利也子の日記

スピリチャル ヒーラーとしての活動や文筆物。

与える事与えられる事

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「与えよ、さらば与えられん」という言葉が子供の頃壁に貼ってあった。
それで人にはつくすのがいいのだと思った。

今落ち着いて見直してみると、与えられたいがために必死で与えている人は愛の顕現で行動しているというよりは自分が今後貰えるご褒美のために本質がどうであれせっせと自分を切り売りしていると考えられる。

じーっと見据えてみると、与えられなくてはならない人も与えられるべき自分もいないのだ。
みんな全てを今もっている。

「欲しい!欲しい!」「頂戴!頂戴!」という思いを納得させるためにまず一旦人に与えたら自分が堂々と貰える番が来るのだ、というのでは何かをしたらやっと許可を得て自分の願いがかなうのだという小さな観念の枠から出られなくなる。

あなたはすでに与えられている。
自分で自分の中から呼び起こすのだ!
あるのである。
だから使うだけでいい。

「愛」はエネルギーであるので動いている時は同時に進行する。
愛し愛されて流通する。
瞬時に与え与えられている状態だ。

「あなたが高いときは私は下」というのではなくシーソーで同時に遊んでいる仲間だ。
上がったり下がったりしているように見えても一体になって流れている力なのだ。
同時に楽しい。

お金もエネルギーなので自分の能力を与えている時同時進行で報酬が与えられる。
ただひたすら溜める事が好きな人はエネルギーを止めていることになるのでもっと動きをよくしたかったら流れをつけることである。
「ためる」と「とめる」は同義語だ。
ストップしてしまっては自分も人も生かされない。

小さなお金でも生かされているときは最高のパワーを発揮する。
大きなお金でもひとところに留める事だけに興味を示すと不都合が起ってくる。

みんなチャンと生かされているのであると把握すると、誰が今いくら持っていようと、近い将来その構図が変わろうと、絶対に大丈夫なのだという安心感が定着する。
実際の金銭だけで判断できないからである。
我々の才能全部が財産である。
学んだ事も宝の一部である。
そして値打ちのつけられない「本当の愛」を全ての人が持っているのである。

褒めて欲しいから人を褒めるのではなく、「いいな!」と思ったら「綺麗ですね!」とか「素晴らしですね!」と素直に発言してあとは忘れてしまうのである。
褒められたら謙遜しないで「ありがとう!」と微笑むのが善い。
難しいことではない。
ただの簡単な愛のやり取りである。

自然に目に入った美しいものを賞賛し続けていると、いつの間にかあなたも賞賛されているのである。
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  1. 2007/06/29(金) 20:51:35|
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あともう一日で私の祖母が99歳の誕生日を迎える。
現在は骨折のため入院しているが心臓はまだまだ元気だ。

100点。
100%。
100は満点であるという感覚からか、「是非もう一年がんばって欲しい!」とみんなが思っている。
100を超えたらあとはボーナス・ポイントだ。
どれだけ生きてくださっても嬉しいが100を超えたとなると達成感が生まれる。
充分生まれてきた甲斐があったと思える。

不思議なものだ。
本当は内容の濃さが大切なはずである。
本来の使命の把握と実行が大切なはずだ。
単なる時間の長さではないはずだ。

でも「生きている」ということが何より大切なのである。
去年の夏会った時「何のために生きているんだろう、、」という祖母に「息をしているだけでも善いんですよ!」と答えた。

自分の人生が世の中のどの部分かの役に立っていると思いたいのであるが、本当に大切なのは自分がいかに充実しているかである。
長生きしていると友人や世話をしてあげた人たちが先に亡くなってしまうことが多くなる。
「何のための努力だったのか?」と嘆かわしくなる事もあるだろうが、人生とはそんなに浅いものではない。

「魂の位に徳を積むのだ!」という言い方を祖母はよくしていたが、今の私は魂の位に徳を積んであとでご褒美をもらうよりも、「今」を同時に楽しむことが大切なのである。
あなたの魂の位は無限に高いのである。
もうすでに高いのである。

「徳」を積むのは大切な事であるが、徳を積む行程も楽しまなくてはならない。
徳を積む行程は楽しいはずだ。
「今」を犠牲にして後での幸福を得ようとしても一体何時どこで幸福になるのであろうか?
全部「今」なのだ。

「あの人は徳の高い人だ」と他の人が言うのは勝手だが、自分が言われたくてそのためだけに大切な家族や時間や労力を犠牲にしてはいけない。
本当に徳の高い人は自然に全てを愛しているのだ。
だから全てと調和しているのだ。
狙ってしていることでは無い。
「徳の高さ」とはにじみ出てくるものなのである。
透明な輝きを感じるのである。
大自然の愛の響きを感じるのである。

明治生まれで「職業婦人になりたかったのに結婚させられた。」ということがネックになっていた祖母は去年の夏車椅子で散歩に連れ出した時「今度生まれてくるときは男がいいな。」とぽつんと言った。
「私は女だけど今したい事はなんでも出来るのよ。」と告げると「そうか、、」とだけ答えた。

肩書きも何も無い一人の女性が電話も無い時代に生まれ戦争を体験し次々に変わる世の中で何かをしっかり信じて生きてこなければならなかったのだ。
現象の世界がどうであれ「深い愛」は変わらないのだと教えてくれたのは祖母である。
言葉での表現が下手で誤解されることが多かった彼女も今では「カワイイおばあちゃん!」と看護の方たちに大切にされる毎日を送っている。

最後の一秒まで貴重な時間なのである。
今日の一秒一秒も大切な同じ時間なのだ。

心に残っている痛みは早くお掃除してしまおう。
心にしっかり持って歩かなければならないものは「愛」だけだ。
あなたの命の源から「本当の愛」が流れ出ているので邪魔さえしなければあなたは「愛の存在」になるのだ。
ただ息をしているだけで世の中に「本当の愛」が響き渡るのである。
あなたから発するのだ。

言葉で交流が無くても深い愛が伝わるのはそのためである。
  1. 2007/06/28(木) 21:38:22|
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コンセプト

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「地獄」というコンセプトを分析してみよう。
死んだあと行って永遠に苦しむように出来ている場所だそうだ。
それも肉体はもう無いのに炎で焼かれたり針の筵に寝かされたりするらしい。
生きている間に嘘をつくと舌を抜かれる。
でもほとんどの場合現在の私たちが「死亡」したとなると火葬されるので舌は残っていないし、死体が痛がっているのを目撃した事がある人はいないはずだ。
「地獄」とは絶対に抜けられない永遠に壮絶な苦しみの与えられる場であるそうだが、何が苦しむのだろうか?
痛いと感じるのは「心」しか残っていない。
「生命」は痛がらないのである。

そこに行ったら輪廻転生はコンセプトとして成り立たない。
また生き生きと新しく生まれてくるのだ。
どこかで永遠に苦しんでいては次の計画が立たない。
「生命」が新たな経験を積みたくて時と場所と一緒に過ごす人たちを選んで顕現する。

あなたはいつも新しいチャンスに恵まれているのだ。
完璧に自由なのである。
「心」の中を清潔に保つと「生命」との行き来がずっと早くなる。

「私の心は私が管理しています。」とおっしゃる方は多いのだが、知らず知らず回りの影響を受けていらない概念をたくさん持ち込んでいるのである。
スッキリした時に「なんだ、こんなに持っていたのか!」と解るのだが、通常は世の中でもう長い事常識になっていることに疑問も持たずに堅苦しくても重苦しくても当たり前のように背負い込んでいるのである。

「人の心が解るようになりたい」と思ったら詰め込むよりも捨てるほうが早いのである。
あなたの心が透明になるとエゴとかプライドを通して観ていたものが「ただそのもの」だけ観えてくるようになるからだ。
同情が先走っていたのが「真の心」が観えてきて、物品や山のように激励の言葉を与えるよりも「本当の愛」を限りなく送るほうがすべて和やかに賢く解決する。

「生命」は愛する事のみ調和する。
「生きるのが楽しい!」と感じたらなんだかやっと「本当の自分」らしく暮らし始めていると認識できる。

寂しい心、痛がっている心、暗い心、惨めな心、自信の無い心、よく観察してみると正体のないものである。
だから新しい風が吹けばカラッと変わってしまう。
「愛」が顔を出すと溶けてなくなってしまう。
罰を受けるべき「地獄」が自分の心にあるのだと思うと地獄らしき状況に身を置くことになるし、「輝く光しかないのだ!」となると浄土に住み始める事になる。

「本当の愛」を徹底的に信じきるにはちょっとだけ勇気がいる。
「本当の自分」を認めるのも照れくさいし、なんだかいけないような気もする。
でも、あなたしかいないのである。
あなたが今信じて認めなければ「生命の力」を利用して輝かしい生活を成り立たせる事は出来ない。

「心」にとらわれているとき、ちょっと落ち着いて「生命」まで旅行してみよう。
「なんだ、何にもないからなんでも出来るんだ!」と気が付いたら心に溜まっていたものはもういらないのだ。
大丈夫!
失った時間もなくなるのである。
あなたは永遠の「今」の中に住んでいる。
  1. 2007/06/28(木) 02:56:55|
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「生命」の世界

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霊界のことを知りたいと思う人は多い。
初めから解ったいたら「死」を怖がる必要が無くなる。
亡くなった方がどうしているのかも解る。

昇天してから「あ、ナンダこういうことなら生きているうちにもっとノビノビ生きるんだった!」と思っても遅いのである。
それで何人かのメッセージを受け取ることの出来る人が「今を大切に生きよう!」と繰り返し伝えているのだ。

亡くなった方たちは自分の子孫や友人に幸福に暮らして欲しいと願っているのだ。
自分の事で泣き続けてほしくない。
生きている時間に出来る事を満喫して欲しい。

落ち着いて考えてみると私たちは全員母体に宿る前にどこかにいたと判断できる。
つまり生まれる前にすでに存在していた「自分」がいるのだ。
その「本当の自分」は霊界も天界も天国も極楽浄土もすでに知っているのである。
「本当の自分」は自分の源を知っているからだ。
そこは肉体の世界では無いので現象世界の私たちの間では「あのようなもの、このようなもの、」とたとえ話のようにしか表現できない。

何も無くて全てある、というのをどのように表現したらいいのであろうか?

あなたはそこでは形の無い存在だ、だからどんな形にでもなれる。
あなたは何も無いところにいるのでなんでも作り出せるのである。
限られた材料を与えられたらそれを組み立てることしか出来ないが、無限に知恵を働かせてどんなものでもパッと創り出してしまうのだ。

ゼロと無限で「一」なのだ。

霊界の事で怖がっている方がいらしたら、恐怖する事は何も無いとお伝えいただきたい。
そしてこだわらないでいただきたい。
毎日のあなたの清らかな言葉と笑顔が全てを浄化してしまう。
ただ明るく暮らすだけでいいのである。

あなたの喜びの響きが伝わり広まり包み込んで「愛」という字が空気中にも見えてくるようになるのである。
楽しんでいいのだ!
自分である事を祝福しよう!

冷えて固まっている心は温めればいいのである。
熱を与えると固体は液体に、液体は気体になる。
動きやすくなったらホッとして自分らしさを堂々と顕現しよう!
気軽くなり気楽になり機嫌がよくなる。

生まれる前に自分がいたのであれば霊界は死の世界ではない、「生命」の世界である。
そこが故郷であるので今でも楽々と行ったり来たり出来るのである。
  1. 2007/06/27(水) 00:46:33|
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情熱

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あなたは情熱に満ち溢れているのだ!
あなたは噴火口を探しているマグマなのだ!

あなたの「本当の愛」は出口を探しているのだ。
もう下のほうでいつまでも潜伏しているだけでは気がすまないのだ!
この世の中に登場しなくてはならない!

「本当の愛」の表現はただ騒がしくなるということではない。
輝くということだ。
誰を彼をも照らし出す!

あなたが素直に「本当の自分」を出して輝くときに火山が爆発するよりももっとセンセーショナルな事がおきるのだ。
誰をも傷つける事無く、誰の邪魔にもならず、大調和の中でそれは受け入れられる。
「平和」が実現するからだ!

「本当の愛」が怖くて逃げ回っている人がいる。
今まで傷つきすぎていたので今度もまた深く痛手を負うかもしれないからもう当たり障りの無いように生きよう、とビクビクしているのだ。
あなたの「本当の愛」が今その人たちを癒す時が来た!

なんとか実践しなくてはならない。
サンプルを提供しなくてはならない。
仲間を呼び起こさなくてはならない。

「本当の自分」はどの人でも持っている。
偽りの無い純真な輝かしい自分である。
肩書きや紹介文なしでもすでに受け入れられている一番貴重な「生命体」である。
今、鐘がなり眠っていた「本当の自分」が目覚める時が来たのだ。
愛に溢れて喜びに満ちている「本当のあなたの姿」だ!

まず見せてくれたら信じる、というのではだめだ。
人の問題ではないのだ。
自分の中にあることなのだ。
あなたの限りなきパッションが今ここについに顕れるのだ!

それは繊細で小さく見えてもいいのだ。
あなたならではの細かいデリケートな工夫でもいいのだ。
その中にそこはかとなく強く逞しい生命が流れているのだ!
あなたの唯一の表現なので世界一美しく顕れる。

大きくてもいい。
広くてもいい。
包み込む限りない優しさと暖かさがあるからだ。
征服とか支配とかは関係無い。
太陽よりももっと大きく全人類を包み込むのだ!
愛がとめどもなく愛し始める。
愛され続ける。

相手を照らし出すと優れた点のみが見える。
こんなに美しかったのかと驚くくらいだが、まだまだもっと輝けるのだ。
人の光を頼りに生きなくても自分もこの輝きを発する事が出来るのかと解るとホッとして光を遮っていたものを外す事ができる。
安心していい。
「本当の自分」を発揮していいのだ。

空気中に「本当の愛」が満ちているのだがそれは全く透明なのだ。
そして濁った色の付いている嫉妬、怒り、苦しみ、悲しみ、が先に目に入ってしまおうとも、透明な一番必要な「本当の愛」はすでに満ち満ちているのだ。
騙されてはいけない。
すでにあるものはすでにあるのである。

新しく目覚めた目で観てみよう。
あなたは美しく世の中は素晴らしい。
あなたの情熱は限りなくこの世の中を愛し続ける。
  1. 2007/06/25(月) 22:31:33|
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夢と現実

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今日は土星と海王星が地球を挟んで対決しているのだそうだ。
挟まった地球はどうなるのか?

大丈夫!
地球は調和しているのである。
地球は生かされているのである。
刺激を受けてさらなる発展を遂げているのである。

夢と現実。
夢の神様がネプチューンで現実の神様がサターンだ。
両者がそろうとホヤホヤした夢は理路整然と説明させられるし、縦横高さだけで成り立っているはずの3次元に4次元の世界が顔を出す。

縦横高さの中で理路整然とした事だけやっていればよかったはずであるが、胸の奥底には熱い情熱があり今それを呼び起こされる。
フワフワ夢のように「愛!平和!」と追っかけていたのに、では具体案はどうなのか現実の行動を要求される。
みんなが「ひとつ」に近づくチャンスだ!
お互いがよく解り始める。
全然違うと思っていたのに目標は一つだったのだ!

右脳と左脳は同時に働いている。
どちらかだけ使っている人間はいない。
右脳だけが好きだった人間はいるが今バランスを試される。
「なんだ、私の左脳も動いていたのか!」とあらためて知る機会がやってきたのだ。
チャンと初めから働いているのだ。
知るきっかけがあっただけで脳のほうでは土星の影響があろうと無かろうと生まれたときからせっせと可動しているのだ。

もう「ある」のである。
使えばいいだけである。
探し回らなくてもあなたの中にあるのだ。
今すでに起動しているし、意識しようがしまいがあなた自身の持ち物なのだ。
生まれたときからパッケージの中に入っているものだ。
新たな契約はいらない。

夢も現実もあなたのものだ。
現実を夢の世界にするのもあなただ。
夢を膨らませて世界を包んでしまうのもあなただ。
そんなこと現実で起るのかなとビックリするけれど、あなたの中にあったことなので大きな夢は大きな現実となって顕れる。

「これが世の中のためだ!」と100年前に作られた体制が滅んで行くように見えても、今の私たちの夢と現実が新しい体制を作り上げるのである。
今の私たちの世の中だからだ。

今のあなたの生活が大切なのである。
あなたは過去の人のために生きているのではない。
現実のあなたのために生きているのだ。
夢の実現のために生きているのだ。
それが凄く速いスピードでドンドン目の前に繰り広げられる。
「幸せ」という夢は毎日の小さな言語行動であっという間に現実になるのである。

あなたは情熱に満ちているのである。
人類愛に満ちているのである。
自然愛に満ちているのである。
表情が豊かに見えなくても心の中は「本当の愛」そのものが溢れ出ている状態なのである。

ひたすらに「平和」を愛しているのである。
だから「平和」が見えないときは頭を抱えて寝込んでしまうのだ。
あなたは「平和」を知っているから「平和」でない状態が苦しくてたまらないのだ。
愛するものが目の前に見えないとき、どうしていいか解らなくなるのだ。

でも大丈夫!
土星が教えてくれるのは「ひとつずつやりこなしていく事」である。
「平和」が何か知っているのだからあとはそれを実現するだけでいいのだ。
時間がかかるように見えてクタクタになったら海王星のファンタジーの世界で一休み。
そしてまた続きを始めればいいだけである。

バラバラに見えていたものが「ひとつ」であると解るのも今日のよき日である。
あなたが「ひとつ」なのである。
  1. 2007/06/24(日) 21:38:02|
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私は、この無限に広がる大宇宙の恒星の中のひとつの太陽の持っている9個の惑星の中のひとつの地球に住んでいる何十億分の一の存在である。
だからとても小さくてなんでもないような存在である。

ところがそのなんでもないような限度と制限だらけの人間の肉体の中の何層にも重なっている意識を通り抜けると、無限に広がる大宇宙に戻ってしまうのだ。

こんなちっぽけな存在が何を出来るものでもない、と決めてかかって何もしなかったら「こんなちっぽけな何も出来ない存在」で終わる。
こんなに制限のある中どうしたら限りの無い可能性を表現できるのだろうか、と工夫しだすと限りの無い世界が展開し始めるのである。

「すぐ壁に当たってしまうんです、、」と悩まれている方は壁が出てきたらよく観察してチャンと開けるべきドアがついていないか、あっても鍵がかかっていたらもう自分はすでに鍵を持っていないのか落ち着いて観察してみよう。

人間関係が難しいんです、というのはよく解る。
ここは人間界だからだ。
だから人間から学ぶように出来ている。

壁に当たったと思っても壁に見えたものは気体で出来ているのかもしれない。
濃い霧で1メートル先が全く見えなかっただけなのかもしれない。
晴れたら「なんだもう目の前まで来ていたのか!」と驚く事になるのだ。
そんなときはちょっと待てば良いだけだったと気が付く。

もしかしたら、丈夫な壁に見えるのは映画のセットのように裏はペラペラのベニヤ板に支えをしてあるものかもしれない。
見せ掛けだけのものだ。
その時の必要な期間だけ使えばいいので本当の壁は作っていない。
「なあんだ、こんな仕掛けか!」と驚くけれど、次からはもう簡単に騙されなくなる。
あなたは色々な壁の正体を見抜けるようになってしまう。

壁に当たった!と思ったら落ち着いてよく壁を見ることである。
後戻りしたり、グルグル回り始める前に正体を確かめよう。
もしかして簡単によじ登れるかもしれないし、トンと押したら倒れるかもしれないのだ。
ハンマーで崩す必要は無い。
あなたの「知恵」で溶けてしまう可能性が高い。
あなたが幽体になってスッと通り抜ける事が出来ると考えるのも面白い。

誰かに操られるかもしれないと思うちっぽけな存在から、「無限の可能性の存在」だと認識を切り替えると何が起っても「じゃあ、誰も考え付かなかったやり方で乗り越えてみようかな!」と無邪気に目を輝かせてヤル気に満ちている少年のようになってしまうのだ。

宇宙の中の塵のような小さい自分がいつの間にか冒険物語の勇者になってしまう。
そして「壁というのは無いんだ!新しい楽しみだ!」となってしまうのだ。
あなたは無限に楽しみに満ちている存在だ。
幸福で楽しい事ばかり起る。

感情高まる大ドラマが好きなので行く手に細工を施して「あ、またハードルか、、」と思わせる瞬間を作り出しているのである。
今度はまた新しい技で軽々と飛び越える。
初めは重かったけど慣れると簡単になってしまうのでまたちょっとユニークさを加える。

押し寄せてくる壁というものは無い。
あなたの無限の可能性を否定できるのはあなただけだ。
あなたが肯定した時無限の可能性はもうすでにあるのだ。
どんなことでも出来るのである。
しかも個性的に自分だけの素晴らしいアイディアで超える事が出来る。
その時の達成感が欲しくて次々にチャレンジを作り出しているのである。

「本当の自分」まで戻ると全部の答えが出てくるのはそのためである。
  1. 2007/06/23(土) 21:35:04|
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生かされている

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「生かされている」という感覚は把握しにくい。

せっせと働いて毎日の生計が成り立っているように思うからだ。
自分が頑張るとそれだけの成果が出る。
だから「されている」のではなくて「している」という主観が強い。
「生きている自分」であって「生かされている自分」ではないと思いがちだ。

奥の奥にあるピカピカの魂が「本当の自分」だとするとその「本当の自分」の生命力に顕在意識の自分は生かされているのだ。
だから全く縁の薄い何か別の力によって生かされていて、その力の機嫌次第である日ふと生かされなくなるということは無い。
いつも最高の生命力にバックアップされているのだ。

この「本当の自分」は死なないのである。
死を知らないのである。
生きることだけの存在である。
だから力が尽きる事は無い。
アイディアが乾き切ってしまうことは無い。
永遠に知恵の湧いてくる泉である。

どうしたらその生命力に生かされていると信じられるだろうか?
自分の中の生命力がこの大地のどの自然の力とも一致していると理解し始めると「自分は一人で生きているのではないのだ」となる。
そして大いなる生命力に生かされているのだとなる。
だから堂々と生きていいのだ!

生かされているとは命を与えられているという事なので、では「それをフルに活用してしっかり生きよう!」ということになる。
そして自信を持って「生きているのだ!」と自発的に生きるための行動をとることになる。
生きる権利は充分保障されている。
恐る恐るビクビク生きたりしなくていいのだ。

誰も彼もがそのように生き生きとした素晴らしい存在であるとなると人に危害を加える事が出来なくなる。
お互いの生かされている命の最高の表現を楽しみたくなる。
どんな時間も大切になる。

自分が大切になる。
「生かされている」のだ。
いつでも大丈夫なのである。
何よりも強い味方が付いている。
永遠の生命である「本当の自分」がスポンサーになっているのだ。
誰よりも賢い存在だ。
どんな事でも解る、解ける。

生かされていると思うと生かされているものに目が行き、花でも木でも鳥にでも「よかったね!」とウインクしたくなるのである。
見知らぬ人が微笑んでくれたら「あ!よかったね、の交信だ!」と微笑みかえそう。

生かされている自分は仲間しかいないのである。
  1. 2007/06/22(金) 20:32:44|
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人が嘘をついているのは許さなくても、その奥にある本当の清清しい純粋な魂は認めなくてはならないのである。
嘘を許さないというのはそれ以上その人の悪いカルマの波長を増やさないようにする事なので厳しいように見えてもお互いのためなのである。
簡単な嘘でその場を繕ってしまって、それが通ったので次も同じテクニックを使ってしまうと深く考えなくても日々嘘ばかりつく状態が膨れ上がってしまう。
それがはじけるとき、自分では不幸な災難が起っていると感じるが本来の自分の姿に戻るチャンスを与えられているのだ。

「嘘」と聞くと人を騙しているように思えるのだが、実は自分を欺いているのだ。
自分が本当にどのくらいの能力と可能性を持っているかちょっとでも垣間見たらその素晴らしさを何とかして出したくなるのが本当なのである。
カバーするものは邪魔になるはずだ。
「本当の自分を観て!」と叫びたくなるはずだ!

あなたは本来絶対なる存在なのだ。
もともと全く非の打ちどころの無い唯一の存在なのだ。

嘘は壁であり、殻であり、防具である。
自分が顕れて来ると重さのあるものはいらなくなってくる。

あなたそのものでよいのである。
嘘のあなたでは無い、本当のあなたそのものである。
それを「生命」とよんでいる。
いのちが生きているのである。
それでいいのだ。

たくさん言葉を話さなくては伝わらないと思ったり、もっと飾らなくては見栄えがしないと思ったりしなくていいのだ。
そのままでいい、というのは簡単すぎて凄く難しい。
単純すぎるので「もっと説明してください!」と問われてしまう。

言葉は楽しむために使おう。
自分も人も欺くものではない。
そして言葉の奥にもっともっと深い愛が流れているのを感じよう。
あなたはそれを汲み取る事が出来るし、「愛そのもの」に反応する方が確かで解りやすい。

到達するという言い方もHomeに戻るという捉え方も命に帰るという表現も全部同じなのだ。
ふと、それが解る。

全部夢である。
全部浮世である。
あなたの主演する大ドラマの舞台である。

夢から覚めても美しく素晴らしい「本当の自分」がいるのである。
幕が降りても全く影響の無いピカピカの魂があるのである。

どうせ夢なら嘘で固めようか、ということではない。
どうせ夢ならどれだけ自由に表現できるかやってみよう。
夢に枠や制限は無いのである。

幕の下りる前にこの世で初めての超大作を演じてみよう。
嘘の芝居では観客に見抜かれてしまう。
本当の愛で大感動を呼び起こすのだ!

生命の無限さを忘れそうになったら空を見上げてどこまで続いているか見てみよう。
あなたはそれよりももっと大きい存在なのである。
  1. 2007/06/21(木) 22:55:43|
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快晴の空に凧が悠々と浮かんでいるのを見るとそれだけで楽しくなる。
私の目には入らなくても凧はしっかりと持ち主と糸で結ばれている。
どんなに高く遠くに舞上がっている時でも二者は一体である。

あなたがどれだけ高く舞い上がり風に戯れている時でも地上でしっかり結ばれている人がいるのである。
あなたの魂はあなたから切れて遠ざかる事は無い。

しっかりと結ばれている確信がもてればもてるほどドンドン高く上がっていける。
結ばれている事を疑っていないのだ。
信頼しきっている。
あなたの降りてくるところは決まっている。
「あなた自身」はいつもあなたのふるさとであり、あなたの心の出発点だ。
「本当の自分」を信じきったときどの位の距離を一挙に上っていけるかやってみよう。

あなたは陽を浴びて高く色とりどりにキラキラ輝くのだ。
風を利用して昇っていくのだ。
あなたが高く上がる事を見るだけで楽しみが湧くのだ。
ひらひらと美しく飛ぶのだ。

しっかりつながっている。
大丈夫!
切れることは無い。

楽しみはまだまだ尽きない。
どこまで上がれるかやってみよう。
あなたが上に揚がっている凧であり下で見上げている少年だ。
彼の瞳の美しさと頬の輝きはあなたのものだ。

さてどんな凧を作ろうか?
どこへ行ってどんな風であげようか?
  1. 2007/06/20(水) 23:50:30|
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試す時期

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さてもう出来てきた、と思ったらそれを取っ払っても大丈夫な自分がいるか試す時期である。
メダルや賞状をもらったら、そのことを全然知らない人たちの中に入っても充分自分らしくやっていけるか、自然に自分らしさを振りまけるかやってみよう。

今までの勉強や業績などは本当に大切ではあるが、「それが自分だ!」と思い込んではいけないのである。
あなたはそこから初めて出発する。

今まで何回も読んだ本を今日初めて手にした本のように扱って読み始めてみよう。
「本当に自分はこの本を以前読んだのであろうか?」というくらい新しい目でもっと深く広いものが読み取れる。

自分は今まで何か知っていたのであろうか?

そこで答えがわからなくなったら外へ向ける目は開いたままでも内側から絶対答えが引き出せる、自分は実の答えをしっかり知っているのだ、ともう一度「本当の自分」との対話を繰り返して確認してみよう。
急いで結論が出なくても本当のあなたを引き出すほうがずっと早いのだ。

不安感があなたを包むときは生長期である。
「自分は素晴らしい」と思っていても、実は本当にはもっともっと素晴らしいので潜在意識から波が起って「このくらいの素晴らしさ」というような自分がいつも持っていた常識的素晴らしさが宇宙的レベルに覆される。
だからバランスを失ってしまうように思うが、拡張のための整備期間だ。
小さな土俵から大宇宙に舞台が変わってしまうのである。
段階がないとあまりにもとてつもない変化なのでその時その時の向上のために受け取れるだけの変革を体験する。

全部あなたのためだ。

ただまっしぐらに走り抜ける時と、「ここまできたのだから一旦見直そう」という時期が波のように繰り返される。
ただし停まることは無い。
あなたは生きているからだ。

もう愛している、と思ったらちょっと引いて見てそれが「愛」かどうか見直してみよう。
もう愛されている、と思っている人も本当に愛されているのか心の目で見てみよう。

「本当の愛」とはもっと大きいものである。
言葉を交わすだけではなく、プレゼントをあげたりもらったりするだけではなく、抱き合うだけではなく、もっと深い尊いものである。
今していること全部なくなっても「愛している、愛されている」と成り立つかな?と考えてみよう。
反対に「愛されていない!」と決め付けている相手も同じように考えてみよう。

「本当のあなた」は世の中で一番素晴らしい存在で「愛」そのものの顕現が出来るのである。
何にもなくても太陽よりもっと強く輝いているのである。
自分を信じるとは太陽を信じるよりもっと深いことなのである。

あなたはいる、のである。
消えないのである。
光輝いて当たり前なのである。
  1. 2007/06/19(火) 23:38:36|
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綱渡り

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ハラハラドキドキさせられた素晴らしいサーカスを観た直後、さっき命をかけて空中で綱渡りをしていた出演者が普通の青年のように夜の街に出かけていくのを目撃した事がある。

ホンのちょっと前まで生死のギリギリの線で演技をしていてテント中の観客をヒヤヒヤさせたのだからヘトヘトになっていても良さそうなものなのに生き生きと元気で歩いていく。
「へ~!そういうものなの?」と思った。

私自身、非常に感情的な芝居に出演したあと素顔に戻って普通に食事に行く事はあるのに、分野が違う人たちの事はちょっと解りにくい。
でも同じなのである。

たった一回事故すれすれのヒヤッとした思いを体験した時はショックでしばらく休養が必要であろうが、毎日キチンと計算されて自分のベストをどのように出すか力と感情の配分を訓練されている人たちにとってはギリギリに見える極限のチャレンジも自分の才能を生かす晴れ舞台なのである。
観客が楽しんでくれるのが何よりの幸せだ。
自分のスリルと興奮をシェアしている。
でも絶対安全なのは解っているのだ。
自分の才能を信じている。
そして次にはもっと幅のある誰も見たことの無いような技を考え出すのだ。

サーカスを観に行くたびに「私は怠けた生活をしているなあ、、」と思うのだが、モチロン誰も彼も空中で綱一本を頼りに暮らすような生活をする必要は無い。
ただ「限界に挑戦した事あるかな?」と問い直すきっかけにはなる。

穏やかな平和な人生はとても善い。
人々が微笑み優しく話し合い美しいものを大切に生きているのはとても嬉しい。

しかし、もっと出来る時に何もしないでそのままズルズルしているのは非常に勿体無いのだ。
そのときに「あなたは出来るのです!」というメッセージが来る。
そしてやり通さなくてはいけない大きなチャレンジが出てくる。
あなたはもっているとも知らなかった「本当の大きく深い愛」をついに使い始めなくてはならなくなるのだ。
まだもっと深くもっと大きい愛なのだ。
それは生き通しの生命力であるので尽きる事が無いのである。
それは「本当の知恵」である。

やったこともない綱渡りを急に押し付けられたような気がするが、実はどこもかしこも安全なようにチャンと工夫されているのである。
あなたはいつも守られている!
やりこなせた時に身につく自信が欲しくて安全装置は初めは肉眼で見えないようになっているのだ。
やり終えたとき「できた!終わった!」と充実感が湧くのでさらなる喜びが「本当の自分」の成果として味わえるのである。

目の前にあるチャレンジはあなたがどのくらい大きな存在か解らせるためのスポットライトだ。
みんなが見ている前でやり抜くと拍手も一段と大きくなるのである。
拍手が欲しくてやっているのではない。
でも、終わった時「よくやった!」と肩をたたいてくれる人や状況は必ず待っている。

今は全神経を集中してやりぬくだけだ。

終わったら軽くフラッと遊びに出かけよう!
もう何も引きずっていないので次のショウタイムまで自由時間だ!
  1. 2007/06/18(月) 21:21:21|
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You Never Know

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You Never Know !

これは随分前の話だが、ある有名デザイナーが娘の16歳の誕生パーティをその当時流行のディスコだったStudio54で開き各界の有名人が招待された。
私は何故か彼が大きなバースデーケーキを持ってステージに登場する時に飾りで立っているダンサーとして雇われていた。
私の出番は終わり深夜のことでパーティには残らず裏口から外へ出た。

すると酔っ払いのオジサンがすっと寄ってきて私の手を握り、
"You Never Know! You Never Know!"と言った。
驚きと恐れで何なのか解らずパッと身を離してひと息もつかない間に「え!! 今のはミック・ジャガーだ!!」と気が付いた。
ハッと振り返るとタキシードに身を包んだ大きな黒人の護衛が「うん、そうだ!」とでも言うようにニコニコ笑っているのと目が合った。
ミック・ジャガーは黒塗りのリムジンになかなか乗り込もうとせずまだその辺の人に機嫌よく何かをいいながらふらふらしていた。

何時何があるか解らないのである。
星が良い位置に並んでいても一人一人の生活にどのような面白いことが起るか解らないのだ。
みんなそれぞれに個性的な特有なサプライズがある。
どんな事がおきても柔軟に構えていると「へえ~!そんなこともあり得るんだ!」と言う発展になるが、固定観念を硬く持っているとどう対処していいか解らずひどいときは否定しまくって無視し続けたり、喜びや楽しみに発展すべきものに蓋をしてしまう。

You Never Know!

「本当のあなた」は知っているのだが、人生のどの場面の展開も初めから全部解っていたら顕在意識のあなたはつまらないと思う。
だから毎日自分で努力して重いドアを開いて行くように見えるのだが、大宇宙のご褒美はあなた自身がビックリするようにやってくる。
あなたはいつも褒美で溢れている存在だが、小出しにするほうが楽しみが増すからだ。

いつでもなんでもあるのだと思うともっと開発する必要がなくなるので、もうちょっと工夫をしたらよりよくなるという状況を自分に与えているのだ。
あなたは賢いのである。
自分の人生をより味わいの多いものにしているのである。

自分の層が深くなっていくとより自由になる。
もう体験した事は自分からはなくならないので怖くなくなる。
アイディアだけ持って次に移ろう。
あなたは顕在意識でなにもかも憶えていなくても体験した事を忘れると言う事は無い。
だからいつもいつもしっかり全部の詳細を持って歩かなくてもいいのだ。
お荷物は置いていこう。
重さは必要ないのだ。

悪いことのように見えてもそのことがあったお陰でもう一度繰り返さなくてよくなるのだ。
教訓にして次に進めばよいだけだ。
成功者は失敗の数を数えていない。
成功するのが目標の時は途中のプロセスは全部成功の鍵だ。

あなたは自分の人生の成功者だ!
あなたは幸福に暮らせる!
いつも同じではつまらないのでサプライズが起きる。
ちょっと振り回された気になるが、結果もっと逞しい大きなあなたが生まれているのだ。

あなたはいつでも守られているし導かれている。
大丈夫!
ビックリするほど楽しい事がいっぱい待ち構えている!
まずやることをこなしてさらなる自由さを身に付けよう!
喜びは数百倍に膨らむのである。

まだまだそんなところで落ち着いてはいけない。
あなたの登場を待ち望んでいる人は一体何人いるのか数えられないのだ。
自分を殻に入れてレッテルを貼るのはやめよう。
あなたの「生命」には大きさは無いのだ。
高さも低さも無いのだ。
どこまで伸ばしてもあなたの自由だ!

You just never know what you can do !
Trust it !!
  1. 2007/06/17(日) 21:25:56|
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可能性

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悲しみの涙を心にためておいていた方が私のヒーリング・セッションの一日後に目に見えて体型が変わったとの報告があった。
ご本人は悲しみの涙とは気が付いていなかったのだが、「これは是非改善せねばならない」という問題点を定めて申し込んでくださった。
問題点は体型の事ではなかったが、副作用的にスリムでセクシーな彼女が出来上がった。

みんな誰でも本来の姿に戻るとすっきりと美しくなるのである。
雑誌のモデルのようにならなければ美しくないと考えるのはまだ「本当の美しさ」まで達していない。
素顔で歩いても輝かしい自分がすでに自分の中に存在しているのに、世間一般の常識や商業広告に洗脳を受けて「美しくならなくては!」と自分を追い詰めている方がいる。
あなたの美しさは初めから保障されているのだ。

ダイエットを繰り返してもやせないのに「大恋愛」をしてしまうと何故か理想の体型になってしまう。
綺麗になりたい方は「恋」に落ちるほうが近道だ。
朝食や昼食を食べたかどうか忘れるくらいの大恋愛をしたら「恋のマジック」でピカピカになってしまう。
栄養のあるものを食べいなくても肌が艶々になる。

心が整うと視力も戻ってくる。
どこかを補いながらかばいながら世間を見ようとしなくても真っ直ぐ見ることが出来るようになる。
あなたに恐怖するものはなくなるからだ。

全ての器官が生き生きと働くようになる。
髪も爪も伸びるのが早くなる。

60代の女性にセッション後「また10歳くらい若返りますよ!」と告げたら「え!やっと今更年期障害が終わろうとしているのにあと10年も続くのかしら!!」と言われたので笑ってしまったが、彼女も新しい男性と知り合って素晴らしい生活を始めると信じられるので更年期障害が顔を出している暇は無いであろう。

年令というのは登録の便宜上のものである。
何歳だからどのくらいの事をするべきとか、もうこんな事はしていけないとか、世間がなんと言うであろうかとかなど一旦持っている枠を外して「本当の自分」から出発しなおしてみると自然と調和した流れが出来るのである。
若い人は難しいとか、年寄りは相手に出来ない、などということは無くどれだけ歳が離れていても親友だと思える人が出来るのである。
「本当の自分」には年令が無いからである。

80歳まで本当の恋愛を知らずに来てしまったら今日から始めればいいのである。
20歳か30歳下の恋人を見つけよう!
自分の人生なので失敗も成功もドラマの中の流れのひとつだ。
「もういいや、、」と諦めてしまうのはあなたであるし、「いや、やっとこれから始まるのだ!」と目を輝かせて生きることを選ぶのもあなたである。
どちらを選ぶ自由もあなたのものだ。
あなたの人生なのである。

可能性は無限にある!
かのうせいはむげんにある!
カノウセイハムゲンニアル!

素晴らしい生活が今始まりフレッシュなあなたが息づき初める!
  1. 2007/06/17(日) 02:08:31|
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財産

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今日は亡くなった主人の誕生日だ。

去年は初めての本の出版日であった。
日本では今日新月だし水星が退行し始める日だ。
あと二日で亡くなった父の誕生日だが丁度父の日に当たる。
今日15日に父の遺産の和解が東京地方裁判所で成立した。

色々な経験をここ約4年半でこなしてきた。
私は生長したのであろうか?

嵐のあと竜巻その後また津波とでも言うように次々に事件が起り深く考える余裕も無く瞬時に対処しなくてはならないことが何年も続いたので「自分のまこと」を信じるしかなかった。
そこで「いつでも変わらない本当の自分の姿」と行き来できる自分をしっかり作り上げなくてはならなかった。

現実的に損をしているように見えようが、一時的に友人に厳しい態度をとっているように受け取られようが、芯の「真」を信じて最終的には正しい行いが善いのだと信じるしかなかった。

結果としてはなんだか子供っぽく幼い自分に戻ってしまった。
変だと思ったら変なのだし、嬉しいと思ったら嬉しいのだし、ちょっとでも楽しかったらキャーキャー騒ぐようになってしまった。
その時その時が大切なのだ。
体裁などに構っていたら、他の人の機嫌ばかり考えていたら人生はそれだけで終わってしまうのをしっかり体験したのだ。
誰かの許しを得てから好きな事をしようと思ったら許しなど誰もくれないので、善いと思ったらすぐ実行する勇気を呼び起こした。

そうしたら自然に誰かの助けになる存在にもなってしまった。
一番もとの「生命」まで戻るとみんな同じなので誰でも素晴らしいのだ、と身を持って体験し続けたのである。

意地悪な継母はやはり教師であった。
難しい書類の山は教科書であった。
キチンと仕上げるまで手を抜く事は認めない厳しい存在があって初めて「本当の自由」が何かわかるのであった。

Let go.

権利を放棄するのではなくもう卒業するのだ。
いらないものは荷物として持って歩かなくてもいいのだ。
体得しているので私の中から無くならないが重さは引きずっていく必要は無い。
それだけ深く広くなるが形で見えるものでないので「素のままの自分」でいいのだ。
賞状も勲章もいらない。

私だけでいいのだ。

「本当の愛」がわかるようになった。
それだけが財産である。
  1. 2007/06/15(金) 21:32:04|
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楽しみ

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トランポリンは自分の体重を全て利用し重力の法則も利用して思いっきり落ちると更に高く上がれるのである。
落ちている時は次のジャンプの準備期間である。
短い一瞬でエネルギーの集約を最大に利用すると次のアクションの大きさが増すのである。

だから落ちている時は法則を信じて上手にしっかり落ちる。
飛んでいる時ものびのびと高さを楽しむ。
どんな体型の人でも原理を把握して利用すれば大きな気持ちのいいジャンプが出来る。

ビクビクしながらジャンプしている人は上にも下にも行かない。
小さい動きが起って終わるだけである。

あなたに落ちこむところは無い。
下がっているように見えたのは次のアクションの準備なのだ。
非常に大きく舞い上がるチャンスを作っているのである。
全部の体重と重力の法則とトランポリンの布に身を任せるととんでもなく遠くまで見える跳躍が出来るのだ。
「こんな世界があったのか!」といざ見え始めるともっと高く上がりたくなるが、今度はもっと深く一旦沈まなくてはならない。
でもそれも楽しみの一部である。
人間の体はそれだけで空中にフワフワ浮いていることはできない。
バネを利用するかエンジンを利用するか工夫しなくてはならない。

膝を曲げずにジャンプだけしようとしてもダメなのである。
全体で行動を起こさなくてはならない。
精神だけ上に行こうとしてもダメなのである。
やはり全体で行動を起こさなくてはならない。
身も心もひとつになってアクションをスタートさせる。
高く上がればあがるほど「ひとつ」が必要になる。
高いところで心と体が離れると危ない。
楽しんでいたのに恐怖心が生まれたらとたんにバラバラになってしまう。

物理的法則は上手に利用すると大きな楽しみが瞬時にして手に入る。
法則に反して行動すると不必要なエネルギーを消耗する。
それを見抜くのも「知恵」である。
あなたは「知恵」に満ちている。

トランポリンなど一生関係しない方でも「知恵」に満ちているので自分の体を知り世の中の法則をよく観察して上手に利用しよう。
上手に利用するとは、無駄に時間やお金や労力を使うのをやめようということだ。
しなくてよいことを見極め、する事は効率よく使っているエネルギーが最大に生かされるようにやり遂げる。

永遠にあるように見えても全ての瞬間は大切なのだ。
毎日毎時毎分あなたの貴重な時間なのだ。
一呼吸一呼吸が大切なのだ。
長く生きることも本当に素晴らしい事であるが、質の高い時間を今過ごす事がもっとも大切なのだ。
あなたが納得する事が大切なのだ。

あなたの素晴らしい「生命」が輝いていることが大切なのだ。
あなたが自分を殺して誰かにつくしていても、両者生きていないときは「生命力」はフルに発揮できない。
あなたが輝くとき本当に相手も輝くのである。
どちらかが押さえつけている時は本当の力は出ない。
「本当の幸せ」は顕れない。

幼い子供がピョンピョン飛んで笑いあっているように、無邪気にただ行動を起こす事が大切なのだ。
「真」から発する行動は本物である。
頭で作り上げた理論で「幸福」は生まれない。
やっていることが楽しくて仕方が無いという事はやり始めたときに解るのだ。

トランポリンに何の意義があるのか討論している暇にピョンピョン飛んでみて「ああ、面白かった!」という体験をするのがいいのである。
すべて同じである。
楽しい事、愉快な事、喜びをもたらす事は身近ですぐに出来る事から始めよう。
「これが終わったら始めよう、あれが治ったら出来ると思う」と頭の中で時期的なエネルギー配分をしなくてよいのである。
今日ちょっとだけやってみよう。
一分だけ体を動かしてみよう。

運動でなくてもよい。
筆を持つのでも和服を着てみるのでも久しぶりに楽器を手にすのでもよい。
お茶をたてるのでよい。

ゴム糸をピョンピョン飛んで楽しかった自分を引き出すのだ。
滑り台を思いっきり早く滑れるように砂や水をつけて加速していた自分を呼び返すのだ。
なんでももう少し面白くなるようにいつも工夫していたあなたが甦る時がきた!

もう落ちるのは怖くない。
加速をつけて落ちたときもっと高く上がれるのである。
留まる事は無い。
いつも動いているのである。
そしてあなたの「知恵」がさらなる喜びにあなたを導いている。

あなたは変わっていないのである。
楽しさを知っているのである。
喜びを忘れていないのである。
「本当の自分」が何かわかっているのである。
もっと呼び起こすだけでいいのである。

どんなに賢い人でも勇気を持って行動しなくてはならない。
さらに素晴らしい世界が約束されているからである。
あなたの生命の輝きが体中から音になって鳴り出すときが来たのである。

あなたの「真の音色」は天界の響きを伝えるのである。
  1. 2007/06/14(木) 21:19:06|
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到着する

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もう少しでゴールだ!
あともうちょっとで出口だ!
ホンのひと息で終着点である!

信じなくてはいけない。
今は振り返ってはいけない。
心配してはいけない。
前だけ向いて進まなくてはならない。
たどり着いた時、戻ってきた時、ゆっくり振り返ればよい。
それまでは前進のみだ!

最後の扉を開くまで頑張りぬく!
フィニッシュ・ラインのテープを切るのはあなただ!

どの神話の中にも黄泉の国へ美しい最愛の妻を取り戻しに行く男神の話が出てくる。
見てはいけない、振り向いてはいけない、といわれていたのについに約束を破ってしまい二人は一緒に戻ってこられなくなる。
黄泉はヤミである、闇であり、病である。
死の国である。
生きているものの世界はこちら側である。
光の世界である。

神話は私たちが学ぶために語り継がれてきた。
闇を振り返ってはいけない、病を見てはいけないのである。
生の国に戻ってこなくてはいけない。
本当の世界に行き着いて初めて「生きる」ことが出来るのである。

最愛の人はすぐ後ろについてきている、足音が聞こえなくても「愛」を信じて突き進まなくてはならない。
最後の最後に不安がよぎったとしても負けてはいけない!
あなたは生命の光の世界を約束されているのだ!

誘惑がきても、挑戦を受けているように思っても今は前だけ向いて走り抜ける時だ!

あなたは出来る!
やりぬける!
全ての知恵も力もあなたの中にあるのだ!
光に満ち満ちて全てが輝いている「生命」の世界に帰ってくるのだ!
あなたのHOMEである。

ギブ・アップしてはいけない!
「本当の愛」の世界は約束されている!
あなたはもともとそこに住んでいたのだ!
どのドアを開けて「ただいま!」と飛び込んでいくか知っているのだ。
あなたの本当の家族はあなたの帰郷を待ち望んでいるのだ。
真のソウルメイトたちは祝宴を用意して待っているのだ!

あなたはもうすごく近くまで来ているのだ!
今諦めてはいけない!
ゴール・インするだけでよい!
完走するだけでよい!

あなたはやりぬく力を持っている!
  1. 2007/06/13(水) 21:37:50|
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勇士

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「愛」は錆びない。
「愛」は枯れない。
「愛」は滅びない。

「愛」とは「生き通しの生命」であり「全てを動かしているエネルギー」である。
「本当の愛」とは誰をも生かす活力であり、誰からも祝福されるものである。
あなたを創り出している「生命体」が「本当の愛」である。

だからどんなにすごい嵐が起きているときでもそれは地球上の事で太陽は同じく燦々と輝いているように、毎日の生活で曇り空が表れてもそれはあなたの心にかかった状態で「本当のあなた」は間違いなく何よりも美しく輝いているのだ。

桃太郎は何故か突然都で暴れている鬼の話を聞き鬼退治を決心する。
自分の村に鬼はいないし、愛してくれている素晴らしいおじいさんとおばあさんがいるのに、命がけで鬼を退治するのが自分の使命だと立ち上がった。
そして宝の山を持って帰ってきた。

自分の世界に暗雲が無くても世のため人のために立ち上がる勇士はいるのだ。
「愛」は涸れない。
尽きることは無い。
「愛」は「ひとつ」であるので、どこの誰があるとき突然あなたを救う決心をしてもいいのである。
誰が何時立ち上がっているのか解らないのであるが、自分の中に同じ「愛」があることをしっかり把握している人は必ずその人と同調する。

桃太郎は宝の山がほしくて出発したのではない。
純粋に命をかけてでも悪を滅ぼし世の人が平和に暮らせる事を目標としたのである。
彼は「本当の愛」の象徴ような男子である。

深く広く人間界を愛し、平和をただ願うだけでなく顕現するために実践している人たちを応援しよう。
善い行動を一から起こすのは難しいのである。
勇気がいるのである。
安っぽい批評はやめよう。
あなた自身「本当の愛」の存在なのである。
あなたが同調した時行動力が増すのである。
みんなのエネルギーが「ひとつ」となるとき事は成り立つ。
くじけてはいけない。
初めから希望を失ってはいけない。
素晴らしい世の中はすでにあなたの中にあるのである。
今もっと勇敢に呼び起こす時なのだ!

「本当の愛」は血を流さない。
ただ優しく安らかに暖かく包み込むだけである。
悪い自分が居る、と思っていた人でも自分に鞭をあたえるのをやめよう。
あなたが輝くのが先決である。
本当の素晴らしさを早く呼び起こさなくてはならない。
生活を変えるのはちょっと勇気が居る。
でもまず言葉使いを変えてみよう。
そして手の届く範囲でさっと手伝いをしよう。
拍手しよう。
握手しよう。
簡単な行為でいいのである。
家族を捨てて修行に出なくても「あなた自身」の光は家庭を世の中を照らし始める。
こんなに明るかったのかと驚くようになる。

大丈夫!
あなたは桃太郎よりもっと勇敢で賢い存在なのだ!
優秀な家来を引き連れている!
そしてもっと優しく強く賢く美しい物語を作れる。
あなたが主役なのである。
あなたは救われるべきお姫様であり、白馬にまたがった逞しい騎士である。
全部今あなたのものだ!

「愛」は崩れない。
「愛」は侵されない、占領されない。
「愛」はかびない。
「愛」は腐らない。

「本当の愛」は今歌となり詩となり旋律となり舞となり、あなたの心も体も包み込む。
光のシャワーを浴びたように新鮮で清らかなあなたの再誕生である。

今「愛」を感じていいのである。
あなたが「愛」を感じなければナンにも始まらないのである。
  1. 2007/06/12(火) 22:50:43|
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生命は疲れない

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「生命」は疲れないのである。
休みもいらない。
ただ生きているのだ。

心と体は疲れるような気がする。
「生命」を反映しているものなのだから疲れることは無いといいのに、どうして疲れるのだろうか?

負担がかかると疲れる。
自分に相応しくない重荷を背負うと疲れる。
肉体の体重が他の人より数キロ多くても別に疲れることは無いのであるが、10キロの荷物を持ち続けると疲れてくる。
誰かを背負うと疲れてくる。

心の疲れも同じなのである。
自分に使命として与えられている事をしている時は楽しくて仕方がないのであるが、余分な事をし続けるとクタクタになってしまう。
いくら勉強しても早くもっと知りたいと思っている時は苦痛ではない。
押し付けられて自分にはむかないと思える教科を学んでいる時はなんだか労力を使っているような気がする。

家族の問題も責任感や常識的な枠を押し付けられていると疲れる。
愛し合っている家族がお互いを疲れさせるという事は無いはずなのでどこかがおかしいのだ。

グタッと疲れてしまったときは「生命」まで戻ってその永遠に生き生きとしているエネルギーに身を任せてみよう。
明るく美しい神聖な波長に見合わないものは心の中からドンドン捨てて軽くなろう。
問題を捨てるというのは家族を捨てるとか仕事に無責任になるというのではない。
あなたのこだわり方を捨てるのである。
見解がグラッと変わって「なんだ、考えすぎていたのか!」と心のうちを整理できるのである。
そして簡単な解決法が次々に現れてくる。

心が生き生きとしてくると体だけ疲れが続くという事はありえない。
なんでも内側の核心の部分から片付けてしまうと早いのである。

苦手な事をしなくてはならないときは「いやだ!」という気持ちを通り抜けて何と何を本当にしなくてはならないか把握し、順番に取り掛かろう。
それぞれの通過地点を観光しているつもりで準備していた自分と実際に体験している自分を比べてみよう。
気持ちだけ先走りして疲れていたのではないか?
始まったら終わった時の開放感を想像しやすくなるし、自分でやりこなしているのだという自信も深まる。
最後にはもっと賢く深い理解力の着いた自分になるのである。
もうすぐ終わるという頃には一皮向けた更に軽いピカピカな存在になることだろう。

人の話に次々耳を傾けて疲れているのは時間もエネルギーも無駄だ。
人は何とでも好きな事をいうし、意見が無いと思われると悔しいので深く考えなくても主張を通していることが多い。
相手に指示を出すのが得意な人も多いのである。
「あなたはこうした方がいい、ああしてはいけない」と親切なのか説教なのか解らないことを延々と話し続ける。
一旦打ち切って考えてみよう。
彼らはあなたを不安や不満のはけ口にしているのではないか?

愛のある行為で話している場合は「生気」を受け取るのである。「真」を感じるのである。
話が終わった時ぐったり疲れることは無い。
「さあ、やるぞ!」と胸を張って取り組みたくなるのが真のアドバイスである。

では「生命」まで戻ってあなたの生命力を思いっきり汲み出そう!
あなたのものなので遠慮はいらない。
いつでもいくらでも使い放題使ってよいのだ。
その中に「知恵」があり「真」があり「美」があり「善」があるのを感じよう。
あなたに必要な物は全て揃っているのだ。

目が開かれた時あなたは幼児のように輝いた瞳で何もかもが奇跡的に顕れているように見取る事が出来る。
体はいつの間にか若返り、疲れは消えて無くなっている。

その時、本当に愛する事もはじまるのである。
そして愛される事も怖くなくなる。
本当のあなたが生き生きと暮らし始める。
  1. 2007/06/11(月) 20:53:05|
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ハピーエンディング

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もし今寿命を全うする人がいて「自分は100年生きたけど苦しみと悲しみ、そして孤独と絶望感しかない人生を生きてきた。」と発言したとしたらどうだろうか?

「100年あったのならどこかで軌道修正して明るく楽しく暮らせる方法を工夫できなかったのかな?」と思われるだろう。
「100年苦しんだのです!」というアピールはあまり褒められるものではない。

「苦労は買ってでもしなさい」と言われたのであるが、まず本当の喜びや幸せを知らなければ自分がどこにいてどこを向いて何を努力しているのかわからないまま来てしまうのである。
だから「こんなに頑張っているのです!」という姿を見せるのがいいのだと思ってしまっている人たちがいる。

「あなたは愛と喜びをふりまくために生まれてきたのです! あなたの幸せは羽を持ってみんなに配られます!」と言われ続けたら苦労など買っている暇はなくなる。
あなたは世の中の光なのだ。
とっても忙しいので、絶望したり「これ以上の苦しみは無いのだ!」と世界一不幸な人であることを装っている労力はもったいなくなる。

明るいものを取り入れたくなり、楽しい話題に耳を傾け、美しいものが更にもっと早く目に入るようになる。
愛の行き来が観えるようになり、滞っているところには何が必要か解るようになる。
あなたの笑顔だけでもその場が明るくなる!
もう少しの努力である。

人の悲しみや孤独感もよく解るがそこからどう抜けたらいいのかも分かるのである。
どの人にも素晴らしい才能があり、それを伸ばす事が苦手な事を鞭打ってやるよりも即効性があることが解る。
自信を取り戻したら先日まで不得意だと思ったことが溶けて無くなっている。

例えばやっと完成した作品の開幕式では何をテーマにどういう素材でどのくらいの期間取り組んだなど目を輝かせて話している自分が、ちょっと前まで人前では緊張して言葉の出ない存在だったなど覚えていないのだ。

才能が開花して経済的な潤いが見え始めると細かい帳簿付けが苦手だった自分が率先して数字に目を通している。

困難に見える事は「これだけで人生が終わってしまってはもったいないのでさっさと片付けよう!」と先にやって片付けてしまおう。20年も30年も同じテーマで惨めな状況を続ける事は避けよう!
あなたの時間はとても貴重なのだ!

誰にでも光は与えられている。
窓にカーテンをしっかり閉めていて「暗い、暗い、真っ暗らだ!」と騒がずにまず落ち着いてカーテンを開けよう。
目が慣れたら外へ出てみよう。
どこもかしこも光に満ちている。
花は咲き鳥は飛び蝶は舞い、あなたは「本当のあなた」になる。

白雪姫は森に捨てられても7人の小人たちと幸せに暮らしていたのだ。
「なんてひどい境遇だろう。私は姫だったのに着るものも社交も無く、いるのは小人たちだけ!」とイライラしながら義母を呪って暮らしていたら王子様は登場しなかったのである。
彼女は祝福されるべき人間でありハピーエンディングは最も当然のことなのだ。
結果が出る前にすでに幸福を振りまいていたのである。
幸福の波長に吸い寄せられて夢のような結末を迎えるのである。

今あなたが人生の前半期でも中間期でも後期でも末期でも全く同じである。
あなたは祝福されている人間である。
それを認めるだけでいいのである。
そして善い事は何か美しさとは何か心の中から引き出してみよう。

小さなハピーエンディングは毎日毎晩体験できる。
「今日も一日いい日だったね、明日もガンバロ!」と自分に挨拶して眠りにつこう。

人生の最後にどんな発言をするか非常に楽しみである。
  1. 2007/06/11(月) 01:54:55|
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忙しい時

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とても忙しい時は誰にでもある。
忙しい時に注意して最優先するものの判断をしっかり取れるようにするとその後の時間もすごく有効に使えるようになる。
古い自分のパターンを切り崩せる大切な期間だ。

人々に礼を欠いてはいけないのだが、しきたりばかり重んじているとあなた自身の飛躍の時間が奪われてしまう。
今までやってきたことでも無駄があった部分に気付きさっさと気持ちを切り替えよう。

何故忙しいのかも考えなくてはいけない。
締め切りばかりに追い立てまくられて何年も過ぎているようであれば、それはパターンであるので精神状態の改善が必要である。
締め切りを持っているために世間に対しては「私は大変なのだ!」という大きな言い訳を盾にして本当にしっかり捉えなくてはいけない部分を後回しにしてはいないか?
愛する人たちも2番3番にまわされ「仕事」という名の下に犠牲になっていないか?
何よりあなたの人生が犠牲になっていないか?

通常3時間はかかると思われている仕事でも工夫すれば質を落とさずに1時間で仕上がるのではないか?
従来通りのやり方では間に合わないときこそ奇跡的発想が生まれすっきりとやりぬくことが出来る。

そこで更にロボットのように働き続けるか、自分の時間をしっかりとるかはあなたの決断だ。
自分の人間としての質に向上が見られたとき必ず仕事も磨きがかかる。
一時期何もかも抱えているように見えても、忙しい中でも、「今」「ここ」で必要とされていることを把握しよう。
さらに数十倍の幅が出るのである。
しなくていい事も見えてくる。
時間とエネルギーは上手に使えるようになる。

緊急に決断しなくてはいけなくて「どうしていいかわからない~!」と叫びたくなったら、1分間目を閉じて「私はハッキリと答えがわかる、間違いなく判断できる!」と自分に命じよう。
あなたにこの1分間はチャンと与えられているのだ。
そして出てきた答えを分析している暇はなくてもすぐにそれに取り掛かろう。
「本当のあなた」は間違いをおかさないのである。
自分を信じなければいけない。

真の友人は忙しい時に不義理をしているように見えてもあなたを責めないのだ。
真の友人は是非あなたに成功して欲しいと思っている、幸せになって欲しいと思っている。
安心して今しなくてはいけないことに取り掛かろう。

さらに自分の「知恵」を信じると何が大切でどう忙しくなるのが本来の自分の姿かわかってくる。
すべて「素晴らしい自分」をどう世の中に顕現するかが焦点になるのである。
あなたは利用される道具ではなく感謝されるべき才能なのだ!

「全部やりこなせるだろうか?」と不安になったときは一つ一つのステップを考え一呼吸ずつ成就されていくのだとときほどいて考えよう。
大丈夫!
あなたは余裕を持ってやりぬける!
そして更に大きなあなたに生長したのを確認するのだ!

時間も力も全部あなたの中にある!
  1. 2007/06/09(土) 23:07:23|
  2. 癒し、ヒーリング
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押入れの中

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お金がとても必要で色々考えたあげく「そうだ!宝石類が2,3点あったからそれを売ろう!」と思い出し、ダイヤモンド・ストリートと呼ばれている47丁目の宝石商を回ったことがある。

私は随分前に宝石の卸売りを手伝った事があり、そのときに卸値で買えるという事で誕生石の指輪など買って持っていたのである。
若い時期に自分で買ったものなのでそんなに高級品は無い。
以後、NYの地下鉄を毎日利用しているので安物でも宝石類をつけて歩くのは好まないし、正式なお呼ばれの席もほとんど無く、押入れに入ったまま十数年経ってしまっていた。
文字通り宝の持ち腐れである。

3軒目の宝石商のおじさんが「悪いことは言わないからこれはそのままもっていなさい。今日私がこれに対して支払えるのは微々たる物だし、他へ行っても似たり寄ったりに決まっているから。もう一度買おうとしたらとても高くつくものだしね。」と諭すように言ってくれた。
「婚約の破棄でもしたのか?」と冗談めかして聞かれたがそのときに何故お金が少しでもあると助かるか話しそれに関しての資料も丁度持っていたので見せたら「絶対に素晴らしいアイディアだからうまく行くよ! 結果を知らせてね!」とすごく励ましてくれた。

家に帰ってきてまた押入れにしまおうとしたが、ふと、石にはそれぞれの特徴がありその力を利用すべきでないかと思いついた。
私の誕生石は紫水晶である。
ストーン・ヒーリングを正式に研究した事は無いが、今まで読んだ中では癒しや魂の向上に役に立つということが書かれていた。
紫はチャクラの中でも一番上位に位置しているし、水晶は第4次元を象徴しているのだそうだ。

持っていたものの中にほとんど着用した事の無い紫水晶のイヤリングがあった。
それを両手のひらに一個ずつ軽く握り、胡坐を書いて両膝の上に手の甲を乗せるような座り方をしてメディテーションしてみた。
すぐに手のひらの石の当たっている部分がピリピリしてきた。

確かにすごいエネルギーが流れているみたいだ。
そして自分の一番外側の、ワサワサというかキリキリというか、落ち着かない部分がすーっと溶けたように感じた。

しばらくすると紫水晶からのエネルギーがジンジンしすぎてもう握っていられなくなった。
手のひらの石の当たっている部分が痛い。
箱に戻しもう少し瞑想を続けた。

この経験のあと、このイヤリングはイヤリングとして活躍する事は無いのであったが、押入れには戻らず、かなり早く落ち着きを戻したい時にヒーリングの道具として利用している。
両手に握ってゴロッと横になったりする。
色々考えても物事は解決しないのであるが、リラックスして楽しい展開が自然に浮かび上がってくると全体の捉え方が違ってくる。

こんなに便利なものを十数年押入れに入れっぱなしで忘れていたのである。
しかもデザインされた本来の使い道ではない事でさらなる威力を発揮している。
私自身も自分の才能を押入れに突っ込んで忘れてしまわないようにしなくてはならない。
計画した事やデザインされたもの以上にもっと利用価値があり、役立つ働きをすることが出来るのだ。
それもふとした思い付きで始まり意外な展開が待っているのだ。

これは紫水晶を握りなさいという話ではない。

あなたの中の発掘されていない宝の話である。
まだまだいっぱい詰まっているのである。
押入れを開けて整理してみよう。
心の中の押入れも開けてみよう。
「あ、こんなものを持っていたのか! じゃあ、新しいのを買う必要は無いし、みんなに喜ばれる!」というものがぎっしり詰まっている事だろう。

たいしたこと無いなどと思っていたことでも凄く立派な切り札になるのだ。
行動の始まりはどうでも、結果が面白く発展する。
まず腰を上げてやってみよう。
最初に目標としていたことが思い通りに行かなくても、どんな豊かな展開が待ち構えているかわからないのである。

絶対に大丈夫!
あなたは導かれている!
守られている。
小さな成功ではなくて大きな成功が約束されている。
今は通過地点だ!
「本当のあなた」は現在のあなたの守り神なのだ。
  1. 2007/06/08(金) 23:16:59|
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症状

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健康な人はちょっと頭痛がしたり便秘をすると異常を感じすぐに対処する。
年中頭痛や便秘を体験している人は「ああ、こんなのいつものことだから、、」とすぐに真面目に対処しなくなる。
そして薬を使い慣れてしまって薬品からの副作用から腰痛や関節の痛みがもし生まれていても、なんだか痛いのに慣れっこになってしまっていて「これはおかしい」と思わなくなってしまう。
全体的に麻痺しているのだ。

ヒーリング・セッションを受けてくださり大きな心のお掃除を済ませると3ヶ月から6ヶ月で2回目のセッションを申し込んでくださる方が多い。
一旦清まり始めるとちょっとでも淀んでいるところやまだ残っていた心のしみや埃が目立ち始めるのである。
もしくは更に深い層の問題に余裕を持って取り組む事が出来る。
2回目からは「まだここに問題があります」と整理して要点を伝えてくださる方がほとんどだ。

これは健康な証拠である。
おかしいところが自分で解るのである。

落ち込みや不安を感じたら、それに敏感である自分は健康なのだとまず安心してかかろう。
基準のずれている人には自分が不安なのか何かに怯えているのかさえもわからないのである。
自分を信じ始めると「これは本来の姿ではない、はやく改善しなくては!」と心の奥底から指示が出てくるのである。
それに素直にしたがって対処すると目の前にあると思える問題の解決も早いし、漠然とした不安や恐怖心も溶けて消えて行くのである。

一人で安全な場所で素直に怒りや不安、憎しみや絶望感など出せるだけ出してみよう。
「私は清らかな美しい人なのである」と信じている人でも人間界の塵がかかってしまっている事が多い。
誰にも批判される事なく安心してお掃除しよう。
出してしまうのがいいのである。
紙に書いて安全な場所で燃やすのもいいし、呼吸法でひと息ずつ溜まっていた嫌な感情を出してしまうの良い。
スッキリしたらその空いた部分にさらに「生命力」「美」「知恵」「本当の愛」を呼び込もう。

魂が磨かれてくると肉体の五つの感性も第六感と呼ばれているインスピレーションの受信もとても敏感になる。
だから余計に話す言葉や目に入るもの、行く場所に気をつけなくてはならなくなるのである。
久しぶり会った友人でも会話の後ふと後味の悪さなど感じたらさっと簡単に御祓いをしよう。
「この感情は自分の心に残らない、何にも影響しない」と簡単に自分に言うだけでよい。
以前はなんとも思わなかったことがどうもイヤで仕方なくなる事もある。

タバコやお酒がいらなくなるのと同じで、自分に悪影響を及ぼしていた人たちも段々遠のく事になるのである。
本当の魂の健康が顕現し始めているのである。

しばらくの間はこれの繰り返しであるが、ふと「あ、自分は随分変わったな」と思える地点を通過する。
その後は積極的に「健康な魂」をもっと顕現するほうへ力を集中させるようになる。
無駄な時間は使わず、エネルギーも必要なことだけに注ぐようになる。

まず自分に素直になろう。
自分の中に答えが埋もれているのである。
一番下の魂までたどり着くと何の病状も問題もないピカピカの光である。
この光が出ていないとき「本当の自分」らしくないので早く流通をよくしたいので症状が出るのである。
症状を大切にするのではなく「本当の自分」を大切にしよう。

寝込んでいてもあなたが光輝く存在である事はキャンセルされない。
起きて動き始めた時さらに軽く美しく賢くなっている自分に気付くであろう。

症状が軽い時に馬鹿にして放っておかない事!
すぐに対処して明るいあなたを健康に保とう。
大丈夫!
あなたはもともと光り輝く生命体であるので暗くなる事はありえないのだから!
  1. 2007/06/08(金) 00:59:13|
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ポーカーフェイス

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ポーカーフェイスというのがある。
良い札を持っているのに困っている難しい顔をしたり、悪い札しかないのに強そうなそぶりをする。
ゲームを楽しむのはいい。
勝つために工夫するのも面白い。
でも人生の毎日のことで自分や相手を誤魔化すのに慣れてしまって無意識に感情と表情をコントロールしていないか振り返ってみよう。

公表しなくてよい事はたくさんある。
相手が聞きたがっても全部正直にすらすら言わない方が良い場面にもよく出くわす。
これはポーカーフェイスでは無い。
「知恵」である。
幼い子供に説明する時とティーンエイジャーに話すのではどこまで深くハッキリ伝えるか賢い判断が必要である。
正直に相手と付き合いたいときでも、隠すのではなくて切り出す時期を見合わせたり今日言わないことが近い将来変化してしまう可能性を持っていて結局余り大したことでなくなってしまうこともありえるからだ。
自分の「知恵」を信じよう。

人が亡くなってしまうと本当の事は解らなくなる。
生きているうちに聞きたかったことや何かの保存場所の情報のような知るべき事は不思議なルートでやってくるだろうし、知らないまま過ごした方がいい事はそのままになる。
私たちの一番よい状態のとき「事の実相」が明らかになったりする。
当人にとってはショックでもそのときが解明される一番相応しい時なのだ。

ポーカーフェイスに話を戻すと、
本当は幸せなのに「幸せだと思われると奪いに来る人たちがいるといけない」と思って「こんなに大変なんです!」といつも問題を抱えているフリをし続けている人がいる。
顕在意識では本当にすごく大変なのだと思い込んでいる。
もっと本質的なことに心を向けよう。
あなたから「本当の幸せ」を奪える人はいない。
あなたが幸せになると地球上にもう一人「本当に幸せな人」が誕生するのだ。
そのバイブレーションはすぐに広がりあなたの手に触れる人は次々幸せになれる。

そして悪い札しか持っていないように見える時もニコニコし続けてついには勝利に持ち込むほうが面白い。
何もないときに「あと一枚来ると勝つのだ!」というような自信たっぷりの顔を持っている人に是非仕事を任せたくなる。
ツキは自分でよぶのである。
あなたはあなたを信じてあなたの最大の可能性に賭ける。
どこまで大きく希望するかはあなた次第だ。
限度は無い。
「いのちの泉」にいくらでも財宝が隠されているのを知っているので笑顔で呼び寄せるのだ。

「自由」と「希望」を忘れないで!
ポーカーフェイスは幸せを呼ぶためにジャンジャン利用しよう!
  1. 2007/06/07(木) 06:00:38|
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マンネリ?

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し続けると言う事は大切な事だ。
でも、マンネリになったらブレイクしよう。

「広く大きく!」と自分に言い聞かせていてそれにこだわると「まだ広く大きくない!」と狭く小さく捉えてしまっていたりする。
「本当のあなた」は誰がどう捉えようとも広く大きい存在だ。
ちょっと角度を変えてみる、ちょっと違う事をしてみる、ちょっと遠くから眺めてみる事が必要かもしれない。

初めて海外旅行をすると日本の国そして日本人の善さがもっとよく解る。
どんなステキなホテルに泊まっていても自宅に帰ってくるとホッとする。
当たり前の家族のご飯が一番食べたいものになる。
視野が変わり、理解が深まる。

マンネリが起きている時は退屈や反対に何も進んでいない焦りを感じるのだが、どうもどこから変えていいのか解らないので心の小旅行をするのがいいのである。
自分の自由さを再認識できる。
もっと色々な人や事柄が世の中にあるのがわかる。

日本舞踊を続けている人はバレエを観に行こう。
推理小説しか興味がなかった人はメロドラマを読んでみよう。
恥ずかしがりだったあなたは初めて踊りの輪に入ってリズムに身を任せてみよう。
カラオケでも持ち歌以外の歌を積極的に歌ってみよう。
一度も手紙を書いた事のなかったあなたは思い切ってラブレターを書いてみよう。

あなたの中の本当の自由さにチャンスを与えてみよう!
あなたが自分に限度を与えなければ誰にもあなたの素晴らしさの表現を止める権利は与えられていないのである。

「なんだかいつも同じ、、、」と感じた時は「本当のあなた」がうずうずと外に出たがっているときなのだ。
「いつもすごく幸せでつまらない、、」という事は無いので、飽き飽きする同じ状態が続くという事は何かがストップをかけていることだろう。
いつも幸せの人はすごく新鮮に見える。
明るく輝いて見える。
すごく簡単なことをやっていてもすばらしい事のように見える。
同じことの繰り返しをしているはずでも毎回生き生きと繰り返されていると思える。
「生命」の表現をしているからだ。
一呼吸ずつ新しく生まれ変わっているからだ。

新しい色を着てみる。
部屋に花を飾る。
公園を散歩してみる。
美術館に行ってみる。
今までしていなかったことをひとつしてみよう。

小さい事でも大きな発見につながる。
そして子供の頃のように「わぁ!!」と驚いたり感激したりする素直な純粋な自分にもう一回出会おう。
「お久しぶり! なんだかもう忘れていたな、この感覚!」ともう一人の自分に話しかけることになるだろう。

「本当のあなた」は全く年老いる事のない存在である。
どうも一箇所にいて出してはもらえない状況におかれていると感じたら今すぐ小さくても善いから何かを変えてみよう。
勇気が必要でも大丈夫!
あなたにはその力がもうすでにあるのである。
それを使うだけで人から借りる事も必要ないし、誰かの許可もいらない。

マンネリはまた次の飛躍の鍵になってしまった。
  1. 2007/06/06(水) 05:38:51|
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美点と長所

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息子たちの私立校の受験の際、親も自分の子供の性格の長所と短所、勉学の姿勢に対する優秀な部分と改善されるべき点などをレポートで書かされた。
書き込む欄が足りない場合は別紙で添えてもよいというくらいしっかりと要求された。
各学校で質問の聞き方が微妙に違うものの、受験の申請をしている親が自分の子供をどう捉えているか、学校に対して何を求めているのか、子供の将来をどう考えているのか審査されているのだ。

このとき長所や美点はドンドン書けるものの、短所とか欠点は書けないので困った。
私の目には悪い部分は写らないのである。
そこで「あまりにも一つ一つ大切に真剣に考えるので作文などの書き出しに時間がかかってしまうことがある」とか、「友人の感情をを尊重するあまり自分の意見は積極的に言わない事がある」など結局彼は非常に思慮深い人間であるという点が浮き彫りになるような書き方をした。

要は見方の問題である。

「ここが悪いのだ」とコンプレックスを持ってしまうと段々問題として固まり始めるが、実は更に深い部分で理解力や許容力があるのでこうなって見えているのだと掘り下げてみると欠点はなくなる。

自分の優秀な点、長所、特異な分野にしっかり自信を持ちさらにいつも向上するように心がけよう。
欠点はいつの間にか消えてしまうだろう。
これはガンコなのは個性的なのでよい、という浅い考えではない。
時間にルーズなのは個性ではない。
もっと深いところの話をしている。

問題の解決に取り組む時に各々のスタイルがありアプローチの仕方が違ってもあなたの内側の眼から見ると「あ、なんだ、お互いに真剣に取り組んでいたのだ」という事が解る。
言葉や様式、もしくはどこから手を付ける、など見解に相違があるように見えても同じゴールを目指しているのだ。

「素晴らしい」という事は英語ではたくさんのバリエーションがあるので日本語でももう少し豊かに表現したいのだが、「本当の素晴らしさ」とばかり書いてしまう。
「あなたの心底から湧き出てくる本当の素晴らしさ」には限りがなく、その表現には枠のない本当の自由が与えられている。

「自分の性格はこうだから、、」とか「欠点ばかりだから、、」と思っている方は今すぐ考え直していただきたい。
悪いと思ったところは観点を変えると実は美点になるのではないか?
さらには他人が見てもその美点が輝いて見えるようにするにはどうしたらいいか?
勇気を持って変えるとしたらどの部分であろうか?
優しさの表現に照れすぎていてぶっきらぼうになってはいなかったか?
シャイな性格でつい挨拶や褒め言葉をいいそびれてしまったあなたは今日一言だけ誰かに挨拶してみたらどうか?
あなたのまごころはついに世間に発表されるのだ。
小さな努力であなたの本当の良さが人の目の前に顕れる。

気が付くともう当たり前になっていて、家族にも「ありがとう!」と素直に言えるのだ。
あなたの考えは素晴らしいので手紙でもリポートにでも書き表したり言葉で伝えたりする事がとても大切なのだ。
一人で頭の中で言葉のやり取りをしていた頃よりずっとスッキリしてくる。
そしてさらに仲間がいたことに気付く。
いくらでも広がる土壌に暮らしていた事が解る。
あなたの世界は無限なのである。
限りがないのである、永遠にあなたの世界である。

そして「いいな!」と思った事はすぐに褒めよう!
赤の他人でもステキなお洒落をしていたり、粋な言い回しをしている人がいたら「いいですね!」と声をかけよう!
同僚の仕事に賛辞を送ろう!
次はあなたが祝福される番だ!
楽しみに仕事に励もう!

あなたの表現は自由であり、光に満ちているのだ。
シンプルな言葉でもその波長の輝きは目に見えるようだ。
その瞬間空気が清浄されるのを感じよう!

あなたの底の底のピカピカの魂にゆがみや間違いは全くないので、あなたが「本当のあなた」を意識する時輝き以外のものが出てくるはずがない。
すべて最高のセンセーションである。

もう一回あなたの長所と短所を思い浮かべてみよう。
短所だと思っていたことが繊細な美と平和を愛する「素晴らしいあなた」から発していた何かであって、見解が変わったとき実はそれも長所であったことを再発見しよう。

ふっと楽になったらもう考えるのをやめて「本当のあなた」がさらにどう活躍できるか「愛」のエネルギーに身を任せてみよう。

あなたは美点と長所だらけの存在である。
  1. 2007/06/04(月) 23:35:12|
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魔法

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魔法を使えたら楽なのになあ、と思うことがよくあった。
今ではそう思わない。

私が魔法を使えるという事は他の人も使えるようになるのだから、結局知らないうちに何かの魔法をかけられるかもしれないし、力が発達している人が何かのきっかけでイライラしたら後先のことを考えないでその辺のものを爆発させてしまうかもしれない。
人間らしく物理の法則に則って解決するのが一番いいのだ。

では念力などはどう考えたらいいか?
私たちの思考力は自分で思っているより効果が出るのが早いのである。
集中している時の力は偉大なものである。
しっかりとフォーカスが定まるとなんでも出来る。

念力という言葉で表すかどうかはその人の自覚次第だが、知らず知らず相手を言葉で縛ってしまう時がある。
誰かを縛っている時は実は自分もそこから抜けられないので縛られているのであるが、それがあまりわかっていない。
開放したとき重苦しいものが解けるのがわかる。
見えない力でも人を操ろうとするのは賢くない。
自分が苦しむ結果になる。
自分が自由になるのが何より大切なので、人をいじめて苦しむのを見て自分の自由を得ようとしても成り立たない事をしっかり把握しよう。

「力」は「ひとつ」なのである。
破壊するのも創造するのもひとつの力である。
本人の使い方によってダメージにもなれば役立つ事にもなる。
重そうな荷物をサッと持ってあげるのも、バシッと殴るのもあなたの筋力である。
あなたの中に「力」は限りなくあるのだが、どう使うかによって「魔法」は現実になる。
80代の剣士に20代の若者が打ってかかれないのは老齢が力を弱らせるという常識的枠を外れて、気が満ちているところへは体力だけでは入って行けないという事を証明している。
打たれない存在を「内なる力」が作り上げているのだ。
「気」はエネルギーである。

ハリーポッターの世界では魔法がより使えるものは更に悪の存在に挑戦される。
平凡な魔法使いは壮絶な戦いに巻き込まれない。
才能があり技を深めている者たちが危険にさらされる。
「魔法はいらない、醜いものやライバル意識の強いものから関係を絶ち、私は平和だけ見つめていこう」と感じたのはダンブルドアが亡くなってしまった去年の夏からである。
完結編がこの夏出版されるが、この考えは変わらない。
ハリーには是非今後幸せに暮らして欲しい!
ハリーにイメージをダブらせていた私の長い戦いは終わった!

同じエネルギーを癒しや隠されていた能力の開発に注ぎ込むとすぐに世の中が変わってくるのである。
相手に変わって欲しくて魔法が使いたかったり、水戸黄門の印籠が欲しかった時期は過ぎた。
今まで相手に「ハハ~!!」と平伏して欲しい事は山ほどあったが、それももういらない。
みんな「ひとつ」である。
心配しなくても「本当の私」を傷つけられえるものはない。
私が気が付くだけでよいのである。
今までの事は私が書いていた芝居であった。
今は新しいペンで新鮮な紙に次のシナリオを書き始めている。

あなたは何時カラッと変わってもいいのだ。
是非達成したかった事でも目標や指標が更にクリアになったときいらないと思う思考はさっさと捨ててよいのだ。
中心に近づくとシンプルになる。
知識は知識として役に立つが、「知恵」によって導かれる自分を大切にしよう。

「知恵」もエネルギーなのである。
「知恵」によってなんでも動かせる。
特別の呪文は要らない。
「あなたの本当の愛」が「知恵」の主である。
愛を顕現するための知恵は尽きることなく果てることなくあなたの中に存在する。
心の声を聞くだけでよい。

「本当のあなた」が登場するだけで喜びを提供できる。
「本当のあなた」はビーナスのように微笑むだけでも難しく思えたことが溶けて消え始める。
「本当のあなた」の威力を観てみよう。
あなたはもともと魔法の存在あった。

You are just so Magical !!
  1. 2007/06/03(日) 21:59:11|
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形式や様式

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たくさんの人種や宗教があり祝福の仕方が随分違うように見えるが、根底に流れている「愛」は同じなのだ。
親子で、夫婦で、そして親戚や友達の間で交わされる喜びは同じものなのである。
形式にこだわるのでなく、形式はそれの表現の一部なので尊重しあうのが当然なのである。

美しいもの、愛に溢れる行為はどの文化に基ずいていようともしっかりと通じるものがあり、言葉がわからなくても様式が違うように見えても、祝福する気持ちが伝わるはずである。

人生の節目で色々な儀式に遭遇する。
自分のためか近親者のための儀式は緊張するのだが、他の方のために出席する時は礼をつくす部分は崩せないが、あとはリラックスしてその式の本質の部分を捉えて感謝しよう。

結婚式でも葬式でも成人式でも、その他世界中にある宗教の式典でも伝統的に行なわれているものは根底に流れている意義があるのだ。

もしひとつの宗教を信じているので他は何も関係したくない、と思っていられる方がいたらもう少し心を開いていただきたい。
それぞれに素晴らしさがあり、根底に流れている「人間愛」は全く同じものである。

私たちはみんな同じなのである。
一人一人とても個性的である。
でもみんな同じ人間なのである。
楽しい事や美しいものに同じ反応を表す。
誰でも幸せに平和に暮らしたいのだ。
心の平安を保ちたいのだ。

楽しい時は分かち合う人たちが欲しい、悲しい時は解ってくれる人が欲しい。
一人では成り立たない。

「自分を大切にしてはいけないのだ、まず人につくさなくてはいけない!」と拍車をかけて突っ走ってきた方でも、自分が豊かに堂々と深い愛を認識できる事が人につくす事の近道だとわかってきたのでは無いだろうか?
疲れ果ててエネルギーがギリギリの毎日を過ごしていては分かち合いなどは随分先の話しになってしまう。
自分が濃く深く広く大きな存在である時瞬時にしてどんな知恵でも湧いてくる。
自分の強さがわかっている人は弱いと思っていた人を導ける。
「本当の強さ」が解ると殻を破って素のままになっても弱くなる事は無いのだと解る。
優しさと柔らかさが増すにもかかわらず更に強くなれるのだ。

弱い人などいないのである。
嘘で固めなくてはいけない人もいないのである。
「本当の自分」は「本当の愛」の顕れである。
宇宙を動かしているエネルギーと同じものなのだ。
大きさの違う星はあっても嘘の存在は無い。
それぞれでいいのである。
光の放ち方に違いがあるように見えるのは、そう見えているだけで違いは無いのである。
今見えているものが全部の姿ではない。
まだもっと奥があるのだ。

あなたが自分の深さと大きさを知り始めた時、新しい輝きが増すのである。
より五感の感覚が鋭くなり、感情の揺らぎが大きくなるが、それはアンテナの感度がよくなり画像や音声が鮮明になってくるのと同じである。
もっと詳しく知る事が出来、もっと深く感じる事が出来、もっと鮮やかに観ることが出来るようになる。

そしてあなたがあなた自身であることの喜びが一段と増すのである。
何十年も生きていたので「これが自分だ」と慣れていたのに対し、ふとグッと若返り、何を見ても新発見をする4歳児の頃に戻ってしまう。
新しい目はもともとあなたのものであったのだが、今また目覚めたのである。

あなたがあなたらしくなり、あなたのグループがそのグループの最高の状態をかもし出す時、同調するグループが認識でき、形式の違いは壁にはならなくなる。
「みんな素晴らしいのだ!」と祝福しあうようになるだけだ。

もっと「本当のあなた」を呼び起こすと世の中はこんなに面白いところであったかとビックリするだろう。
まず、自分から始めよう。
人のことを批判している場合ではない。
自分を整えたら世界は変わってしまう。

早く楽しい喜びに溢れた世界を見ていただきたい。
あなたの中の「福袋」を開けて次々に喜びと幸せのプレゼントを受け取っていただきたい。
素晴らしい目の輝きをさらに増していただきたい。
このくらいで良いと蓋をしないでいただきたい。

まだもっともっと素晴らしい事が出番を待っているのである。
  1. 2007/06/03(日) 03:30:21|
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道案内

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今週の火曜日の声楽のレッスンで"West Side Story" の"Somehwere"を歌っていた時、「ふ~ん、、、」と感じるものがあった。

Hold my hand and we're half way there,
Hold my hand and I'll take you there,

私はヒーリングのとき相手の手を握らせていただく。
電話やスカイプのセッションでも肉体的部分には触れられなくてもしっかりと「一つ」のところまで連れて行くので心にかかった汚れや縛りが解け出るのである。

自分の心のお掃除は自分でしなくてはならないが、旅に出たときその土地を熟知しているガイドを雇うと安心なように、自分の到達のために道案内的手伝いを頼むのはやはり自分の決断である。
だから「お任せ主義」では無い。
助けがあってもやはり一歩一歩目標に向かって歩くのは自分である。

どの方法でもどのグループでも、または個人でも、自分が見極めてお荷物は落とすのだと決めたときに手をとって一緒にガイドしてくれる存在に遭遇する。
一冊の本かもしれない。
メディテーションのCDかも知れない。
写経かもしれないし、啓発セミナーかもしれないし、自分の声として心の中から響いてくる霊的ガイドかもしれない。
複数で総合的なものかもしれない。
新しい恋人かもしれない。

みんながやっているからとか、こっちの方が安くて簡単だからとか言う発想は「お任せ主義」であろう。
心の底から本気でヤル気になっていない。

あなたの本心の中ですでに「変わるのだ!」と決意した時一番相応しい方法や人が現れる。
「変わるのだ!」は「本来の自分に戻るのだ!」ということである。

なんだかずっとずれたまま来てしまったのをここでしっかり軌道修正する。
勇気がいる。
正しい事なのであるが変わってしまうことへの不安もまだある。
でもこのままではもう生きていけない。
「本当の自分は何であったか?」と把握したい。
生き生きと生きていると毎日感じたい。
誰とでも和やかに行き来できるようになりたい。
どこまでが本心でどこまでがごまかしであったか理解し、間違いはもう繰り返したくない。

平和の輪の中に入っていくときのイメージは大勢の人が手をつないでる状態を想像する。
自分もその中に入る。
大きな輪の中で個性的に美しく輝く自分が笑いながら両手をしっかり隣の人とつないでいる。
両隣の人もそれぞれに美しく個性的に輝いている。
この輪は光になってその波長は手をつないでる全員を包む。
地球を包む。

この輪の中を流れているエネルギーは「生命力」なので誰をも癒すのである。
傷ついていたと思ってもこの愛と光の力ですぐに治ってしまう。

手をつなぐ事が怖かった自分も今度は安心できる。
この暖かみは本物だとわかる。
頼るのではない。
自分の力を放棄してしまうのとは違う。
仲間に入るのである。
自分の本当の価値と同じ波長のグループが待っていてくれたのだ。
今目に見えなくてもそれを感じて欲しい。
あなたはすでに受け入れられている。
あなたのオリジナルな個性は歓迎されるものである。
純粋なあなたはあなたならではのユニークさを持っている。
あなたの素晴らしさが加わるのでこの輪はさらに豊かなものになるのだ。

確かな道案内を頼んだ時もう半分は行き着いているのだ。
そして最終地点で「本当のあなた」に出会えることを確信できているのだ。
険しい道が楽しくなってしまう、頂上がもう目の前にある気持ちになってしまう。

あとは一歩一歩進めば良いだけである。
「本当の素晴らしいあなた」は目覚めればよいだけである。
磨いて輝きを耐えないように毎日新鮮に暮らすだけで良いのである。
「本当のあなた」は今ここで堂々と生きている。
  1. 2007/06/01(金) 22:42:36|
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プロフィール

Liyako

Author:Liyako
松田利也子 Liyako Matsuda
米国NY在住。

癒しの方法をご紹介しているメルマガ
「りやこのメッセージ」は;
http://www.mag2.com/m/0000241221.html


電子書籍:

『りやこのメッセージ』『利也子の日記 1』

は、アマゾンでご購入いただけます。
世界主要8カ国で売り出されていますので
御自国のアマゾンで Liyako Matsuda で検索していただけますようお願いいたします。
どの国でお買い上げになっても中味は日本語です。

一番新しいブログ記載内容がしっくり馴染めない場合は
古い方の日記を右下のアーカイブから任意にお選びいただきますと、現在お抱えになっている問題の解決に繋がる事がよくあります。
お好きな所からランダムにお読みになってください。

メルマガのバックナンバーもご自分でできる癒しの方法が数多く紹介されていますので是非ご参考にしてくださいますように。

http://liyako.weebly.com/healing.html

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