのである。
どの惑星にも強い個性がありお互いに深く影響しあっている。
ただの偶然に存在してなんとなく太陽の周りをぐるぐる回っているのではないのだ。
地球は美しく賢く素晴らしい存在である。
地球に支えられている人間たちが地球の性格を受け継いでいても何の不思議もない。

火星人がいたら火の玉みたいに元気いっぱいで熱くて地球人の感覚では付き合うのが大変であろう。
金星人は優雅で美しく愛に溢れてひたすら優しく柔らかいであろうが、商売をしようとか技術を発達されようというような考えは深く持ち合わせていないのでは無いだろうか?
海王星人は気体の体でイメージや夢の中で霞を食べて生きていることだろう。地球人が考える現実的な生活をするのは無理だと思う。

太陽系の家族の存在はともかくとして地球人は大地からのエネルギーを受けて地球の表現の一部分をそれぞれが体現しているのである。

こう考えてみると地球は「本当の愛」の顕現の場ではないか?

私たちの一番深い芯の部分は「愛そのもの」の存在なのだ。
この宇宙全部はもともと「ひとつ」のエネルギーが作り出している。
それを「愛」とよぶ。
それが個々にどのくらい違うものになるかバラバラな物になるか無限の可能性を試すことが出来るのも「ひとつ」であるから安心して出来る事である。
つながっているものは見えなくても安心していられる。
個々のものだと思うと一つ一つ名前を書いておかなくてはならないと思うのであるが、みんなの共有物は名札が要らない。

もともと「愛」自体には名前がないのであるが、みんなが感じているものなので「愛」という代名詞をつける。
個々に自由なので「愛」では一寸ニュアンスが違うと思うと違う名前にしてみる。
たくさん名前が付いてしまう。
そして名前の方から入って来た人は困惑してしまうが「あ、なんだ、ひとつか、みんな同じか!」と解ると安心して「じゃあ、なんと呼んでもいいけどこれが一番当てはまると思う」という呼び名を自分で付けるのである。
ただし、一回解ると他の人がどう呼んでいようと「あ、同じ考えなんだな!」と呼応するのである。

水も火も「愛」に溢れている。
「知恵」そのものの存在である。
地球も「愛と知恵」のかたまりである。
あなたも「愛と知恵」そのものが息づいている存在だ。
そして光に満たされてる。
内側からも無限のエネルギーが湧いてくる。

地球の内側はまだ解明されていない。
あなたの中もまだまだもっともっと雄大な世界が埋もれているのである。
発掘する楽しみもあなたのものである。
石油や井戸を掘り当てるように、必要なものや大きな報酬も好きなだけ手に入れることが出来る。

どこに宝の地図があるかもあなたの心が知っている。
  1. 2007/05/25(金) 22:36:22|
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まごころ

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「まごころを込めて送ります」などと言葉を添えていただくと贈り物も更に嬉しい。
「心」があっても「まごころ」では無いときがあるのだろうか?

真の心。
誠の心。

私たちの「本当の心」はみんな同じである。
本当に平和で幸せな状態を望んでいるし、愛に溢れた生活をしたいのである。

心をたまねぎのように外側から一枚一枚むいていくと解る。
表面では「悔しい」とか「バカにされた」とかいう感情があったとしてもその一枚したには「受け入れられたい」「認められたい」、そして「仲良く暮らしたい」「愛し愛されて生きて生きたい」などなど、微妙な感情の重なりがあって、最後は「まごころ」つまり純粋な本当のあなたの姿である「本当の愛」にたどり着く。

誰でも同じであるのだが、外側の皮が硬いと解りにくい。
外側の皮を少しむいてみてもまだ純粋な心に届かないようなので「私にはそんな純粋な真心は残っていないのだ」と諦めてしまいそうになる。
いつまでもくよくよしたり、人を恨んだり憎んだりしてしまう自分がスッキリ抜けないような気がする。

大丈夫!
もう少し、もう一枚脱皮する努力が必要かもしれないけれども、あなたが「まごころ」そのものであるという事は事実なのだ。
あなたは「本当の愛」そのものの存在なのだ。
上に何重にも膜がかかっていようとも、内側の美しさと素晴らしさは変わらない。
でももう隠し持つだけではなく安心して開放して欲しい。

外側の皮が硬くなってしまった理由は色々あるのであるが、それを抱え持ち続けるかどうかはあなたの選択なのである。
あなたが決めることである。
誰かに強制される事でもないし、期限を決められるものでもない。

そしてゆっくり進めたい方でもさっさと取ってしまいたい方でもお互いに比べあう必要もない。
その人のペースでいいのである。
中身は「本当の愛」そのものの存在なのでそれを見抜けばよいだけなのである。

これは乱暴をしている人を認めてその人のペースで止めるのを待ちなさいということではない。
お互いに精神世界の勉強をしているように見えても仲間の間で理解にバラつきが見えたときはペースを比べなくてもよいということである。
それぞれの体験が違うので深みが違って見えるときがある。

向かっている方向が同じであれば必ずたどり着く。
ウサギも亀もちゃんとゴールに着くのである。

大きく大きく目を開いて広い世界を見よう。
何重にも重なった人々の心を観てみよう。
そしてスッキリ綺麗になった素晴らしい輝かしい本当のその人たちの姿を観てみよう。
軽く明るく活き活きとした幸せな人々を心の目でまずしっかり把握しよう。

あなたの「まごころ」はいつでもチャント届くのである。
  1. 2007/05/25(金) 10:46:05|
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古い感情

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まだ自分の中にこんな思いが残っていたのかと思うとビックリしたり残念だったりするのであるが、何かがふと出てきたときは自分を軽蔑せずにさっさとお掃除してしまうのがよいのである。
長く生きている人はどうしても「もう解決していたはず」と思えるようなことでも感情の破片をあちこちに溜めているのである。

ふと出てくるとき、というのはもう安全でそれが出ても心配ないときだからである。
戦火の中を逃げ回っている時はまず生き延びる事が最重要であるが、平和な環境に置かれたときやっとホッとしてどんなに怖かったかどれだけ生きる努力を続けたか振り返ることが出来るのである。

温室に入ったとき初めて雨風を全く気にせずに光と栄養だけ受け付けることが出来る。
その時あなたはホッとして心がほぐれるので溜まっていた思いが溢れ出る。
憎しみや恨みを世間に送り返すのではなく、自分の本当の姿に近づくことための心のお掃除である。
自分がどれだけよくやったかしっかり褒めてあげていただきたい。
反省点は今後の生活に生かすとして、まず大きな重いお荷物はおろしてしまおう。
何もかも抱えて頑張っていた自分を振り返ってもういらないものはさっさと出してしまおう。

何回か段階があるように見えても心配は要らない。
その時消化できるだけの現象が起こるのである。
抽象的な書き方で申し訳ないが、それぞれの過去や現在の状況が千差万別なので、「出てきたときが一番いいとき」と一括して書くしか能がない。

恋愛の事でも家族や仕事の問題でも、天災などの被害などでも、もう大丈夫という時に不意に「あの時は大変だった~!」と思い起こして急に深い感情が墳出するときがある。
映画や小説に心を刺激され古傷が現れる時もある。

でも自分を安全な環境に入れ、人に見られないところで全部紙に書いて燃やしたり、呼吸を繰り返しながらそれが少しずつ浄化されて消えていくのを感じたり、涙を流して洗い清めたり、方法はどれにしてもよいので自分のために時間をとってしっかり癒してあげていただきたい。

「まだこんな感情を持ち続けていた!」と自分をしかってはいけない。
出来る事を今するだけでいいのである。
あなたの中の「本当のあなた」がもっと安心して愛の表現をできる準備ができたときこのような現象がおきてくる。
もう怖れなくていいのだ。
「本当のあなた」が顕れていい。
「本当の愛」が表現され、そして受け取る準備ができたのである。

信じて受け取るのが怖かったあなたももう心を開ける。
あなたの心は光に満ちている。

醜いものは無い。
悪いものは無い。

自分が変わるというのは全く別人になってしまうのではない。
「本当の自分」がスッキリと登場する事だ。
どんな人になればいいのか心配しなくていい。
自分らしくそのままの素晴らしさを生かせばいいのである。
それぞれに違う、それでいいのである。
ところがみんな「ひとつ」である。
だからホッとできるのである。

がっちり抱えていないでポッと放してしまおう。
すごく簡単なことなのでなかなか解らない、あなたの中に全てがあるのだということが。
外でしっかり抱えていないと困る事は無いのである。
放した時に「あ、なんだ、もう自分も持っていたのか!」と解るのである。

みんな誰でも「全て」を持っているのである。
  1. 2007/05/23(水) 21:41:23|
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毎日が誕生日

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「生命体」というものは活き活きといつも新しく新鮮な存在であるので、その生命体から生まれているあなたがもし退屈とか落ち込みを感じたら、現象の自分が本来の自分の姿とギャップを持っているからである。
いつも新しく生まれ変わっているのが「本当の自分」なので進化や向上が感じられない時「なんだか何をやっているのか解らない、変だ、、」と悩み始めてしまうのである。

本来の自分が年令とともにスローダウンするものならば退屈や落ち込みは感じ無いのである。
それが自然だという事になるからだ。

ところが違う。
年を重ねるとともに「内面も充実したい」とか「まだまだ習いたいことがある」などという欲求が出てくる。
あなたは生き続ける「生命体」であるのでいつでも最高の輝きを持ち続けているのである。
それを更にどのような形で発揮できるかどのように磨けるかを開発してみたいという希望は当然のものなのである。

四季の繰り返しは同じ事の繰り返しに見えても全く同じ瞬間というのは無い。
あなたの生活でも同じ家に住んで同じ職場に通っているとしても、同じ瞬間は無いのである。
同じ生徒に教え続けても同じ瞬間は無いのはもうよくご存知であろうと思う。

「生命体」というのは亡くなった方の霊のことでは無い。
「本当のあなた」の存在だ。
いつも全く新鮮で穢れのなき美しい完璧な存在である。
いつもフレッシュというのは想像しがたいが、止まる瞬間は一度もないので淀む事は一度もないのである。
それがあなたである。

そして力溢れる存在である。
いるものはなんでも創り出せる存在である。

初めに「生命」がありそれが体験をしたいことを肉体の世界に投影するのであるが、肉体、意識、魂、と段階を経るために時間がかかったり、ゆがみがあるように見えるのである。
そこでもっともっとスッキリと「本当のあなた」が瞬時に現れるように雲とか霧とか霞などというものを掃っていつも初々しい状態を保っていただきたいなと思うのである。

そのように生きる力も知恵ももうあなたの中に全てあるのである。
外側に溜まったものは垢でも汚れでもよくこすって落とすしかない。
しっかり身に付けなくてはならないものではなく、さっさと落とせばもっと早く綺麗な自分に戻れるものである。
毛穴に汚れが溜まっているのに高級なクリームを上から塗り捲ったら逆効果である。
まず綺麗に洗い流してしまう事が最重要なのである。
そして更に磨いてピカピカにし続ける。

あなたは最も美しい存在なのである。
一番新鮮な「いのち」そのものの存在なのである。
いのちが輝いているものはどれを観ても美しく癒されるように感じるように、あなたが輝いているのを観るのは人々の喜びそのものになるのである。

外側の汚れを自分だと思ってはいけない。
古く溜まったものが「本当の自分」ではない。
「本当のあなた」はいつもいつも生まれ変わっているものである。
肉体の細胞が生まれ変わるのよりももっと早くあなたの心は生まれ変わることが出来るのである。
明るさが増すのである。
喜びが増えるのである。
美しく輝くのである。
「本当のあなた」が祝福されるのである。

毎日が誕生日である。
今日も知らず知らず微笑みながら歩いてしまうあなたがまた生まれているのである。
  1. 2007/05/22(火) 21:34:13|
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本当の幸せ

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「幸福になりたい」と思っている人は多いのだが「幸福」が一体本当にはどういうものなのか解っていないと「幸福になりたい」という状態だけ続いてしまうのである。

「愛」と同じく「幸福」は言葉だけで説明できるものではない。
「これが幸福です!」と人に差し出されても違う時が多い。
就職や結婚をしたらいいのかというとそれだけが幸福は無い。
やはり心の中の概念をクリアにして初めて手に入るものである。

手に入れるといっても外のものを掴むのではない。
心の中にあるのを確認するのである。

他人の生活と照らし合わせて幸福感を味わうものでもない。
「あの人は一人身だけど私は結婚している、この人は無職だけど私には仕事がある」というのは優越感であって幸福では無い。
一人でも無職でも「幸福」になれるし、心の底から湧いてくる幸福感を持って生きている人は自然に環境も整うのである。

ではどうしたらいいであろうか?
簡単に言うと、まず幸福になってしまってそれから足りてないと思うものを呼び寄せるのが良いのである。

普通の考え方と出発点が違う。
一般には、学位をとって素晴らしい職に就いたり、美しく育って裕福な幸せな結婚をするのが良いと思う。
大きな家に住んだり海外旅行に好きなだけ行けたりするのが良いと思う。

それは幸福の一部分であって、瞳を輝かせながら好きな事に取り組んでいる幼児のような純粋な幸福感はもっと深いところから発してくる。
「素晴らしい自分」に気付き「本当の自分の才能」を認め「愛」と「調和」を顕現することが出来るとわかったとき真の幸福感を味わえる。

お金がもっとあれば幸福だとか、彼が私に振り向いてくれれば幸福だと思うのはとてもよく解るのだが、今それを一つ一つこなして「本当に幸福な状況」を達成しつついるから幸福感を味わえるのである。

目を閉じてまず「本当の幸福」を呼び起こしてみよう。
色や形のないものであるので何も観えなくても心配は要らない。
ただし身を包むようにホーっと暖かいエネルギーが流れるのがわかるだろうか?
しばらくの間その安らかな優しい心地よいエネルギーに身を任せて「幸福感」を味わっていただきたい。

「そうか、安心してこれを感じればいいのか!」と思い当たっていただけただろうか?
それから目の前で起こってくることが変化しても多分驚かないであろう。
「そうか、この結果のために準備されていた過程を通っていたのか!」とうなずける事がドンドン現象化してくる。

やっぱり心の中が先でその後現象界に現れるのだという事が把握できたであろうか?
そして人と自分を比べなくてもいいのだということも解っていただけたであろうか?

メディテーションとか瞑想とか観法とか名前が付いているとしっかりその姿勢でその方法で行なわないといけないと思うし、やり方が違っていると希望が達成されないように思ってしまうのだが、あなたはあなたの心の中に簡単に入っていけるのである。
あなたのものだからである。

ただ「本当の幸せ」を呼び起こすだけでいいのである。
  1. 2007/05/21(月) 21:31:05|
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ポロっと取れるとき

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心の中の深い醜い傷は誰にも見られたくないし自分でも触れたくないので隠しておくことが多い。
ところが「生命の治癒力」とは私たちが想像するよりももっと素晴らしい威力を発揮しているのである。

幼い頃転んで大きな傷が出来、その後「傷がある」と思いながら暮らしていたのに、ある日かさぶたがグラグラしてついにポロっととれた。
中にはもう新しい皮膚が出来ていた。
このときの驚きは新鮮だった。
黒くかさかさとしたかさぶたとなかのピンク色の新しい皮膚は対照的だ。
それ以降はかさぶたになったらしばらくして取れるのだという確信がありかすり傷はそんなに気にならなくなった。
「自然に治るのだ」という意識があればあとは自然に任せればよい。

心の傷は肉眼で見えないし、重くても慣れているともう持っているのも忘れるほどになっているのだが、「生命力」というものは一瞬も休まずに働いていて、ついにかさぶたがポロっと取れるように「あ、とれた、治ったのだ」と気が付く瞬間が訪れる。
機が満ちるのである。

傷が痛まないように触れないようにしていたあなたもついに「これはもういらない!」という確信がもてる。
かさぶたの下の生まれたての皮膚はまだちょっと弱弱しく見える。
生まれたての赤ちゃんも皺皺で弱弱しく見えるが産湯を使って一息するともう堂々たる者である。
新しいあなたに慣れるまで時間がかかるように見えるがそんな事はたいした問題ではない。

癒される行程で涙が止まらなくなったら「新しい生まれ変わった自分が産湯を使っているのだ」と思って存分に泣いていただきたい。
清まるのである。
新しい美しい本物の「あなた」の誕生である。
皮膚が新生するごとくあなたの心のどの部分も常時新生している。

この行程はそれぞれによって時間的差があるのであるが、もし一ヶ月泣き続けたとしてもお清めの涙は悲しみの涙と違うので自分の中での心情が違うのがわかるはずだ。
「もう、苦しまなくていいのだ」と思うとホッとして溜まっていたものが出るのである。
このとき美しい花を見ても「この美しさに気が付かなかった、、」と涙が出てきたりする。
大丈夫!
あなたはついに「生きる」ことを選んだのだ。
そして生きているもの全てと呼吸を共にする事を選んだのだ。

もしあなたの周りに苦しみからついに解放された方がいたら、ゆっくりと聞いてあげて泣かせてあげて欲しい。
もう悲しくないのである。
でも涙はとめどもなく溢れ出る。
歓喜の涙である。
癒しの涙である。

自分を祝福していい。
あなたはやりぬいたのだ。
そしてあなたの「生命」はどこまでもあなたの味方だ。
まだまだ必要なものはドンドン供給してくれる。
愛も、喜びも、勇気も、力も、知恵も、幸福も、調和も、豊かさもあなたの中から湧いてくる。

くつろいで、ため息をついて、ゆっくり休養してからまた始めよう。
あなたの人生はこれからである。
  1. 2007/05/20(日) 23:53:30|
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奇跡はおこる

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奇跡は起こる!
願いは叶う!
祈りは通じる!

信じなくてはいけない。
正しい事を貫いている場合には他の人や物事の軌道修正も同時に進行させることになるので時間がかかるように見えるときがあるのだ。
「もうこの辺で何かよい展開があるだろう、、」と思ってくたくたになっていてもまだ問題が膨らむ時がある。
不思議な現象であるがパンとはじける方がよいときはドンドン膨らむようになっているのである。
終わった時にそれが一番よい結果だったとわかる。

何もなく穏やかに暮らして生きたい、仲良く幸せに生きたい。
ところがどこかが曲がっているとやはり徹底的に直さなくては本当の幸せにつながらないので見た目には「どうして私にこんな事が、、」というような体験をする羽目になる。
あなたの更に深い「愛」と「知恵」を呼び起こすためである。
あなたは濃く深いのである。
とても大きく広いのである。
まだ一回もその本当のサイズに気が付いていないのである。
「このくらい出来れば上等!」というようなちっぽけな存在ではないのである。

苦しいときに「本当の愛」を信じきること。
悲しい時でも辛い時でも痛いときでも「本当の知恵」が明るい光の方角に導いている事を信じきること。

相手に変わって欲しいと思ったら「本当に素晴らしい相手」を観る努力をしなくてはならない。
腐れ縁などは無いのである。
「ひとつ」だけである。
あなたが自分を大切にし自分を尊重した時に相手もあなたを尊重し大切に扱ってくれるのである。

あなたは素晴らしい存在なのであるから罵倒を受けたり軽々しく扱われるべきではないのである。
自分が「この位でいいや」と自分に安い値段をつけているときは世間の扱いもそのレベルになってしまうのである。
人を見下ろすのではない。
「ひとつ」になるのである。
壁や枠やしこりのなくなる境地である。

その時、奇跡は簡単に起こる。
正しくもとへ戻るからだ。
素晴らしいあなたの価値どうりの結果が一瞬にして出るのである。
目前で一瞬のように見えても永遠の時間の中では一番よいタイミングで現れたり消えたりするのだ。
あなたの時間は全部あなたのものである。

「本当の愛」も全部あなたのものである。
真のあなたが「本当の愛」なのである。
だからこの世界はあなたのものである。
あなたが自分を直そうと決意した時世界が変わるのである。
一瞬で変わってしまうのである。
「なんだ、心配しなくてよかったのか、、」とホッとする瞬間もあなたの手の中にある。

硬く握り締めていないでホッとして手を拡げてみていただきたい。
あなたの手の中に永遠の時間も空間もあって好きなように操縦できるのである。

「今、ここ」が全部あなたのものである。
  1. 2007/05/19(土) 22:28:39|
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早業

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「目にもとまらぬ早業」というのは本当にあるのである。

ブルース・リーの手の動きがあまり速くてカメラに収まらないので、仕方なくスローモーションで回し撮って彼のアクションがやっとスクリーンを肉眼で見る観客の目で認められるくらいになったという話を随分前に読んだ。

私が剣道を学んでいる時、日本から全日本剣道選手権大会で優勝なさったM剣士がNYにみえ、模範稽古を行なってくださったことがある。
この方はその後も連覇を続け、近来の剣道史上で俊敏さでは右に出る方はいないのではないかと思われる素晴らしい剣道家である。
竹刀の先までピリピリと神経が通い生気がみなぎり、稽古を拝見するだけでも素晴らしいパフォーマンスを観ているようであった。

M先生が小手打ちの指導をしてくださっている時、
「小手はポン!と大きないい音を立てなくてはなりません。速くて審判に見えないことが多いのでしっかり音を立てること。」とおっしゃったのが印象的だった。

彼は速すぎるのだ。
審判の肉眼では技をしっかり見てはもらえないことがある。
旗が揚がらなかったら勝てない。
自分のスピードを落とすのではなく違う方法でハッキリと「打ち」をアピールしなくてはならない。
彼は音も利用した。

剣道は時間以内に審判の旗が上がらなければ勝てない。
アクション映画はアクションが観客の目に入らなければ何も伝わらない。

自分を磨き高めて行くのはやめたくない。
ドンドン進化向上していきたい。
しかし、時と場合によっては周りの人たちが解る程度までスローダウンするような何かしらの工夫をしなければならないことがある。
自分の質を落とすのではない。
あまりにも速くあまりにも簡単にやってのけると「何か起こったんですか?」と全く認識してもらえないので、自分のやっていることの響きが伝わる努力をしなくてはならないのである。

周りにいる人たちは「じゃあ、これよりももっと速いのだな!」という照らし合わせ方で把握するしかない。
実際の速度は目に見えないのである。

私はガリレオと同じ誕生日に生まれている。
周りの人たちの認識が自分の実際の知識と大幅に違っていても、それはそれで関係なく自分の探求するところを深めていこうと思っていたのだが、ここへ来て、一人で突っ走って行けるものでもないのだと考えを改め始めた。

知りたいことの追求は続けるとしても、何らかの形でもっともっと周りに解ってもらわなくてはならないのである。
テレパシーで伝えられたら一瞬で済むのに、と思っても文字で書くか言葉で話さなくてはならない。

もしあなたが「なんだか周りに全然わかってもらえない、、」という悩みをお持ちだったら、探究心は持ち続けるとしても何かしらの手段でコミュニケーションをとり続ける工夫をしていただきたい。

その豊かな「知恵」もあなたの中から出てくる。
あなたは知恵の泉だからである。
  1. 2007/05/18(金) 21:54:31|
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「ここ」

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何光年も先にあった星が燃え尽きてもうないのに地球からはまだ輝いているように見えると理科の時間に教わった。
この星はどこにあるということになるのだろうか?

「ここ」である。
全てのあなたの世界は「ここ」なのである。
死んでからとか、生まれる前とか、別の世界に移動するという考えも全部「ここ」の中の話である。
有体離脱してあちこちに行ったとしても「ここ」であちこち旅しているのである。
だから瞬時にして「本当のあなた」に戻れる。

空間の把握が難しいと思われる方も夢の中では死んだ人に会えたり行った事がないはずのところを熟知している様子で歩いていたりするであろう。
あなたの中にこの大宇宙空間も3次元以上の世界もすべてあるのである。
だからインドやチベットまで行かなくても「ここ」で瞑想して同じ結果を得る事が出来る。

知らない土地を訪ねることや「聖地」を否定しているのでは無い。
それぞれに素晴らしいエネルギーに満ちているであろうし、ますますあなたが輝く事であろう。
ただ、「私のいるところでは一生何も変わらないのだ」というような考えは無意味な事だとお伝えしているのである。
そして心が整ってくるとどこにいても「今」「ここ」が大切なので「どんな時にどこにいても」答えが出てくるのが解る。

禅寺で10年くらい修業しないと解らないのだ、と思う人はその時間とその空間を選ぶ自由を約束されているのでその通りになるだろう。
これもまた、禅寺を否定しているのでは無い。
家庭の主婦で子供を抱えて修行など出る余裕のない方でも「今」「ここ」という事を解っていただきたいという話である。

「ここ」で「今」解った事を大切にしよう。
「私に解るはずがない、私はなんでもないただの人間だ」と決め付けてはいけない。
「本当のあなた」はチャント全て解っているのである。
そして「あ、なんだ、全部最初から知っていた、、」という瞬間に出会う。
「本当の自分」に出会う。

もう少しで解りそうな事、解ったらもっと自由に発展しそうな事をデリケートに大切に育てよう。
全部大切な通過地点である。
自分を馬鹿にしてはいけない。
あなたしかいないのである。
どの道順でもチャント到達する、絶対に行き着く。
その道のり全部も「ここ」なのである。
ひとつのあなたの空間しかない。

「本当のあなた」の世界が「すべて」なのである。
  1. 2007/05/17(木) 21:40:23|
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Just Be You

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「神」という言葉が入ってくると宗教的な印象なので「愛」とか「真」をヒーリング中よく使うことにしている。
私にとっては同じ言葉なのだが、それぞれの育ってきた土壌で「神」の定義が違い、特に私の住んでいるニューヨークでは自発的にか結婚やその他の理由で改宗される方も多いので”GOD"と言う言葉は説明が面倒くさくなる。
それであるときからもう言葉で説明しなくても魂のレベルと潜在意識で「ピカピカの魂を呼び起こせばいいのだ」と解ってもらうようになった。

「ひとつ」なので「純粋無垢な清らかな魂」は「あなたそのもの」であり、「全ての全て」なのである。

何もかも知っている存在なのでそこまで行って全部の答えをもらうことが出来る。
でも遠いところではない。
あなたの中にすでに存在しているのであなたが呼べばすぐに出てくるのである。
ただ一寸だけ慣れることが必要なのだ。
「自分はこの素晴らしい魂そのものなのだ、なんでも知っているし、なんでも出来るのだ!」としっかり信じなくてはいけない。

「美しさ」も「真」もそこから発する。
隠そうとすると雲がかかる、壁が出来る、ますます行きにくくなる。
ますます生きにくくなる。
外に答えを求めてもなかなかスッキリ解決しないのはそのためである。
自分の中の「本当の自分」が一番信用できるのである。
そこから出発すると外の世界も自分の善き事のために形が整ってくるのである。

神経を迷わす必要がなくなるとお酒の量も減る。
霧をかけていないと真実を観られてしまうと怖れていたあなたはもうタバコも要らなくなる。
「本当の自分」はピカピカの素晴らしい存在なので隠す必要はなくなったのだ。
無駄なおしゃべりもグッと減る、ゴシップをしても何も良い結果が出るわけではないということがハッキリ解る。
それよりも発展的な会話や行動に時間を使いたくなる。
「本当のあなた」をもっと自由に表現したくなるからだ。

言葉はいらない時がある。
ただ「愛」だけでよい。
ただ「真」だけでよい。
ただ「本当のあなた」を信じるだけでよい。

ただ微笑んで手をつないでくれるだけでよい。
ただ食べてくれる時の顔を想像して家族の好きなものを料理するだけでいい。
ただ傍にいてくれるだけでいい。

黙って聞いてあげるだけでいい。
あなたの知恵の言葉でさえもいらない時がある。
Just being there.
ただ存在するだけでよいのである。

ただいるだけであなたは「本当のあなた」を発揮しているのだ。
顔を見るだけで涙が出るくらい嬉しいのである。
あなたの存在がそれだけ大きく深く広く喜びに満ちているものなのである。
言葉で説明しつくせないのである。

言葉を一つ一つ理解しなくては、と歯を食いしばって頑張っていたあなたはホッとため息をついて「なんだ、私そのままでいいのか、、」と安心していただきたい。
そして「本当のあなた」がさらにドンドン現れる時、黙っていても立て続けに喋り捲っていてもあなたの素晴らしさは輝き渡るのである。
あなたは全く自由なのである。
「本当の愛」そのものの波長が広がるのである。

もうすでに「愛」なのである。
  1. 2007/05/16(水) 21:15:38|
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あなたの素晴らしさ

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確かに「こんな事をしていて何の役に立つのだろう、、」と心配になったり不安を感じる時はある。
でもいつでも誠意をつくしているのであれば結果が悪いように見えたり結果が出ないように見えても心配に及ばない。
もしかして答えが出るのが数ヶ月先、更には何年か先の場合もあるので今の「自分の真実」を貫くしかない。
このときあなたはしっかり導かれているのである。

他の人に振り回されて自分は何をしているのか解らなくなってしまったら、その時は気が付いた時になんとしてでも距離をとることが必要だ。
自分の信念を貫き抜くことと、他人の欲求によって時間や労力を犠牲にさせられているのでは心の中の楽しみの部分が全く違う。

誰がどう思おうが、社会的にどうであろうが、「本当の自分」の納得の行かない事はすぐにやめるべきである。
あなたはもっともっと大切な存在なのだ。
今すぐ実行して欲しい、思い立った時には必ず解決法が現れる。
行動をとる前に諦めてはいけない。
これはあなたの人生なのである。

では「本当の自分」から発していると信じられるのに目の前に結果がなかなか出てこないのはどうしたらいいだろうか?
実は結果は出ているのである。
人々の中であなたは認められている。
でも世の中の人々が素直な表現にまだ追いついていないのである。
だから直接声をかけて「それは素晴らしい!」といってもらえない事がある。

私は18年くらい前に一心不乱に働いたが仕事があまりスッキリ認められずお金も出なくてすごく悔しい思いをしたことがある。
「何のためにあんなに一生懸命つくしたのだろうか?誰も高い質と功績を一言の言葉でも褒めてはくれなかった、、」とガッカリしていたのであるが、つい2週間ほど前、人を通じてその時のディレクターが"How is she doing? She is a fascinating lady, isn't she ?"と私の近況を知りたがり賞賛の言葉を下さったというのである。

人が自分と同じレベルでないのは残念だが、その場で瞬時に感謝されなくても心には残っているのだ。
そしてその人の心の準備ができたときにやっと表現が出来る。
いつも一緒に向上したいと思っている伴侶や友人でも進度にばらつきが見えたときに憶えておいて欲しい。
あなたの誠意が無駄に消えているのではないのである。
「真」は響く。
こだまが返ってくるのが遅くてもあなたは「素晴らしいあなた」を日々続けて顕現し続けなくてはならない。

みんなが「本当の素晴らしさ」の顕現を躊躇なく出来るようになればもう何十年も待たなくても瞬時か数日かでスッキリと答えが出るのである。
でも見返りを待たなくてもあなたはあなたの素晴らしさを堂々と毎日振りまいていただきたい。
心配や不安はいらない。

あなたは本当に素晴らしいのである。
私が書くから素晴らしいのではない、もともと素晴らしいのである。
忘れている人が多いので、自分で自分の素晴らしさを褒めるのはまだ苦手という人が多いので私がおせっかいにも毎日書いているだけである。
私に言われなくてもあなたが素晴らしい事は消えてしまうことは無い。
自信は呼び起こせばいくらでも出てくる。
もうすでにあなたの中にあるものだからである。

「本当のあなたの素晴らしさと美しさ」をさらにどう顕せばいいか、それだけに集中していただきたい。
あなたの輝きは時間も空間も越えてみんなに届くのである。
  1. 2007/05/15(火) 21:56:12|
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時は「今」

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時は「今」である。
これは、「そうだ!」とは思うもののなかなかはっきり解らない。

簡単な例では、亡くなってしまった方に言いたいことがあった場合「もう遅い、、」と思ってしまうのが常であるが、過去も現在も時間は「今」なのだとわかると「今」相手に話しかけても充分伝わるのである。

私がヒーリングをしている最中に招霊もしていない亡くなったどちらかの親御さん、もしくはご両親が出てこられて「悪かった~!かわいそうな事をした~!すまなかった~!」と謝られた事が今まで4回ほどあった。
伝えたかった思いが機会を与えられてどっと溢れ出てきたのである。

私は目を閉じてクライアントと手をつないでいるのであるが、顕在意識の私は横で成り行きを観ている感じで、どんな過去があったかはその時点では解らない。
クライアントが事情を話してくださるときもあるし、「それだけ聞けば十分です、、、」と涙して言葉が出ないときもある。
その方の癒しの焦点がすでに亡くなってしまったご両親であった場合、行き所のない感情を一生持ち続けなくてもよいのである。
「今」の中で解決できる。

未来も「今」の中にあるので楽しいのである。
現在の方向性も努力も未来のあなたの幸せを更に膨らますのである。
「今」幸せなのだ。
掘り起こせは、深いところから引っ張り出せば出すほどあっという間に現実世界に出てくる。

召使がいて、お金があって、何もしなくてもフワフワ生きていられるのが「本当の幸せ」ではない。
それもいいな~と思うのであるが、その状況が一ヶ月も続かないうちにあなたは退屈で仕方がなくなる。

自分の才能を使って切り開いていく事で人々の喜ぶ姿を目に出来るのがあなたの幸せである。
自宅で子育てしているだけでも「本当の愛」から出発すると世の中の平和の基を作り出していることになる。

「今」考えを変えると人生全体の進路が変わってしまうのである。
過去も変わるのである。
未来も当然変わるのである。

もう後わずかの命だと思っている人でも「今」の中で改心すると「永遠の今」を手にすることが出来る。
だから遅すぎるという事は無い。
「今」がチャンスである。
「今」やるしかない。

「今」はあなたのものである。
誰のものでもない。
あなたの時間はあなたのものである。
あなたは賢く正しく喜びに溢れて使うことが出来る。
「今」はあなたの見方次第でどうにでもなるのである。

現在のあなたは過去へでも未来へでも一瞬にしていけるのである。
「今」が一番大切なのである。
  1. 2007/05/14(月) 21:50:29|
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親孝行

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「親孝行をしなさい」とよい本には書いてあるし、日常茶飯事に左右から言われる。

真面目な方は「そうだ、孝行しなければ!」と思い、実はそれが重い深い枠になっているのである。
親孝行しなければいけない、と教えなければならないほど昔は誰でもみんな親をほっぽりだしていたのであろうか?
自分を心底大切にして育ててくれた親を軽く扱う事が出来るであろうか?
それとも、心底大切にしてくれなかったけれど、常識的な世の中のルールで大切に扱う義務を押し付けられているのであろうか?

親の意志でお稽古事や友人関係や住居、就職、結婚相手やその他諸々の事がらが自分の本心や願いとほど遠いところで過ごしてしまった方は「孝行すべき」という事は頭にあってももう一方では「親の性格がもっと柔軟性のあるものであったら私の人生は変わっていたのでは無いだろうか?」と疑問を持ってしまう。

人間の世の中はややこしい。
親が良いと思ってやったことでも子に悪影響が出たりする。
どうしたら親子は通じ合えるのであろうか?

外側から対処しようとすると答えは堂々巡りを繰り返す。
ある人にとって「よいこと」は他の人にとって「嫌な事、面倒くさい事」になってしまうときがある。
冠婚葬祭の時はその場に応じた服装をするのであるが、通常何を来なさいと毎日誰かに命令されたくは無い。
人の衣服を選んであげるのが良いことだと思っている人は実は嫌がられているかもしれないし、自由意志の発展の土壌を妨げているのだ。

では、いつもの「素晴らしい美しい賢いあなた」に戻って考えてみよう。
あなたは自由を約束されている。
自分勝手ではなくて本当の自由である。
そして誰の中にも汚れのない清らかなピカピカの魂があるのだと知っている。
内側から相手を覗いてみよう。

自分の両親は何を感じて何を元にそのような発言をしたのか、そのような選択をあなたのためにしたのか?
目を閉じて「本当の自分」を呼び起こしそこから相手の心の中に入ってみよう。
鬼のように怒鳴っていた親が実は救いのない子供のように怯えている姿が観えないだろうか?
自分の子供には自分の通った苦しい道は避けて欲しいばかりに、かなり強制的態度で理想の道を歩ませてしまっていないか?
親がそのまた親から受け取ることの出来なかった愛情をどう表現していいかわからずついに黙ったまま過ごしてしまっていないだろうか?
本当は優しい言葉をかけたいのに行き詰ってしまっている姿は見えないだろうか?

それとも相手の中に見える「幼い子」は今のあなたの境遇を羨望のまなざしで観ているために現実生活では嫉妬が邪魔をして素直にあなたの成功を認められないでいるのではないか?

あなたの問題ではなかったのである。
全部あなたが悪いわけがない。
あなたはもともとただの赤ん坊であった。
両親、または片方のどちらかの親の中の「愛」が発揮できる環境が充分与えられていなかったのである。
それでどうもチグハグでギクシャクした関係になっているのである。
「愛」はあったのであるし、今もあるのであるがスッキリと表現されていなかった。

あなたはそれさえも見通すことが出来るようになった。
「なんだ、愛が滞っているだけか!悪意というものではなかった。」

みんな誰でも愛されたいし、認められたいのである。
ところが、あなたはもう愛されているし、認められているのである。
「今」すでに愛されているし、愛しているのである。
そしてみんな同じなのである。

「愛」のなかで「知恵」が生まれ、さらに生まれ持っての才能が開花し、何歳でもいつでも喜びをこの世に提供できる。
暗い雲はただの雲である。
しっかりつかまえておこうと思っても箱に入れることも出来ない。
晴れればピカピカの太陽光だけである。

あなたの周りの黒雲も晴れればピカピカの「生命の光」だけである。
光にあふれるようになると更によく見えるようになる。
もう困る事も迷う事もない。

産みの親と育ての親が違う方々も全部同じである。
あなたの中に「本当の愛」があり全てを育む事が出来る。
今、あなたの人生は壁を崩し枠からはなれ、さらに大きく広く高く進んでいくのである。
あなたはもう「愛」を表現する事は恐れない。
「知恵」がもっと善いアイディアを出してくれる。
既成の常識感に縛られるのは終わった。
もっと自由な行き来が出来、自然な親孝行が出来るようになった。

あなたもあなたの親も「今」の中で「ひとつ」である。
  1. 2007/05/14(月) 02:20:15|
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皆様より 感想・コメント

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ヒーリングを受けてくださった方、ブログを続けて読んでくださっている方、短くてもいいですのでどうぞここに書き込みをしてください。
よろしく!
  1. 2007/05/13(日) 08:18:36|
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岐路

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道が真っ二つに分かれているところに差し掛かったらどうして一方を選べばいいのだろうか?
どちらも先はわからない、でも必ずどちらかだけ選ばなくてはならない。
後ろへは戻れない。

大丈夫!
どちらを選んでも失敗につながる道は無いのである。
どうも間違えてダメな恋人を捕まえてしまったように見えたら、そのときこそ「本当のあなた」の出番である。
正しいと思える人を選んでも「本当のあなた」は活躍し続ける。
仕事でも同じである。
「こんなの自分の仕事ではない!」と思えるときでも「素晴らしい自分」で対応しているともっと道が開けるのである。
回り道は無い。
その経験が生かせるときが来る、大きく発展する土壌になる。

あなたはけっして間違った選択をした事は無いのである。
そういう体験をした、という財産が増えるのである。
そして一旦解ったらそれを基に何回も不必要な繰り返しはせず、さらなる向上のためまた岐路に立つ。
新しく選ぶ、進む、色々なことが解る、大きくなる。
また繰り返す。
でももう繰り返しではなくただ活き活きと進むだけになる。
失敗は無いんだとはっきり解ったからだ。

本当のあなたはあまりにも自由なのでどんな選択でも出来るのだが、それでは毎日あまりにもチョイスが多すぎるので「二つに一つ!」というような絞り方で目の前に現れてくるのである。

誰かを食事に誘おうと思っているとき何十何百とあるレストランの中からその相手に最高の時間を過ごして欲しいので「何が食べたい?」と聞いて「なんでもよい」と答えられるのは難しい。「中華かイタリアンが好き」などと絞ってもらえる方が楽では無いだろうか?

就職にしても「なんでもいいから働きたい」といわれるより「接客が好きです」とか「金融関係に興味があります」といってもらえる方が考えが纏まりやすくないだろうか?

道が分かれているところで5つも6つも選択の余裕があるのは実はもっと大変なので二つに見えるほうがありがたいのであるし、あなたの誠実で慎重な判断はその時けっして間違っていないのである。
内なる声をしっかり把握して「自分のしたいこと、楽しい事、喜びにつながること」を選ぼう。

断らなくてはならない相手には「今はあちらを選びます」としっかり伝え中途半端な態度はやめよう。
けじめのある人はそれも財産になる。
「あの人の言う事なら本当だろう」といつの間にか評判になるのである。

あなたは「愛」そのものの存在である。
すっきりと内側の自分とつながると外側の流れやチャレンジはその「愛」をどれだけ引き出せるかの道具なのだという事がわかってくる。
引っ込み思案でいると「もっとさっさと本当の素晴らしい能力を出しなさい!自分を信じなさい!」と岐路どころか崖っぷちに立たされることになるのだが、心配は要らない。
落ちるところは無いのである。
あなたの「愛」が全ての答えである。
ちょっと冒険好きなあなたが作り上げたクライマックスの一場である。

焦らないで二つのチョイスを比べてみよう。
今あなたに相応しいのはどちらか、もっと楽しめそうなのはどちらか、幸せを顕現できるのはどちらか?
「本当の愛」の表現をさらに実現できるのはどちらであろうか?
あなたの輝きをより発揮できるのはどちらであろうか?

全部あなたの世界である。
結果的にはもっと美しく輝く事になるので心配は要らない。
勇気を持って自信を持って取り組もう。

「あした」をあらわすのに「明るい日」と書き始めたのは誰であろうか?
とても賢い人だったのであろう。
明日はあなたの明るさを表す日である。
  1. 2007/05/12(土) 23:25:24|
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命の尊さ

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今もし通りかかった道で、誰かがビルから飛び降りようとしていたら「ひゃ!大変だ!」となって、何をしてでも止めなくてはならないと瞬時に行動するのが私たち人間である。
「落ち着け!早まるな!生きていればいい事あるぞ~~!!」と思いつく限りに生きているのがいいのだと納得させようとする。

その人がどのような状態にあろうとどんな過去があろうと分析や批判をする事は全くない。
生きていなくてはいけないのだ、死んだら終わりだ、という事しか頭にない。
「何を思いつめているのか知らないが、そんなの死ぬのに比べたら対したことないぞ~!」と呼びかける。

そのくらい人間の本能とは尊い気高い美しいものである。
生きている価値を根本的に知っているのだ。
誰が生きることも同じである。
みんな同じ価値がある、それを簡単に放棄してはいけないと芯から信じている。
日頃深く人生を考えた事のない方でもこのような急を要する場面に出会ったらみんな同じなのである。
とに角生き抜かなくてはいけないのだ。
みんな立派な素晴らしい命である。
何歳だからとか学歴がどうであるとか、一時的に落ち込みを味わっているとか、思わぬ失敗をしてしまったとか言う事はホンの一寸の部分であって「生命」そのものの価値はみんな同じなのである。
一番尊いものである。

私たちはもうそんなこと心底充分知っているのだ。
だから人種や宗教が違ってももともとの「生命」の尊さを把握しているので外国で戦争が起こっても胸が痛くなるのである。
赤の他人の問題ではないのである。
みんな「ひとつ」である。

さて、一番ほっとして楽しく過ごすべき家族の間はどうであろうか?
赤の他人の「生命」は簡単に尊重するのに一番身近の人たちは慣れすぎているので言葉遣いも態度もぞんざいになっていないであろうか?
「心でつながっているからいいのだ」と自分勝手に利用してはいないだろうか?
相手の「生命」を尊敬した言葉や態度は出ているだろうか?

尊敬した態度とはよそよそしい硬い態度ではない。
「思いやっている!」と自分だけで思っていても思いやりが表現されているであろうか?

母の日に義理ではなくてプレゼントを贈れるだろうか?
誰かが母の日を決めなくては年に一回母親にプレゼントを贈ることなど考えてもみないのであろうか?
あなたの母親は贈り物を受け取る価値があろうか?
あなたが母であって何もこの日に受け取らなかったら全く気にしないでいられるだろうか?

あなたとあなたの母親との関係は一体どんなものだったか?
どこが正しくてどこが間違っていたか?
子供と親は一体であろうか?
親の背負っているものは私たちにも重くのしかかるべきであろうか?

元に戻って考えてみよう。
あなたは「輝かしい魂」である。
すばらしい「生命体」があなたである。
穢れのなき清らかなピカピカの姿が本当のあなたである。
貸し借りは無い存在である。
誰の命も尊いと瞬時にして解る立派な崇高な存在があなたである。

今、全部解決する。
答えはドンドン出てくる。
あなたは誰よりも賢いのだ。
母の意見や主張が大切であった時期はその時の体験であった。
それは尊重するとしても、今のあなたは「本当の命」からの観点で行動できるようになったのである。
「知恵」が湧いてくる。
「本当の愛」が導いてくれる。
だれでも素晴らしいのだと心の目で見られるようになったのだ。

今あなたは全てと和解している。
「ひとつ」なので別々の存在はなくなるので「一」になることしかありえない。
肉眼の世界でもう少し時間がかかるように見えても今のあなたは魂がピカピカで純粋で清らかな事をしっかり知っている。
どんな人の命でも貴重な大切な唯一のものである事を知っている。

大丈夫!
あなたは愛されている。
しっかり守られている。
今堂々と生きていて当たり前の存在である。
あなたがあなたの世界を支配しているのだ。
怖れは一切いらない。
あなたが生きていることが何よりの喜びなのである。
答えは今いくらでも泉のように溢れ出てくる!
  1. 2007/05/11(金) 21:21:32|
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胡蝶の夢

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私が幼い頃「胡蝶の夢」の話を誰かがしてくれた。
まだ自分で本を読めないくらいの年令だったので誰かが読み聞かせてくれたのではないかと思う。

幼い心に新しい観点が開けてその後も何回か思い出し現実の生活の中で行き詰まった時「ああ、これは夢なんだ、、」と思ってホッとした事があった。

ひらひら美しく自由に平和に花から花に飛び舞っている蝶がチョッと昼寝をした隙に現れているのが今日のこの私かもしれない。
目が覚めればまた大自然の中で風と戯れ日の光を浴びて可憐な姿で遊び回る。

でも何でそんな美しくて平和な蝶が真剣な面倒くさい大問題を抱えている人間の世界を夢描くのであろうか?
何のために極端に複雑な生き方を映し出しているのであろうか?

蝶は賢いのである。
夢であるのでどこまで複雑にしても難しくしても覚めれば一瞬にして消え去ってしまう事を知っているのだ。
パッと元の自由な平和の園に帰れる。
この夢も気まぐれだった。
ちょっと体感してみたくなっただけだった。

「写し世」とか「浮世」と呼ばれているのがこの現実生活である。
あるものの考えによってプロジェクションされているものなのである。
つまり、あなたの中の「生命体」が夢見ているのが今のあなたである。

あまりに自由な存在であるので束縛や限界を感じてみたくなっただけだ。
「本当の自由」とは「本当の自由」なのである。
制限は一切ない。
それが「本当のあなた」なのである。
そこがややこしい。
だって、「自由だったらいいな~」といつも思っているではないか。
「本当の自分」が「自由」なら何故顕現されている自分には同じ自由がないのか?

あなたは賢いのである。
何千、何万、そして無数の可能性にチャレンジしたくて特異な状況を作り出しているのである。
そこまであなたは自由なのである。
その解決法も自由にすごくユニークで素晴らしいものが生まれてくるのでまた生活が楽しくなるのである。
あなたの中に「本当の自由」があり自由発想はあなたの生まれながらの特権であるので思ってもいなかった素晴らしい類稀な新鮮でアイディアが出てくる。

今、あなたは思いつくのである。
いくらでも「本当の自由」から行動できる。

本当の自由は相手を束縛するものではないのである。
束縛は自由ではない。
人を制限しておいて自分は自由に暮らすということは成り立たない。
流れに沿って風に乗っていても自由な存在は成り立つのである。

「本当のあなた」は自由であり、知恵に満ち、愛に溢れ、調和の中で生きている。
どのくらいそれを現実のあなたの中に持ち込むかの自由もあなたのものだ。
自由に選択していただきたいが、チョッとだけおせっかいながら、出来ればたくさん早く持ち込んでいただきたいなと思う。

あなたの輝いた瞳は何よりも美しいものだからである。
  1. 2007/05/10(木) 21:24:19|
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行動しよう!

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「あなたにお金を払ったら彼氏を私に戻るようにしてくれますか? 会ってもくれないし、電話にも出てくれないし、手紙を出しても返事が来ないし! 私は何もかも手に付かなくて学校も仕事も行けなくて部屋でずっと泣いているんです!」とすごい剣幕で電話をしてきた女性がいた。

納まりそうにない訴えに対しての私の返事は;
「私のヒーリングはあなたの本当の幸せを呼び起こす事です。その彼と一緒になるのが二人の本当の幸せだったらそうなるでしょうが、違う方と結ばれるのが善いのならその彼とは関係ないほかの人と結ばれる事になります。」

彼女は「本当の幸せ」には興味がなかったのであろう、電話を切ってしまった。
その彼を取り戻す事しか頭にない。

ちょと引いて考えてみると随分幸せな方である。
学校も仕事も行かないで部屋にこもっていても生活していけるのである。
そんなこと許されない人はたくさんいるのだ。
恋に泣いている時は本当は幸せなのである。

モチロン私だって一人の男性のために異常にエネルギーを使って「何とかしなくては!」とジタバタした事は何回かあるので彼女を笑えはしない、どころか、痛いほどその胸の苦しみは解る。
ナントカしてあげたいが嘘はつけない。
本当に素晴らしい人がチャント待っているのに違う方ばかり観ていたら、つまり悲劇の方ばかりに興味があったらチャンネルを変える意志が出てくるまで待たなくてはならない。

夢や希望を捨ててはいけない、というのは略奪の計画を信じなさいというのではない。
あなたの夢は「本当の幸せ」「調和」と合致したものなのだ。
あなたの希望はあなたの本当の素晴らしさをあなたらしく堂々と世の中の役に立つことに結びつける事であるはずだ。

「ソウルメイト」という言葉が流行りだして、不倫の相手をソウルメイトであると言い出している方々がいるようだが、混同してはいけない。
本当の愛は誰をも邪魔しないし、誰をも傷つけない。
本当の愛とは癒し、育て、「ひとつ」をかもし出すものなので壁や殻に入らなくてはならないものは本当の愛に反する。

「愛」は相反するものがない。
「愛」だけである。

孤立したり奪い合っている時は「愛」が流れていない。
あなたの本当の素晴らしさが出ていない。
諦めるのも「愛」ではない。
「愛」は「自由」なので開放するのである。
ぐるぐる回って活き活きと出来る状態を産むのである。
「愛」の前で硬かった心は解けてしまうのである。
春の日の下の雪のように自然に消えてゆくのである。

力まなくてもいいのである。
あなたが「愛」そのもの存在なので本当の自分らしく振舞えばいいのである。

ふと気が付くとすごくもてるようになっているのであるが、
「こんな事では仕事も学校も行けません!何人も寄ってきて集中できない!」という苦情を持ち込まれてた時は笑っても差し支えないであろう。
しかし、本当の相手はその中の一人である、それを見抜く目も「愛」が教えてくれる。
落ち着いて一人一人大切に観察して欲しい。
大丈夫!
チャント解るから!

探し回るよりも自分が楽しい事生きがいに感じられる事を進めるほうが近道である。
あなたはより輝いているのでその美しさは遠くまで自然に光を放ち、のろしの下に人が集まるようにいつの間にか注目の的になっているのである。

あるときあなたが道を歩いているだけでスポットライトに当たったように「あ!」と目を見張るようにあなたを観る人がいる。
もしくはそれまで知り合いであったのに趣味の発表会のとき「え!」っと言うくらい溌剌としているあなたを再発見する人がいる。
もしくはあなたが「あ!この人だ、私が探していたのは!」とドキッと胸に刺さるものを感じる。
キューピッドはあなた自身である。

さて、その後のお話は個々に楽しく組み立てていただきたい。
部屋で泣き寝入りしている場合ではない。
さっさと行動しなくては!
  1. 2007/05/09(水) 23:20:16|
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夜明け前

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夜明け前が一番暗くて冷たいときなのである。
もうほんの一寸で朝陽が差すときは何故か絶望的状態に見えるときがある。
日が登りはじめるのが見えたらたらもう少し我慢すれば暖かみも明るさも還ってくるのでまた出発できるのは明白になるが、日の出前の最後の暗さを通り抜ける時にこそまだ見えない光をしっかり把握しなくてはいけない。
あなたの中に光はすでにある。

宝は探し当てるから楽しいのである。
地図を手に入れたら目を爛々と輝かせて大海におどりでる。
ちょっとした嵐や大波は冒険のための前曲である。
もうあと少しというところで飢えと渇きでヘトヘトになる。
島が見えたらそんな疲労感は吹っ飛ぶ!
やっと手に入る!
でも宝はすでにあなたの中にあるのだ。
遠くに隠しておいたのはこの冒険をしたかったからである。
やっと手にしたときの充実感は初めから与えられていたものには味わえない。
あなたはそれをさえも知っていてやってのけたのである。

どうも誰とも恋愛関係がうまく行かないでついにもうギブ・アップしてしまった人は「本当の伴侶」を自分の中に探し出す事が近道だ。
もう遠い島まで探検に行って探し出す時間も体力もいらない。
心の中の光を使って相手を照らし出してみよう。
一番暗い時期を過ぎたら、古いあなたが殻を脱ぎ捨て新しく生まれ正しい波長に見合った相手が吸い寄せられるようにやってくる。
彼は、または彼女はそれを待っていたのだ。
いまやっと「本当のあなた」とやり取りできる。
衣をかぶって色々な様式を通過しないと心まで届かなかった以前のあなたはこの本当の恋人を遠ざけてしまっていたのだ。

素直な美しいあなたはついに宝を手に入れる。
幸福を手に入れる。
成功を手に入れる。
家族も友人もあなたが新しく発掘した宝の山に驚くのだが、もう認めざるを得ない状態になる。
あなたが輝き始める。
もう暗い冷たい夜明け前は永久に体験しなくてよい。
いつも明るく暖かい。

絶望的な暗い冷たい夜明け前を通過している最中の方は
「ってことは次に考えてもいなかったスゴクいい事があるんだ!」と喜んでいただきたい。
大丈夫!
絶対にすごくいい事が待っている。
すごくいい事を後伸ばしにしておいたのは実はあなただからである。
全部最初から与えられていたらお城のお姫様のように退屈してしまうのをあなたはチャント知っていたのだ。
あなたはとっても賢いのである。
成就した時成功した時結ばれた時の幸福感を更に高めたくていっぱい重い苦労を背負ってみただけである。

あなたの中に宝の山がある。
幸福の鳥も知恵の泉もあなたの中に存在する。
どうやって顕現するかの自由さもあなたのものである。

気の短い方はややこしい冒険はなしにして今さっさと幸福を顕現していただきたい。
気の長い方でもやはりもう余分なエネルギーを使わずにさっさと自由に堂々と生活していただきたい。
宝の山はあなたのものなので逃げては行かないが、すぐ使い始めるほうがヤッパリ得だと思う。
  1. 2007/05/09(水) 01:45:40|
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ひとつ

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モノクロの写真は光と影だけの世界である。
光が当たっているところが白く当たっていない側が黒く写る。
被写体にどの角度からも均一に光が当たってしまうと陰が出来ないので立体感が出ない。
色がないのであるが色々なドラマを感じさせる事が出来る。
透明な光に全部の色が含まれている。

光はもともと透明なのであるがプリズムを通すと7色に分かれる。
もともと性格のないものであるが色になるとそれぞれの特色が出てくる、つまり赤は激しい熱い情熱を感じさせ反対に青は静けさや冷たさを感じる。
その色を利用して注目を払って欲しい時には赤の看板を出したり、黄色の帽子を学童にかぶせたり、街に緑を増やそうとしたりする。

体の真ん中の線の上にチャクラ・ポイントが7つありそれにも虹の7色がついている。
分けるとそれぞれの器官の役割があり総合して体は「ひとつ」の状態である。

個々の現象にとらわれていると「ひとつ」というところにたどり着くのは難しい。
赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫、そしてその中間の全ての色。
バラバラに捉えようとするとドンドンもっと細分化していく。
いくらでもバリエーションが生まれるからだ。
もとは「ひとつ」なのだということを忘れなければどれだけバリエーションを作っても道に迷う事は無い。
どんな色を作り出しても使いこなせるし楽しみになる。
振り出しを知っている人は瞬時にそこに戻れる。

色々な仕事の部署についていてもこれはみんなが「ひとつ」のことのために働いているのだと把握するとそれぞれの作業が生き生きとしてくる。
どの部分も大切なのである。
楽そうに見えても大変そうに見えてもそれぞれの能力や体力に見合った仕事が全体の中で必用に応じて生まれているのである。

無色から始まったのにいつの間にか世界は様々な色に溢れてしまった。
でも「ひとつ」であるという事を認識すると「なんだもとは透明な光か!」という事が解るのである。
どんな色に染まっていても瞬時にして清らかな純粋なピカピカな透明な光に戻ることが出来る。

これはあなたの世界である。
元に戻って清らかな透明な光の世界として見直してみていただきたい。
「ひとつなのだ!」とあなたの意識がたどり着いた時世の中が変わってしまうのである。

この光はただひとつのものなので全ての全てなのである。
  1. 2007/05/07(月) 21:19:25|
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魂の輝き

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魂の素晴らしさは誰でも同じなのである。
傷ついて直らない魂などは無い。
みんなもともと純粋にピカピカなのである。

霊体でも3次元の人間界の雰囲気に馴染んで近いところに存在しているものは人間界と通信しやすいように人間的な表現をする。
つまり、言語を持って話したり人間的な肉体的様相を持っていたりする。
私たち人間がやり取りする時に「あ、この人か」とか「またこの声だ!」と他のメッセージと分けて対応できるようになっていたりするということだ。
でも本当の魂のレベルではどれも形も何もないものである。
強いて言えばただの点のような光の粒である。

私たちの生きている人間界のチョッと上の層の霊体から受け取るのものはすべて崇高な純粋なメッセージでは無いので気をつけていただきたい。
そのレベルでは嗜好や思い込みなどが混ざっている可能性があるのである。
送っているほうは相手を思いやっての事であろうが、人間同士でも同じように「余計なお世話」の時もある。

一番信用できるのはあなた自身の崇高なピカピカの魂である。
あなたを作り出した存在であるのであなたの一番の味方である。
あなたが本当の幸せを発見して素晴らしく生きていくのを欲しているのもあなた自身の「本当の自分」である。
そこまで戻ると「本当の知恵」が湧き出てくるのでアイディアに困る事もなければ生きる望みが無くなってしまうこともない。
「生きる」ことしかしないのであるから常に若々しく初々しく生きられる。

恒星は輝いている。
スターは輝いている。
輝いているものが目に入ってくる。
そこに人気が集まる。
あなたの本当の輝きが人々に喜びを提供できる。
あなたは輝く事が嬉しくて楽しくて仕方がなくなる。

守護霊たちもあなたの素晴らしさから学ぶ事が出来る。
あなたの毎日の選択からさらなる知恵を得られる。
霊界にいらっしゃるご先祖様たちも喜びを分かち合える。
自分の子孫が繁栄する事が彼らの願いである。
明るく楽しい波長が広がるのである。

あなたの光はどこまでも届くのである。
自分の中の「本当の自分」を信じれば信じるほどこの輝きは大きくなるのである。
誰かのものを借りるのでは無いので誰にも迷惑はかからない。
しかも暗さが吹っ飛ぶので感謝される事となる。

あなたは明るいのである。
ちょっと忘れていただけだ。
明るいのが本当のあなたである。
光り輝いているのが本当のあなたの姿である。
  1. 2007/05/07(月) 00:37:19|
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なおる

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「なおる」という言葉が先にあって「治る」「直る」という漢字をあてはめたのであろう。
広辞苑によると;1.(境遇・地位・身分などが)もと通りになる。改まってもとのようになる。2.もとのように正しく(よく)なる。望ましい状態にもどる。後略。

元通りの素晴らしい本当の自分が出てくるとき全てが「なおる」のである。
病気の症状も経済困難も人間関係ももとのように正しくよくなる。
生きている間一度も正しくよくなかったと思える方でもついに本当の「正しく善い状態」を経験していただけることになる。
「本当のあなた」は正しく、よく、素晴らしく、美しく、賢く、気高い存在であるので「それが自分であった」と認めるだけでいいのである。
自分の本当の姿に戻る。

なおる!なおる!なおる!
今なおったのである!

「わずらう」も漢字で「煩う」と「患う」をあてたのであろう。
同じく広辞苑では;1.あれこれにひっかかって思い苦しむ。なやむ。2.うまく事が行なえずに苦しむ。3.病気になる。病む。4.障害によって、すらすらと進まない。・・・しかねる。

だから患っている時は煩っているときなので引っかかっているものを解き、直せばいいのである。
力ずくで直すのではなく「あ、こっちが正しい自分か!」と気が付けばいいのである。
本当のあなたは正しい善い状態をすでに知っている。

「病み」は「闇」である。
光をさせば一瞬にして消える。

気が付いていない方が多いのであるが「光」はあなたの生命そのものなのである。
あなたが輝くことが先決問題である。
3次元世界の太陽光線も非常に素晴らしいのであるが、あなたの光はそんなものには比べられないほどの崇高な神々しいものである。
自分どころか世の中も照らし出せるのである。
ちょっと試しに堂々と輝いてみていただきたい。
自分が誰よりも驚くのでは無いだろうか?

あなたの「闇」も「病み」ももうどこかに行ってしまって探しようがなくなる。
もともと無いものなので消えても失うものは無い。
あなたは明るいのである。
あなたはわずらいから解放され、なおり、自由に本来の生命の力によって活躍することが出来る。

与えられた使命を活き活きとやりぬくことが出来る!
あなたの光はあなたの中から発せられる。
そしてどの人にも同じ力があるのだと解るので安心してお互いを信頼できる。

奇跡に見えることでも裏を明かせば単純な原理があるのである。
もとの素晴らしい姿に一瞬にして戻るだけなのである。
  1. 2007/05/05(土) 22:52:11|
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A Voice Deep Inside

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A voice deep inside's getting stronger,
I can't keep it quiet any longer,
No matter what happens, it can't be the same anymore !

これはバーブラ・ストライザンドの映画"Yentl"の中の"No Matter What Happens"という歌の歌詞の一部である。
Yentlは知識欲の旺盛な少女であったがその当事のユダヤ人社会では女性は学問の道に入ってはいけないのであった。
たった一人の肉親であった父親の死後一大決心をして男装し男子校に入学してしまう。
女性であることが見つかったらどんな罰を受けるかわからない。
それでも教育を受ける事を選び危ない道を歩んだのである。
本当の自分の心に従ったのである。

胸の深いところにある声が段々大きくなり、ついにはその声を静まらす事が出来なくなる、何が起きても今までと同じ事は続かないし同じようには暮らせない。

胸の中の小さな本当の叫びを隠しながら騙しながら生き続けてきてしまったあなたも、その蓋をちょっと外からたたくものがあったり、その壁にチラッと亀裂が入ったりしたとき、内なる力が「今だ!」とばかりに出てくるのだ。
「心の大革命」であるが抑えられていた分反動の力は強い。
ただし、精神世界や霊界の中で起こるのであるから武器や流血は関係しない。
崩れ始めた壁を突き抜けて出てくるのはあなたの真の輝きである。
本当の生命の力が光になってまぶしく輝く。

あなたは長い事知っていたのだが、一体どうしていいか解らなかったので押さえていたのだ。
あなたのその知恵と美しさはどう発表してよいかわからないものであった。
誰にも解ってもらえないものだと思っていた。
でもけっして本物は消えない。
あなたの輝きは他の人に消せるものではない。
そして誰の許可なく堂々と輝いていいのである。
それさえもはっきりと教えてもらえなかった。

何を怖がっていたのだろうか?
これはあなたの人生である。
あなたがあなたの人生の実権を握っている。

私たちは生まれたときから20歳になったときの選挙権を約束されていた。
女性だから進学してはいけないという事もなかったし、身分の上下も外されていた。
体力や知性に見合うならどの職業にでもつける。
Yentlの苦労は味わわなくてよい。

しかし、まだ見えない枠に縛られている人たちは是非さらなる努力をして自由を勝ち取って欲しい。
道が塞がれていると諦めている人はもう一度見直して先に行く方法を工夫して欲しい。
壁を崩して欲しい。
勇気のいる事であるが「今」やって欲しい。

必ず先に進める!
素晴らしい解決法が待っている!
あなたは出来る!
あなたがやらなくてはならないのである!
これはあなたの人生である、あなたのための事はあなたが切り開くのである!
動き始めた時全てがあなたの味方となる!

大丈夫!
力はもっともっと湧いてくる!
泉のように知恵が湧いてくる!

I promise it won't be the same anymore !

  1. 2007/05/05(土) 06:46:51|
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エリート意識

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私の祖父は生前に契約をして息を引き取ったら献体することに決めていた。
だからお葬式はなかった。
祖父は92歳で昇天したのだが、80代の時友人たちよりずっと長生きしたし遠くにいる親戚などにわざわざ葬式に出てもらうのも大変であるし、大体葬儀費用がかからなくて医療の進歩のために役立つのだからこんなにいい事は無いといって献体のシステムを知って喜んでさえいるようであった。
生命と肉体をすでに切り離して考える事が出来る人であったのだろう。
使わせていただいた体は死後でも最後まで何かの役に立つように配慮した。

「人のことを考えなさい、人のことだけを考えている時丁度いいくらい自分の事を考えている。」と繰り返し教えてくれた。

今私の毎日書いていることと相反するようにも受け取れる。
私は「自分を大切にしなさい」と繰り返しているのだ。
これは矛盾しているのだろうか?

本当に人の助けになるには「真実」を把握するのが近道なのである。
自分の中の「本当の自分」と向き合った時全てがわかる。
全てがわかったとき「人」がわかる。
そしてどの人にも一番必要なこと大切な事を提供できるようになる。
人助けには体力も必要となる。
自分が寝込んでいては世の中の助けにならない。
病気になっては人の足を引っ張る事になるのだ。
活き活きと生きているとき、明るい笑顔を振りまいている時、あなたは「人のため」になっているのだ。
人のことを考えるとは自分をいくらでも犠牲にしなさいということではないのだ。
反対である。

祖父はエリート意識を持って成長した。
明治生まれであったので進学するものが限られていた中、大学まで行くものはほとんどが「自分たちが日本を背負っていくのだ」という強い責任感を持っていた。
戦時中にもしくは戦後に各々の立場での主張があった中意見の違いはそれとしても、人道を欠く事は認めなかった。
攻撃的意見のある人でも口頭での主張は尊重したが暴力的行為はよしとしなかった。
「礼」を欠く事は許さなかったのである。
戦争が終わり一般の生活に戻った中でも国を思う気持ちは深かった。

私たちは今世界平和を考えている。
地球の温暖化を止めようと計画を実行し始めている。
今もっとエリート意識の高い人たちが必要とされている。
エリート意識とは自分たちがリードして「よりよい環境を作るのだ」と実務を誇りと責任を持って果たす人々の心構えである。

私たちは全員平和な世の中を願っている。
実現したいと思っている。
まず心の中で「実現」させなくてはいけない。
一部のボランティアたちの仕事ではない。
政治家たちだけの仕事ではない。
私たち一人一人の仕事である。
「平和」は積極的に存在するのもである。
生き物なので常に「愛」を満たさなくては存続しない。
どの家庭にも愛が満たされることが必要だ。

あなたが積極的に自分を「愛」を満たすことから始まる。
そして「愛」があふれ出す。
周囲が愛で満ち溢れる。
「愛」は「愛」を呼ぶので「愛する行為」で町が一杯になる。
愛に反する行為は居場所がなくなる。
解けて消えてしまう。

自分が満たされている人は早くみんなも満たされて欲しいので行動が広がる。
仲間が増える。
どの分野の人も「なんだ同じか、愛の表現か!」と通じあい、お互いの仕事振りに感謝しあえるのである。
無駄な時間は無くなる。
全てが生かされる時間である。
積極的に生きているとは愛を生きているということになる。
楽しい時間ばかりになる。

認め合って安心しきって暮らせるようになる。
今心の中の「絶対に安心な場所」でそれを味わってみよう。
しっかり持てば持つほど現実生活の改善は早いのである。
心で改善されたものはほとんど瞬時に目の前に現れるのである。

だからまずあなたから始めなくてはいけない。
あなたが「愛」で満たされなくてはいけない。
あなたは「愛」そのものであり、外に求めなくてもいくらでも「愛」が溢れ出てくる素晴らしい存在であると認めなくてはいけない。

これはあなたの話である。
あなたが「愛」そのものなのである。
  1. 2007/05/03(木) 21:54:31|
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プロフィール

Liyako

Author:Liyako
松田利也子 Liyako Matsuda
米国NY在住。

癒しの方法をご紹介しているメルマガ
「りやこのメッセージ」は;
http://www.mag2.com/m/0000241221.html


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『りやこのメッセージ』『利也子の日記 1』

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どの国でお買い上げになっても中味は日本語です。

一番新しいブログ記載内容がしっくり馴染めない場合は
古い方の日記を右下のアーカイブから任意にお選びいただきますと、現在お抱えになっている問題の解決に繋がる事がよくあります。
お好きな所からランダムにお読みになってください。

メルマガのバックナンバーもご自分でできる癒しの方法が数多く紹介されていますので是非ご参考にしてくださいますように。

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