利也子の日記

スピリチャル ヒーラーとしての活動や文筆物。

「愛」の出番

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私がこの日記を書き始めてもうすぐ6ヶ月になる。

精神世界の素晴らしい本は山ほど出版されているし、癒しや霊界の事も多くの方がそれぞれの発表をなさっているので私がわざわざ書かなくてもいいのだと思っていた。

しかし、私の体験や知っていることを書き留めておくのも悪くないだろうという気になって勇気のいる事だったが書き始めた。
多分一ヶ月もすればネタは無くなり冬の暗くて寒い間を過ぎたら気も変わるのではないかと思った。

書き出したら日課になってしまい、朝忙しくて都合の悪い日でも夕方までには書かなくてはならない義務感が生まれてきた。
不思議な事にテーマは次々に出てくる。
書いている内容は「あなたは素晴らしい!愛そのものである!」という極シンプルなものなのである。
どうやら書いているのではなく書かされている。
私が受信するトピックはヒーリング・セッションからもニュースからも歌からもコメントからも生まれるのだが、同時に指導霊もついているようで書き方がパスしない時は途中で操作ミスのような形でパッと長く書いた文章が消えてしまったことが3回ほどある。

「こんな書き方でわかってもらえるかな?」とキーボードの手を止めた時にスクリーンの上方の空中でキラッと光の粒が煌き「大丈夫!」と促してくれた事もある。

「毎日は読んでいないのですが問題があって読んでみると必ず答えが出ているので驚きます。」というメールも頂いた。
丁度これが知りたいと思っていたことが書いてあるのだという。
私はつながっているのだ。
だからあるときから何を書こうと深く考えずにコンピューターの前にすわり軽く目を閉じたあと最初に出てきた言葉を書き始めるようにした。
そしてほとんどの場合最後までその場で書き上げてしまう。

「観てたんですか?」と言われた事もあるので笑ってしまったのだが、友人知人のバイブレーションも受け取りやすいのであろう。
だから、私に質問があったらテレパシーで送ってくださって私がすぐにそのテーマで何か書くか実験して下さっても面白いかもしれない。

全く私と見識が無い方でも同じである。
私たちは「ひとつ」なのである。
全てはつながっている。
もし今日もう一人の人に「そういう考え方があったのか!」とカラッと気持ちを変えて一日過ごしていただけたらそれだけで本当に嬉しいのである。
実際に出会って手をつながなくてもその喜びが伝わってくるのである。
周りにその波長が広がるのである。

各々人間の肉体は魂が宿って初めて「生きる」状態になるのは知っている。
その魂はどれもこれも想像を絶するくらい清らかで澄み切った神々しい存在である。
私が「生命体」と呼んでいるのはこの魂の事だが、魂というと人魂とか亡霊のようなものだと思われると紛らわしいので「生命体」と区別しているだけだ。
「生命体」は「生命力」のかたまりである。
かたまりでも形は無い。
光なのである。
エネルギーなのである。
力なのである。
全てを動かしている。
形は無いのに全てを動かしているので同じ状態では無い。
ところがいつでも最も美しく尊い存在である。

あなたの「生命」がこのなんでも出来る3次元を越えたパワーなのである。
そして「生命」は同時に「本当の愛」である。
「本当の愛」は全てを生み出すことが出来る。
あなたは「本当の愛」の存在なのである。

まだ肉眼に「愛」が映っていないと思ったら内側から呼び起こそう。
あなたの中に満ち溢れているのである。
呼び起こされた時「出番だ!」とばかりに躍り出てくる。
みんな「愛し愛される」事が大好きなのだ。
幕は開き新しい場面が展開される。

明るい言葉や微笑に満ちているとき「愛」が見えやすくなるのは誰でもご存知である。
今日もう一言もう一回「本当の自分」を出演させてみよう。
「愛」はいつでも出番を待っているのだ。
自然に優しく力強いパフォーマンスが生まれるのを観よう。
「私にでも出来るのだ!」という自信が瞬時にして戻ってくる。

私たちはつながっている。
「愛」はテレパシーでも届く。
でも、人間でいる限り肉眼に映る笑顔や肉声で聞くよい言葉は何より大切である。
照れくさくても心をほぐして「愛」の表現をしよう。

大丈夫!
あなたにも指導霊がついている。
「今だ!」というきっかけを貰ったら迷わず行動してみよう!
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  1. 2007/07/31(火) 22:14:42|
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北風と太陽

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ヒーリング・セッションのときイソップの「北風と太陽」の話を使わせていただくことが多い。

北風と太陽がどちらが力が強いか競争する事になったとき旅人が通りかかる。
そこでこの旅人のコートを脱がせた方が勝ちとして、まず北風が冷たい強い風を吹きつけコートを吹き飛ばそうとする。
旅人は襟を立てベルトを締めますますコートをしっかり抑え自分を抱え込むように進む。
太陽の番になり太陽は優しく微笑み暖かく照らし続ける。
旅人は襟を広げコートの前を開け、一休みする。
太陽はもっと熱を注ぎ続けたのでついに汗ばんだ旅人はコートを脱いでしまう。

重い殻を外側につけている方に接する時は太陽のアプローチがよいのである。
力ずくで「そんな殻は外しなさい!」とグイグイせめても頑なになるだけなのである。
余計に不安感を増しもっと防御が必要になって壁が厚くなってしまう。

安心感を与えるには必要以上とも見える暖かさに身を置いてもらえるように配慮しなくてはならない。
「あなたの幸福の秘訣はナンですか?」と向こうから心を開いていただけたら最も嬉しい。
その方の殻は溶け始めている。

一緒に厳しい状況を乗り越えなくてはならないときもある。
自分を深く思ってくれている人が同じく大変なことを乗り越えているのだと思うと自分だけ小さな殻に閉じこもっていてはいけないなと感じていただけるかもしれない。
安心感を与えるというのはひたすら甘えさすというのとは違う。
厳しい状況があるように見えても「絶対に大丈夫な自分たちである」という信念を分かち合うのである。

あなたは困難を乗り越えている最中でも「太陽」なのである。
自分が行動をとっている最中でも周りを優しく照りつけて暖かくほぐしていく事が出来る。
あなたはそのくらい大きいのだ!

あなたの行動が感動を呼ぶのである。
投げ出さないで「愛し続ける」姿が、「自分も考え直してやってみよう」というチョッと迷っていた人の手本になるのだ。

「手本である、真似をせよ。」という高飛車な模範的な態度ではない。
自分も試行錯誤しているのだが、根底に流れている「本当の愛は誰をも包み込む」「本当の知恵は全てを解決できる」という曲がらぬ一直線な信念のためにジグザグに進んでいるように見えても「あの人のいうことならやってみよう!」という賛同を得るのである。

自分の行いが少しでも北風的になっていなかったか、常にチェックしてみよう。
太陽は微笑むだけで優しく暖かく包み込む。
一瞬でコートをボロボロにして吹き飛ばしてやろうというのではなく、一休みしてくつろぐ時コートは自然に脱がれるのである。
寒い間はコートが必要なのである。
充分暖かくなった、それどころか暑くなってもうこんなものは着ていられなくなった、というところまで行けばみんな自分から外側の厚い物を脱ぎ捨てるのだ。

重たい荷物も下ろしてくれる。

誰かに心を開いて欲しい考えを変えて欲しいと思ったら、太陽になるのが早い。
自分の中から暖かさを呼び起こし、柔らかさ優しさを呼び起こし、安心できる心の環境を提供しよう。
批判される可能性のあるところでは心は簡単に開かれないのである。
「守られている、絶対に大丈夫である!」とわかってもらえないと長い間着慣れていた重苦しいコートをすっきり手放してしまう勇気は出ない。

「本当のあなた」にコートは要らない。
相手の中にも「本当の愛そのもの」があり、否定され続けて怯えてしまっている心を癒し、安心感を取り戻せば「本当の愛そのものの姿」が現れる。
「本当の自分」をしっかり認識できるとどの人にも同じ力が宿っていて同じく無条件で愛されるべきだとわかる。

コートを脱いだ時無限に湧き出でてくる人生上での可能性もはっきり見えてくるのだ。
あなたは何を選んでもちゃんとできるのである。
誰とでも話しが出来る。
生活の改善もすぐにやりこなせる。

「コートを剥がされたら自分を守るものはなくなってしまう!」という恐怖心を夏の太陽で溶かしてしまおう。
「本当のあなた」の中にはなにもかも詰まっていてチャンと必要なものは必要なときに表れるように出来ている。
大丈夫!
あなたは守られている。

大切な人は温かく包もう。
もう知っているはずだと思っても「あなたのお陰で幸せだ」と声にして言ってみよう。

優しく柔らかくなっても強さは消えないのである。
根底に流れている「本当の愛」は全ての全てである。
全ての全てより強いものは無いのである。
あなたが「本当の愛」そのものなのである。
  1. 2007/07/30(月) 21:22:33|
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本当の調和

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同じ芝居や映画を2回見に行っても毎回客席の反応が違い、自分も2回目なのだからもう全部知っているはずなのに新たなリアクションが生まれてくる事が多い。

古い映画だと何年かおきに観るたびに自分の人生に照らし合わせて感じるところが違ってきて初めての時には出てこなかった涙が出ることがある。
名作といわれるものは著物でも芸術作品でも同じであろう。
毎回見るたびに魂に響くものがあるのだ。
その響きのニュアンスが以前と随分違うように思える。

年令が増しても新鮮な目を持ち続けると小学生のような素直な興味心と社会人としての責任感が絡まって登場人物を批判したり同情したり、自分だったらどうするだろうかと思い浮かべる幅が広くなって作品を観たあとの感想が深くユニークなものとなる。

小説を読んでも映画を観ても二人の人間が全く同じ感想をもっというのは難しいし鑑賞後消化するまでの期間もまちまちである。
私は20歳の時大作の映画を音楽家の男性と観たあと彼が効果音やどの場面にどの曲が使われていたかのみ興奮して話すのでうんざりしてしまった事がある。
みんなそれぞれ違うのだ、と気付くきっかけのひとつであった。

解ってもらえると思って自分の状況や悩みを信用していた人に話し続けていたのに、そんなに深い理解はなかったのだと気付いた時もある。
残念ながら、心の底から助けようとしているのではなく常に頼って話しかけてくる人を大切にしていたのだ。
頼られていると思うと優越感に浸れる。
だから実際は他の人のメロドラマを安定できる距離から眺めているのだ。

友人や知人に賢人がいるというのは大切な事だ。
しかし、もっと大切な事はあなたの中の「本当の自分」が全てを知っているしなんでも解決できると信じきることだ。
あなたを一番理解してさらに愛してやまないのは「本当のあなた自身」なのである。

外に理解を求めても「本当の自分」を見失っている人は限りなく他の人々の承認が必要になってくる。
誰かが認めてくれるまで自信が生まれない。
でも一時的に全面的に認めてくれた人は何かの都合でその後居なくなってしまうかもしれない。
そしてまた同じような人を捜し当てることを繰り返すのはとても不安なことになる。

あなたは今すでに認められている。
自信を持っていい。
自分が自分の本当の持ち味を認めたとき世間はあなたを賞賛しているのだ。
あなたの耳や目に入ってくるのは少し後になるかもしれない。
でも今あなたは「本当の自分」を信じて進まなくてはならない。

あなたの才能は特殊なものだ。
個性的なものだ。
周りの人と物事に反応する態度が少し違っても本心の通りに表現しよう。
あなたの本心とは「真」なのである。
「愛」なのである。
幼い子供のような純真な心を持ち続けるのは大人の世界では無理だと思わずに自分らしさを発揮しよう。
素直さを大切にしよう。

何度も批判されたり踏みつけられたように思ってももう一度「本当の自分」を呼び起こそう!
「本当の自分」は傷ついていないのである。
生き生きとした生命体なのだ。

同時に観ている映画への反応が人と違っても読んだ本に対する意見が異なっても、「私はこう思った」というあなたから出てくる発言は大切なものだ。
「調和」とはなるべくみんなに意見を合わせてぶつかりがない状態を保とうとする事ではないのだ。
お互いが「へ~!そういう観かたもあるのか。」とどの見解でも安心して提供できる環境を持つことが調和への第一歩である。
無理に反対意見を言う必要は無い。
本心で「こう思った」というだけで正否は問われなくて善いのだ。
「そういう考え方もあるのか、、」と思ったとき次に何かを観る時の観点が広がる。

色々なアイディアが出されるところに新しい発展がある。
新鮮な風が吹き豊かな文化が栄える。

あなたの考えはとても大切なのだ。
「本当の自分」は輝かしい生命体なので暗い考えは生まれてこない。
うらんだり蔑んだりしている心はあなたに相応しくない。
さっさと捨ててしまおう。

あなたの中の幼い子供が安心して生き生きと発言できるように今日またちょっとだけ工夫してみよう。
純粋な感覚を笑われてしまったように見えても、他の人たちはひそかに「あんなに素直で羨ましい。」と思っているのだ。
怖れずに表現してみよう。
あなたの仲間は意外に多くいるのだということがわかる。

あなたが大切なのである。
あなたの人生の主役はあなたである。
目を輝かせて喜びを表現するか、人の目を気にしてだけビクビク生きるかはあなたの選択だ。
そして「本当の調和」を早く現実世界に取り戻す事が出来るのもあなたのちょっとした所作の積み重ねである。

自信は生まれてくる。湧き出でてくる。
大丈夫!
あなたは「本当の調和」を持って生きているのでぶつかる事は無いのだ。
  1. 2007/07/29(日) 22:37:18|
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心のメインテナンス

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歯医者で6ヶ月か一年のクリーニングをしてもらっても、モチロンその後も毎日家で歯を磨く。
プロの垢すりにかかった後でも毎日体を洗う。

大きな心のお掃除をした後でも毎日の物の考え方や人との接し方で少しずつ垢がたまらないように気を配ろう。
ちょっとでもイライラが続いたり悲しみからすっきり抜けられない時は積極的に呼吸法か焼却法を使って一旦胸の中から出してしまうようにしよう。

綺麗に使っている部屋でも自然に埃が溜まってしまう。
よほど気をつけないと心の中は澄み切った状態を保てないのである。
頑張り屋のあなたは「まだ大丈夫! このくらい耐えられる!」といっぱい背負い込んでいつの間にかゆとりのない状態を作り出してしまうのだが、ギリギリになる前にリラックスする方法を体得しよう。

「頑張るのがいいのだ」と教えられて育ったのだが、何時どういうことに対して頑張るべきかはあまりはっきりしていなかったようだ。
さらにいうと親や教師は頑張っている態度を見たいだけで本人の性格形成や全体の人間像は気にしていなかったのではないか?
本人の焦点とすることに力がチャンと出せていれば個々のスタイルは違っていてもよいのだ。
一回読めば理解してしまう人もいるし、何回も読み返してさらにその本を持ち歩かなければ落ち着かない人も居る。
どちらでも自分のペースでいいのだ。
本を持ち歩いている人がさらに熱心なのかは外側から判断できない。

目標を定めよう。
優先順位をつけよう。
義務でしなくてはならない事はリラックスした態度で臨もう。
リラックスした態度とはいい加減な手を抜いた態度ではない。
心にゆとりを持った時に同じく義務でこなさなくてはならないことでも感情的にならず合理的に処理できる方法が浮かんできたり、他の人の意見ややり方も落ち着いて検討できる。

好きな事は誰でもさっさとやるのである。

義務的にこなさなくてはならないときに「イヤだイヤだ、、」という心を抱えていると重くなり時間を食う事になる。
「しなくてはならないことだ、それだけだ。」と思えばそれ以上に「苦労だ、、」というような深い感情やそれをしなくていい人たちへ対する嫉妬心などは生まれてこない。

どうしても好きな事やりたいことが後回しになって生き生きとした気分になれないときは、書類の量は目の前から減らないと思っても心の中の自分の愚痴や悲しみや恨みなどをさっさと外に出してみよう。

感情が絡まるとお金まで重たくなってしまったりする。
お金はお金である。
お金に感情は無い。
どう動かすかはあなたの問題だ。
「しなくてはならないことだ、それだけだ。」と思えばそれだけの事だ。

善い波長とは「いつも生かされている、満たされている、愛されている、守られている。」というものであって、「これがうまく行かなかったら大変なことになる!」というギリギリの感情ではない。
あなたが「今」を信じていれば将来も大丈夫なのである。

キリギリスのように遊び呆けていて後でボロボロになってしまうというのとは違う。
しなければいけないことはする。
しかし、それが全てを人生の全てを占めていて心に何の余裕もなくなってしまうのは「今」を信じていないことなのだ。

あなたは深く広い心を持っている。
窮屈に感じる時は何かをいっぱい詰め込みすぎているのだ。
上手に整理していらない感情は捨ててしまおう。
感情的にならない時、相手が言っている事行っている事がもっとはっきり解る。
攻撃されていると思ったのに実はその人なりに自分をサポートしようとしてくれていたのが解る。
表現が下手なのでわかりにくかっただけだ。

みんな幸せに暮らしたいし、物事がスムーズに行く事を願っている。

本当に不思議なのだが、自分が心の中に溜まっているものを捨てると、外の世界を見る目が変わってしまうのである。
変わって欲しかった相手もいつの間にか変わっている。
「そういう人なのが今までは見えていなかった、、」ということになるのである。

ホーッと長いため息をついて重苦しかった感情を外に出してしまおう。
書けるだけ胸の思いを紙に書き付けて人の見ていないところで焼いてしまおう。
胸の中のつかえは出たときに解るのである。
「こんなに溜めていたのか、よく頑張っていたな!」と自分に声をかけ、今後は軽く明るく生きられるように心のお掃除上手になろう。

自分を責めてはいけない。
溜めていたのは掃除の方法を知らなかっただけだ。
今解った時綺麗にしてしまえば広く深い心はすっきりと表れる。
「いつも生かされている、満たされている、愛されている、守られている。」とはっきり自分に宣言し、不安や心配は居場所がないようにしよう。

大丈夫!
あなたはすでに達人なのである。
人生を素晴らしく生きるコツを知っている。
その「コツ」にもちょっと埃がかかっていたら掃えばいいだけだ。
あなたが素晴らしい存在であるという事には変わりがないのだが、ちょっと磨くだけで数倍の輝きが目に見えて表れるのだ。

「本当のあなた」の輝きは限りのないものである。
自分でも観てみたいと思ったら輝きに反する言葉や感情を捨ててしまおう。
雲が晴れればいつでも太陽が輝いているように、「本当のあなた」は現在のあなたの心には関係なく最も美しく輝き続けているのである。
  1. 2007/07/28(土) 20:29:25|
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考え方

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もし未熟児が生まれたら「この子は一番素晴らしい誕生日を自分で選んできたのだ!」と感謝しそれ以上「未熟児、未熟児」と呼び続けない工夫をしよう。

魂の尊さも清らかさも全く同じなのである。
大切な一番素晴らしい生命の誕生を祝い、母親も新生児も祝福されるように気を配ろう。
けっして母親も新生児も劣性ではないのである。
ただちょっと早く生まれてきたので必要な看護を受けているだけだ。
周囲にいる関係者のさらなる理解と愛の波長で乳児はすくすく育つ。

「本当の愛」は癒し育む。暖かく包み込む。
手を握ってあげる事で、抱きしめてあげる事で、あなたのまごころはさらなる生命力の波長を伝えることが出来る。

弱弱しく目に映るものがけっして弱いものでは無い事は何回か人生の中で体験されている方が多い事だと思う。
守ったり庇ったり向上を促す体験のために一時的に私たちを導いてくださっている事が多い。
こういうときこそ希望を失わず「生命力」を信じなくてはならない。

劣性の霊体は無いのである。
私たちの生命体はどれもピカピカの澄み切った光である。

「知恵」は誰にでも備わっている。
母親の本能も「知恵」なのである。
医学も進み色々なことが可能になった今でも母親の直感というものは医者達では読みきれないものがある。
新生児は生まれてからもしばらくは見えないへその緒でつながっている。
母親はオロオロ心配するのをやめ、自信を持って自分の子を抱きしめる時この見えないへその緒でまだまだ充分に生きることに必要な全てのものを提供し続けているのである。

あなたの中には「永遠に流れている生命力」がある。
子供や他人と分かち合っても乾いてしまう事は無い。
全ては「ひとつ」なのでどこからもっと必要な「力」や「知恵」をもらっても善い。
あなたは誰よりも大切なのである。
困惑したり卑下されたりしているように見えても「本当のあなた」がへし折れてしまう事は無い。
「本当のあなた」は「全ての全て」から何を作り出しても善い存在なのである。

あなたは「本当の愛」を知っている。
「愛」を生きることを知っている。
「愛」の表現が様々に現れることを知っている。

「もう、どうしよう、、」と悩んでしまった時、
「もう力が出てこない、、」と倒れそうになった時、
あなたを支えている守護霊のチームも「出番だ!」と頑張り始めているのである。
もう少しだ。
大丈夫!
あなたはやり抜ける!

絶対に救われる。
救いとは自分の心を開いた時に戸口で待っているものなのだ。
恐ろしくてドアを開けられなかったけれど最後に決心した時「なんだ、最初からみんな助けようと思って構えていたのか!」という事がわかる。
どのように救われるかはあらかじめ決めることではない。
不思議な導きはすでに電波のように飛び回っていて、あなたがチャンネルを合わせたときはっきり映像で目の前に出てくるのだ。

病人を抱えている親戚の方々も「なんでもしますから是非とも生かしてください! 治してください!」とすがりつくように祈るのではなく、「近日中に素晴らしい姿を見られますことを感謝します!」と本当の生命力や守護霊がさらに力を発揮できる念波を飛ばしていただきたい。
治してください、というのでは今の状態が悪いと認めているので善い波長にならないのだ。

「今日も一日善い日でしたね」と話しかけると「善い、善い。」という波長が流れるのである。
こんな状態で善いもクソもあるか、と思っても、「善い、善い。」と言い続けるとチャンと寝ている側にも笑顔が戻ってくる。

不安の材料になる言語はサッと上手によけよう。
こういうときこそ言葉の力をフルに使うときである。
よい言葉がよい波長を呼ぶ。

こんな時に笑顔を作れるものではないと思わずに、こんな時こそ笑顔がたくさん必要なのだとしっかり認識しよう。
どんな注射より安全性の高い特効薬である。

魂に優劣はない。
自分より劣って見えるものに教えられる事が大であることを再認識しよう。
明るさを提供しよう。
安心感を分かち合おう。
優しい言葉を惜しみなくかけてあげよう。

全ては「ひとつ」なのであなたがホッとできた時地球も一息つけるのである。
大地からも天からも力は湧いてくる。

ただ「愛」を信じるだけでよいのである。
  1. 2007/07/28(土) 04:31:56|
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価値観の変化

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物の価値が突然変わってしまうことがある。
普段いつでも手に入ると思っていたものが何故か姿を消してしまう事まであった。

私の記憶では、ある時突然洗濯用の洗剤が続々と品切れになり、雑貨屋やスーパーに「洗剤あります」などと張り紙がわざわざしてあったりした。
ある日大きなスーパーマーケットに入ると「ただ今から2階の階段脇の売り場で本日分の洗剤を販売いたします。」とアナウンスがあり、興味本位で行って見ると「お一人様一点のみ」となっていた洗剤は外国製で、「皆様のために、なんとかこれを入荷いたしました!」と店員が見慣れない横文字の小さい箱に入っている洗剤の使い方を説明していた。
その当時は洗濯石鹸は大箱に入っており一回にワンカップくらいの量を使うのが常識だった。
だが、この外国製のものはスプーン一杯で同じ効果があるのだという。
「なんだか頼りない、、、これで綺麗に洗い落ちるのだろうか、、、」というのがその場に居合わせた主婦たちの反応だった。
いつもの慣れている国産品の洗剤が欲しいようだった。

子供の目から見ても消費者のために地元のスーパーが輸入品を即座に提供するのはすごいなと思ったり、必要ならみんなブツブツ言わずに買えばいいのにと思ったり、他に洗濯の仕様は無いのかなと思ったり色々であった。

人や物の価値観を変えるには少し時間がかかる。
しかし急を要する時も出てくる。

頼りになるのはあなたの判断力である。
周りがどの位わいわい騒いでいようと、もしくは周りに誰もいないときであろうと、急に今までと物の重要さや取り組んでいる事の見解が変わってしまう。
落ち着いて考えてみれば小さくても役に立つならサイズは問題ではなく、必要なのはチャンと仕事を片付けてくれるものである。
容姿が違ったり今までと使い方が違ったりしても内容が充実していればいいのだ。
反対に内容がもともと始まったころより変わってしまっているのに外側をそのまま維持して守ろうとしていると調和が崩れる。

誰が大切なのか、何のための行動か?

航空券がeチケットになって初めの2回くらいは物足りないような不安感があったが3回目からは「忘れたりする事はなくて楽だ」と思えるようになった。
今では紙の航空券を発券されると「無くしては大変だ!」という精神的負担が増す。

変革はみんなのためであるはずなのに初めはちょっと不安を生ずる。
慣れてしまえばそんなことで心配していたのも忘れてしまう。

生活や職場で価値の見直しが行われている時不安は付き物だが、自分の人生で今までどれだけ物事や周りの人間関係が変わってきたかをゆっくり思い出してみて結果不安を感じた事が役に立ったか考えてみよう。
心配してオロオロしていることに使ったエネルギーは無駄なのであった。
眠れない夜の時間は勿体なかった。

あなたの中には生きるための「知恵」が満ち満ちている。
本質を見抜ける一番賢いものである。
「知恵」は理屈ではなく、ふと湧いてくるのである。

今まで学んだ知識は知識であって、色々知っておくのはとても善い事であるが、コロッと価値判断が転換してしまう時もある。
その時自分の中には「本当の自分」が居てそこからいくらでも「知恵」が湧いて来て、安心して任せると絶対に一番よい結果に納まるのだと信じよう。
「知恵」は命を生かすためにある。

「これがなくては生きて行けない」と思っていたことでもただ不安感からしがみついていただけではないのか、ちょっとだけ確かめてみよう。
「この人がいなくては生きて行けない」というのも同じである。
それだけ大切な人なのだからこちらからも善い言葉で真心を持って接していただろうか?

あなたは「知恵」に満ちている。
「愛」に溢れている。
困る事は無い。
それらを汲みだして来るのは自分の中の「本当の自分」からだ。
外側の現象が変化し続ける時「本当の自分」につながって永遠に変わらない美しい生命の光を観よう。

「本当の自分」はいつでもしっかり暖かく抱き留めていてくれているのである。
  1. 2007/07/26(木) 21:52:26|
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To Love and Be Loved

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"The greatest thing you'll ever learn is just to love and be loved in return."

これは"Nature Boy"という歌の最後の部分の歌詞である。
1948年に書かれその後ナット・キン・コールが歌ってヒットしたのでご存知の方も多いと思う。

あなたが学べ得る最大の事は、ただ愛する事、そしてお返しに愛される事だ。

愛する事が大好きな人は多い。
してあげて、考えてあげて、聞いてあげて、相手が喜ぶことを提供するのとよしとする。
しかしそれは「ただ愛する事」とはちょっと違う。
ただ愛する事とは「無条件の愛」である。
これがわかりにくい。

無条件とは何も条件がないことだ。
よい子だから可愛がってあげるというのではない。
よく働いたからご褒美で愛したり愛されたりという特権をもらうのでもない。
今ここで「そのままのあなた」が「本当の愛」にひたっているのである。
満ち溢れているのである。

「本当のあなた」が「無条件の愛」の存在なのだ。
四方八方上下も左右も光で満たす生かすエネルギーの存在なのだ。

それを顕在意識で学ばなくてはならない。
ちょっとややこしい。
もう持っているもの、「自分そのもの」を改めてしっかり把握しなくてはならない。

そして愛される事も「ただそのままの自分が愛されている」と認めなくてはならないのだ。
ただそのままの「本当の自分」なのに認めるまでに期間が必要になってくる。
しっかりわかって「これでいいのだ!」といいきれるまでにはちょっと不安な時期まであったりする。

「愛ってこんなに大変なのだったらもうイイヤ!」と投げ出したくなってしまう。

これは恋愛の話だけでは無い。
大いなるこの大自然を動かしている力を愛と呼んでいる。
その最も大きいものにあなたは無条件で愛されているのである。
気が付こうが、学ぼうが、マスターしようがしまいが、すでにしっかりと愛されているのである。
「愛」は止まる事は無い。
いつも愛しつづける。
いつも無条件に愛されている。
「本当のあなた」は無条件に愛し続けている。

さて、"be loved"という部分がもっと難しい。
ただ愛されていいのだ。
受け取っていいのだ。
日の光を堂々と身いっぱいに受けているヒマワリのように。
愛されて美しく存在するだけでいいのだ。

どちらかだけ愛してどちらかが愛されるだけという事は成り立たない。
愛は瞬時に「愛し愛される」を繰り返しているのだから。

愛されるのが下手だな、と思ったら自分を変えなくてはいけない。
愛は流れて成り立つものなので受け取らなくては放たれた愛の威力を発揮できない。
あなたは喜んで愛されなくてはならない。
それが「愛する」事に瞬時につながる。

自分を変えるとは、もういらなくなった古い殻を破って安心して「本当の自分」を表現し始める事だ。
初めは生まれたてのひよこのようにちょっと弱弱しく感じるが、本当の愛は全てを生かすものなのでチャンとあなたはしっかり守られているのだ。
あなたの愛の深さも大きさも如実に見えてくるのだ。
優しく柔らかく包み込まれてもその強さが伝わってくるのだ。

「この人を救ってあげたい!」と思ったら無条件に愛する事だ。
その中で自分も無条件に愛される事だ。

救わなくてはいけない人などいないのだと「本当の愛」は教えてくれる。
みんなすでに愛されているのである。
  1. 2007/07/25(水) 21:21:25|
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空に雲が浮かんでいる。

雲のない空もよいのであるが、雲はどれも全く形が違うので見上げているだけで美術館にいるような興奮を味わえる。
逞しい入道雲がえらいわけでは無い。
水蒸気と温度の関係でああなったり、こうなったり、永遠に姿を変えているのだ。
上下関係は無い。

雲間から日光が煌き輝いているのを見るととっても得をしたように思える。
日光は日中いつでもあるし、雲とは関係ない存在なのだが、雲を通して突き抜けて射し込んでいるのを見るとなんだかさらに美しく見えるのだ。

美しさは何かを通り越えたときさらに輝くように感じる。
私たちの「生命」は絶えず光を放っているが、貫き通している状況とかハードルを思いっきり飛び越えている姿を見るとさらに生き生きとその威力を感ずる。
病人が回復した喜びは大きい。
悩みの種であった事柄が消える瞬間はホッと長いため息が出て笑顔が甦る。

雲に意志は無い。

心にかかっていた暗雲にも意志は無い。
迷いに是非ともあなたを苦しめようという深い計画は全く無い。
心の中に溜まっているものは、どういう風に吐き出していいかわからなかった古い淀んだ感情や、さわられるとまた思い起こしてしまうショックで傷ついた痛みなどである。
あなたが「もういいのだ、私が幸せになってもいいのだ。」と決心した時に幸せという状況に不釣合いな重く溜まっていた苦しみ悲しみなどがスーッと溶け出していく。

どこに行くという事もない。
ただなくなるだけだ。
もういらないのである。

あなたの心なのであなたが管理してよいのである。
幼い頃はまだわからなかったので親や周りの大人の意見を素直に聞いていたが、それが本当に自分の感情や意見であったか確かめてみて、ピッタリあっていない部分は捨ててしまっていいのである。

地球はほぼ以前と同じサイズなのだろうが、ぐっと狭くなってきたのである。
色々な考え方が提供され様々な生活様式が紹介され、今まで「こうでなければいけない!」と厳しく教えられていた事でも本当に全人類に役立つ調和した考えでなかったと気が付いたときにすっきりと新しく指標を変えていいのである。

「本当の愛」は変わらない。
「本当のあなた」は永遠に生き続ける。
風のような雲のような自由さはあなたの中にいつまでも存在し続ける。

何かにしがみつかなくてはならない、と思ったらそのものは何なのかよく観察してみよう。
プライドか、欲か。
夢の達成のための地道な努力と、「なくなっては困る!」としがみつく心の表現はまったく別の行為である。
あなたはなくすものは何もない。
すべてもう持っているのだ。

自由さと無責任さは別のものである。
成人としての相手へのそして社会への感謝と尊敬の念は持ち続ける。
心の自由さも持ち続ける。
自分を大切にしているとどの人も大切に扱われるべきでありそれぞれが「本当の自分」から発する光を分かち合ってよいのだとわかる。
借りなくても、人の分まで奪わなくても、それぞれに絶妙な神々しい光が宿っているのである。
自分の輝きがあるのである。

早朝の新鮮な陽が水面に反射し、光の子供達が舞い踊るのを観よう。
あなたの魂はそれよりももっと自由で美しいものなのである。
  1. 2007/07/24(火) 21:11:55|
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人生は夢のようだ、と思うと夢のように過ごせる。
はかないものだ、もう決まっているものだ、と考えるとはかなくレールが敷かれていてその上をあくせくしながら進むだけになる。

夢とは現実でない状況をさす事が多いのだが、初めにまだ誰も試していない「あるアイディア」があり、それが「現実になるのだ!」と信じ始めると徐々に、もしくは奇跡的速さで、現実となって現れてくる。
大勢の人がそのアイディアを支持するとさらにスピードは増す。
だから善い夢を現実にしたいときは派手なPRが必要になるときもある。
たくさんの人が同じ事を考えるのが達成の近道である。

身近にとても大切に思っている人がいてその人に是非賛同して欲しいのに拒否される事もある。
頭ごなしに否定される事もある。
変化を望まない人も多い。
よくなると思っても毎日の生活が変わってしまうのではないか、この身近な人物が自分から遠い存在になってしまうのではないか、と恐怖するからだ。

「大いなる愛の行動」を遂行するとき何故か身近の頼れると思っていた人々が背を向けるような態度をとってもくじけてはいけない。
あなたの夢はそれだけの価値があるのだ。
あなたはあなたの夢を大切にしなくてはいけない。
何歳になっても育て続けなくてはならない。
そしてある時期、勇気を持って発表しなくてはならない。

笑われるのではないか、こわされてズタズタになるのではないか、と恐れていては一生が終わってしまう。
あなたはあなたの人生が大切なのである。
モチロン成人としての社会的義務はある。
でも夢なくして私たち人類の進歩はなかったのである。
誰かが勇気を持ってやり抜いたから文化の水準も上がり発明や発見が次々に役立つところへ使われているのである。

善いアイディアなら誰かがやれば良いと思っているのだが、あなたもやることが必要なのである。
一言でもいいから、一分遠回りをしてもいいから、今日その夢のひとかけらになることをやってみよう。
一行の文でも、一句の歌でも、ワンフレーズの曲でもいい。

あなたがもう一歩歩いてみる事が大切なのである。

夜寝ているときに悪夢を見ても目が覚めたらもうその光景は無いのである。
あなたの本当の夢は「ここ」で展開しだすのだ。
「今」自分で創り出す楽しみがあるから、完成までの行程も話しに厚みを持たせるものであるからちょっと大変に感じている時もある。

思いついたとたんに現実になってしまったら簡単すぎてつまらないのである。
時間がかかるように見えるとき大きな事をやってのけているような気がする。
でも段々時間の使い方も上手になり「え!もう出来たんですか?」と周囲を驚かす結果にもなるのだ。

一音一音拾いながら弾いていた曲は楽譜を見なくても自由に弾けるようになり、人前で演説しても緊張する事も間違える事もなくなり、誰とでも恐怖心なく話せるようになる。

あんなに高く遠くて手が届かない、と思っていた物も人もごく近い存在になる。

夢を捨ててはいけない。
あなたのオリジナルな夢は持っているだけで価値があるのだ。
でも、今夢をかなえる時期が来た。
怖れずにやってみよう。
あなたの人生はあなた自身のものである。
あなたは誰とも同じく素晴らしい価値のある清らかな一個の「生命体」に生かされている。
この「生命体」は常時「知恵」を発している。
あなたの夢はエネルギーと無限の方策に満たされて現実界へと流出してくるのだ。

それを止めることが出来るのはあなただけだ。
夢を捨てることの自由まであなたは約束されている。
どちらを取るかはあなた次第なのだ。

「今度また生まれてきたときにやろう!」というのでは気が長すぎる。
今やってみよう!
大丈夫!
とに角やってみなくては話が始まらない。
行動をとり始めたら次々に道が開けるのだ。
助けは道の両側で待っているのだ。
人を助けるのが夢の人もたくさんいるのだから。

あなたは一人ではない。
いつもいつも仲間に支えられている。
行動をとり始めたときにどれほど大勢の人が待っていたか解るのである。

夢。
大いなるもの。
形のないもの、あなたの創り上げるもの。
夢を生きる。
愛を生きる。
今を生きる。

大切な事。
諦めない事。
あなたは絶対に出来ると信じる事。
  1. 2007/07/24(火) 03:31:41|
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お知らせ

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  1. 2007/07/20(金) 08:58:10|
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直感

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自分の「内なる声」と雑念を聞き分けるにはどうしたらよいか?

簡単に言うと「内なる声」だなと思ったらすぐに行動をとってみると結果でわかるのだから信じて行動するのがいいのである。
雑念だった場合は「あ、振り回されたな」とわかる。
大きな「使命感の達成」には時間がかかるが、小さい毎日の事でふと思いついたら「これはインナー・ボイスか、霊感か、第六感か、直感か、カンか、守護霊の囁きか、、、」と時間を使って悩んでいないで善いと思える事は即実行してみよう。
実行を重ねた人には何が導きであるかがわかる。

あなたの中の「本当のあなた」は「善」であり「美」である。
ふと「こうかな?」と思ったことで人や自然に迷惑が及ばない事である限り豊かな発想が出てきて前例のないことでも自信を持ってやってみるべきである。
「本当のあなた」から発する事で他を害する事が出るわけがない。
あなたは「真」である。

反対に直感的に「今は行動するときではない」と感じる時もある。
その声にも従うのが賢明である。
株や商業取引に関係なさっている方は毎日この「内なる声」を最も重要視なさっている。
世間を遮断して自分だけで生きているのではなく世間の波をもっと大きな目で捉え読み込んだ上での決断である。

ノアのように動物を一対ずつ全種乗せられるほどの船を作らなければならなかったら大変な時間を費やすことになるので、その間世間にはキチガイ扱いされてしまうのかもしれないが、信じて行なった人は伝説に残るのである。
一般の私たちはそこまで心配しなくて良いはずだ。

「本当の愛」が導いてくれるのは愛が輝く行為だ。
「本当の知恵」が促してくれるのは賢く豊かな安定した生活だ。
「本当の生命力」は健康な心身をよりすっきり顕現するための方策を次々提示してくれる。

「本当のあなた」の中に全てがあるのだから安心してなんでも聞いてみよう。
ポッと答えが出てくる。
ふと解る時もあるし、テレビやラジオが流している情報の一部に答えになっているものもあるし、久しぶりの友人が電話で知らせてくれるときもある。
インターネットで目に飛び込んでくるときもあるし、子供が口ずさんでる歌がヒントになるときもある。

疑ってかかっては次の発展がない。
自分を疑い続けては人生が終わってしまう。
自分を生み出した「本当の自分」をしっかり信じてなんでもわからない事は教えてもらえるのだと完璧に信頼しよう。
自分の生命体なのだからその存在を疑ってかかったらしっかり立つ土壌がなくなる。

勉学の途中に疑いを持つのはよいことだ。
新しい発見は「違うのではないか?」と思ったときに生まれてくることが多い。
「もっと大きく深いのではないか?」もしくは「もっと単純でよいのでは無いか?」などと思い当たる。

これと自分の中の「生命体」である自分を疑い続けるというのは違う。
「ほんとうのあなた」は人間界では言葉で表現しきれない完璧な崇高な最も麗々しい存在なのだ。
三次元の世界では説明のつかない無限の能力を持っているのである。

さて、今日はどの部分の天才振りを発揮しようか?
直感で一瞬にしてこの世に「幸福」を振りまく方法を呼び起こそう!
  1. 2007/07/19(木) 21:27:34|
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木が倒れても

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今を盛りに咲いている花を見ると噴出してくるような生命力を感じる。
ところが嵐の後に横倒しになってしまった大木などを見る時には有り余るほどの生命力というのは見えない気がする。

いつかはまた芽が生えてくるであろうという事は知識で知っているが「生命力」を見たいと思うとどうしても生き生きと伸び育っているものに目が行ってしまう。
いつでも、目の前の姿がどうなっていようとも「生命」が生き続け全面的に「生命力」を全てに満たしているのだと信じるにはどうしたらいいか?

簡単な実験は自分で出来る。
まず落ち着いて座るか横になり、目を軽く閉じ自分の体をこの世に生み出した「生命体」をゆっくりと感じよう。
あなたに直接つながっている存在であるのはいうまでもない。
だから遠慮なく自分で呼び起こせる。

光のようなものを感じたり、体が温かくなるようなセンセーションを感じたら、「この生命体が持っている生命力が自分の体と心を隅から隅まで満たし、自分の周りにも溢れ出る」と念じてみよう。
ゆっくりゆっくり進めてみよう。
これでいいのかな、こうでなければいけない、といった観念は一旦横においておいて、「本当の自分」を現在の自分が訪ねるのだ。
でも遠くに行かなくても「ここ」で逢うことが出来る。
人間では無いので顔は無い。
だからエネルギーに逢うことになるので感覚的なセンセーションでしかない。
なにも見えなくてもいつもと違うフワッとした感じかぽっぽとした感じか本当の自分らしいさわやかな明るい清らかな感じが生まれる。
満たされる。

地球の北半球の四季は本当に素晴らしいものだ。
いつも同じではこのような豊かな文化は生まれてこなかった。
夏は暑く、冬は寒い。

命の循環が繰り返される。
どの部分をとっても「生命力」が足りないという事は無いのだ。
気が萎えて精神が落ち込んでいる時期を冬だとすると、その時は球根や種の中に全てが詰まっていて春には芽を出し夏には咲き秋には実るのだから今出来る事をゆっくり無理なくしよう、と思えばいいのである。
気の問題なのであっという間に過ごしやすい春になり自由な夏に早送りしてしまう事も出来る。
時間はあなたのものだ。

誰でもいつでも「生命力」に溢れているのである。
蓋をしている心を外し、積極的にくみ出して呼び起こして自由に使おう。

「生命力」は「愛」となり「知恵」となり「調和」となり「幸福」となってあなたを外からも包む。
壁を作ったり極秘の会員制にしていると充分受け取ることができなくなるので用心しよう。
「本当の愛」はあなたの「生命力」をより輝かせる行為を呼び寄せるのでアンテナを磨き善いものをたくさん受け取ろう。

部屋を明るく表情を明るく言葉を明るくするだけでもアンテナは磨かれる。
「生命力」を意識しなくても無くなってしまう事は無い。
あるものは永遠にあるのである。
見えなくても心配せず「本当のあなた」を発揮しよう。

木が倒れているのにニコニコしていたのではおかしくなったのかと思われるが、「生命力」を信じているとそういう時もあるのだ。
  1. 2007/07/18(水) 21:20:57|
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世界平和

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Love, Peace & Harmony..
Love, Peace & Harmony..
Love, Peace & Harmony..
Love, Peace & Harmony..
Love, Peace & Harmony..
Love, Peace & Harmony..

今朝7月17日NY時間7時11分から一時間”Fire The Grid"に自宅から参加して地球が「愛、平和、調和」で包まれ全てが豊かで幸福である状態を顕現することに波長を合わせた。
私は祈願というよりはヒーリングを送るという言い方が相応しく、素晴らしい真っ白でありながら澄み切った神聖な光が全てを照らし包み込み、暗さは消え去ってしまう汚れは流し落とされるという表現の仕方が相応しいイメージをもって時間が過ぎていったが、実際は言葉にならない体験であった。

私の力も役に立つだろうと参加させていただいたのだが、私のほうが素晴らしいヒーリングを受けてしまったようで、まだ今でも「ふにゃふにゃ」になっていて言葉がすらすら出てこない。

地球はひとつであり、世界はひとつであり、私たちはひとつなのだ。

言葉は必要ない。
どの方法でも瞑想でも祈願でもヒーリングでもゆっくり寝そべって地球を思うだけでも「ひとつ」であった。
限りない「愛」が全てを動かし計り知れない「知恵」に満たされているのである。

あなたは全ての中の「一部分」なのだが、同時に「全ての全て」である。
あなたが地球であり大宇宙なのだ。
だからあなたが常に自分を大切に愛深く行動することが世界平和を顕現する道なのだ。
  1. 2007/07/18(水) 03:03:41|
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自分を大切に

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「私は自分を大切にしています。」とおっしゃる方でも自分の欲求を大切にしているように見えることが多い。

趣味楽しみは大事であるし、新しい事をやってみたり知らない場所に行って観なくては自分の世界は広がらないが、知っていないと取り残されるからという不安から行動していたのでは何時になっても自分を大切にする時間は来ない。

趣味で続けているお稽古事などでも知らず知らず人間関係の複雑さや義務的に生じてくる責任分担などで当初志していたものと常に頭にあってこなさなくてはならないことにずれが生じている場合も多い。

外に求めているものが正しいものであるか、重要であるか、自分の時間と労力を使っても価値のあることか、しっかり見直してみよう。

本当の意味での自己の充実感はただの自己満足では無い。
魂のレベルで喜びを感じているか、満たされている安心感があるか?
向上心はそこから来るのである。
もっとその本当の喜びを地上に顕したい。
一時的な満足よりもずっと深くて分け与えても減るものではないばかりか、さらに増えるものであるという事を知ってもらいたい。

「本当のあなた」は「本当の喜び」「本当の楽しみ」「安心して休養できる場所」をしっかり持ってるのだ。
自分の中に持っているので外に求めているものがそれに見合わないと欲求不満を感じる。
「どうしてわかってくれないんだろう、、」
あなたは心の底では本当の幸せを知っているので押し付けられた形だけの幸せでは満足できていなかったのである。

外側の世界を非難しないで自分の内からジャンジャン「善」を呼び起こす事を始めよう。
あなたの「生命体」は全ての力を持っているのである。
どれだけくみ出しても引っ張り出してもまだまだ充分あふれ出す事ができるのだ。
「生命力」とは生きる力であり、生かす力だ。

気が萎えて来ると森のようなところへ行って生気を養いたくなるのであるが、あなたの中の本当の生命力と自然の生気が呼応してお互いを認め合うので生き生きとしてくるのである。
あなたの中の生命力も花々や木々に影響するのである。
あなたは同じだけ大きいのだ。

「ひとつ」の生命であるというところまで行くと、どっちがどの位生命力を与えたとか受け取ったとかは関係なくなる。
もともと「ひとつ」の力である。
何分の一に分けるということではなく延々と滾々とひとつの源から受け取っているエネルギーである。

自分を大切に考えて地球からエネルギーをもらおう。
宇宙から最大の喜びをもらおう。
地球と「ひとつ」になる。
宇宙と「ひとつ」になる。

道端に咲く花も丹念に育てられた大輪の蘭も同じ生命である。
「ひとつ」の命である。

自分を大切にしなくてはならない。
本当の意味で「自分を大切にする」という事は地球も宇宙も大切にしているという事になるからだ。
そして地上の花も木も蝶も鳥も動物もさらに清まった美しい環境で生き生きと暮らすことが出来るのである。

そんなにすごいことだとは思わなかった、ただ自分の事だけだと思っていた、と思われるであろうが、外の世界はもともと内側の「生命力」が全てを動かしているとわかると簡単につながるのである。
すごいことをしなくても自分を大切に本当の喜びを大切に生きているだけで善いのである。
地上にもう一人完璧に幸福な人が誕生すればその波長で周りがあっという間に明るくなり、幸福が感染し始める。
あなたは知らず知らず世界に貢献する事になるのだ。

その時あなたが永遠に若く美しく輝いて見えるのは言うまでもない。
不思議な事に「ひとつ」である「本当の自分」が出れば出るほど個性的魅力が増すのである。
  1. 2007/07/16(月) 21:54:25|
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嵐が過ぎたら

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自分の中には「全ての全て」があってそこからなんでも引き出せるのだ!
と書かれていてもヤッパリ具体的な方法を知りたい。

具体的な方法となると老若男女そして文化圏によって随分違ってくるので、「簡単に目を閉じて自分の心のふるさとに戻りホーッと安心して生命力を補給し、愛と知恵に満たされている自分を感じましょう」ということになってしまう。
これではまだ具体的でないかも知れない。

正座でお祈りをするべきとか手とか足の組み方がどうでなくてはならないとか色々あるのであるが、形式に関してはどれでも自分にピッタリ合うものでよいはずだ。
私はバスや電車の中でも3分でもいいから落ち着いて自分の中の安心できる自分の世界に居ていただきたいとお伝えしている。
ニューヨークに住んでいると世界中の宗教や生活様式が混じっているので形からはいろうとするとどこか自分の文化に反するとか馴染めない部分が出てくるので、目を閉じて息を繰り返すことだけしていただければ良いという基本に戻ってしまうことになる。
リラックスして横になってもよい。

なるべく簡単でわかりやすいのが善い。
自分が納得しなくてはいけないのだ。
誰かがある方法でそこに到達したので是非同じ事をしたくても自分の場合は違うかもしれない。
次を探してもいいし自分で開発してもいいのだ。

自分は一人しか居ない。
自分の事を大切に考えなくてはいけない。
「本当の自分」とは誰ともそして何とも相反するものでは無いので「本当の自分」を早くもっとたくさん引き出すと自分を大切にしながら調和して生活できるようになる。

現象の世界を見ていると「これだ!」と思ってもそこからまた枝葉が出てきてあれよあれよという間にもっと多くの様式や形式が生まれ出てくる。
何がなんだかわからなくなったら根っこに戻ってしっかり大地に深く生き続けているのはこの部分であると把握しよう。
深く広く長く大きく生き続けているあなたの姿を見よう。

胃の中に蝶々がバタバタしている時でも「本当の自分」はデン!と存在しているのだ。
変わることは無い。
ゆっくり呼吸を繰り返して自分の本質的な素晴らしさを呼び起こそう。

大丈夫!
あなたはいつも永遠に変わらない輝かしい美しい魂の顕現されている存在なのだ。
その魂に名前は付いていないのであるが現在のあなたは現在のあなたを通してこの素晴らしさを表現できるのだ。

嵐が過ぎ去ってホッとしたらまた明るい太陽に顔を向けて新しい一日を始めよう!
「本当のあなた」の明るさは永遠に消えることは無い。
  1. 2007/07/15(日) 22:31:17|
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内側の世界

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あなたには常に毎日最強の味方がついている。
「本当のあなた」という存在である。
あなたの生命体が一瞬も休む事無くあなたに「生命力」を送り続け生きるのに必要なエネルギーはいつでも充分なように送り出ている。

あなたには仲間がたくさんいる。
今存在しているのだ。
目に見えないのだが、あなたのようにどんなに苦しくても、「もうイヤだ!もうだめだ!」と諦めるしかないような深いドン底に落ちたように見えても、最後の最後まで「もしかしたら助かるかもしれない、、もう一日がんばってみよう、、」という状況を体験し、ボロボロになっても暗いトンネルはなんとか抜けられるのだと歩み続けた人たちがいるのだ。

ヨロヨロして本当に危ない目にあったかもしれない。
でも大丈夫!
あなたは回復する!

あなたの「生命体」は「知恵」を送り続けている。
「調和」を送り続けている。
「本当の愛」を送り続けている。
あなたは受け取りすぐに使うことが出来る。

自分だけなんでこんな目に遭わなくてはならないのか、と怒りを覚えるであろう。
誰もわかってくれない、と絶望感を味わうであろう。
でも「生命体」の方からみるとあなたは生き生きと生きるべき素晴らしい人間なのである。
必要なものはすでに宿っているのだ。
「本当の愛」が満ちているのだ。
生きる力は絶える事無く全面的にバックアップしているのである。

こんな惨い辛い状況で感謝など出来るものではないと思われるかもしれないが、今日一日命があったこと、呼吸が繰り返され無事過ごせた事だけでも自分の「生命」に「ありがとう!」と呼びかけてみよう。
ホーッと長いため息を吐いてまず一回今のストレスを外に出そう。
吸う息で新鮮な希望の光が体内に入ってくるのを感じよう。
また息を吐き出し怒りが出て行くのを感じよう。
吸う息で世の中に満ちている素晴らしいアイディアが入ってくるのを感じよう。

「本当の愛」というものは理屈ではない。
だから話してわかるものではない。
「話せばわかる。」というのがモットーの人もいるし実際話しを繰り返して変革を呼び起こす事も多いのだが、その底に「本当の愛」がないときはただの空論になってしまう。
理想論が「本当の愛」ではない。
「本当の愛」が「本当の愛」である。
波長が言葉となり態度となり自分も相手も包み込むのである。
こうであるべきだという高潔な道徳感が「本当の愛」ではない。
「本当の愛」の波長は誰でも幸せに暮らせる「知恵」を呼び起こす。

あなたの最強の味方「生命体」は「本当の愛」そのものの存在なのである。
つまり、あなたには「愛」がピッタリ似合うのだ。
他の感情は「愛」に波長が合わない限りギクシャクして居心地が悪いのでジタバタするのだ。
絶望感などとんでもなく苦しく感じる。
焦りや不安感は持ち続けるのが大変だ。

大きな強い味方が現れるときホッとして「もう大丈夫だ!」と安心できる。
「こんなことでは生きていけない」と思ったら、最後の力を振り絞って生命の輝きを呼び起こそう。
一瞬にして明るくなる。
絶対にそうなるしかないのである。


あなたは回復して一息つくとこんなに大勢仲間がいたのかと目を見張る事になるのである。
孤独だった世界がガラリと変わってしまうのである。
もう大丈夫!
本当にみんなあなたの復帰を待っていたのだ。
あなたはいつでも温かく迎えられるのだ。

あなたの表情が豊かになり瞳が輝き肌に艶が戻り、明るい言葉で楽しい会話が簡単に交わされるようになる。
強く逞しく優しく美しいあなたは仲間と響きあいさらに磨かれ険しい道のりを超えてきたことなど全くどこ吹く風というような軽い柔らかい存在になってしまうのだ。
しかし、広く深い理解が備わったのでどの人の問題も大切でどんな状況にある人でも抜け出せる事もしっかり把握している。
あなたの「本当の愛」と「知恵」を持って素晴らしく導く事が出来るようになる。

幸せとは遠くに大きく存在するものではない。
あなたの心の中に今もうあるものである。
懐中電灯を持ち込んで探してみよう。
光が差せばすぐに見つかる。
幸せな心に明かりが燈ればもう救助隊はいらない。
仲間と手を取り合うだけになる。

しっかりと自分の最強の味方を呼び起こそう。
「本当の自分」とは全てを知っている存在である。
  1. 2007/07/14(土) 22:25:22|
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迷信

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13日の金曜日。
ニューヨークの古いビルではエレベーターのボタンに13の数字がない事が多い。
そのくらい以前は13という数字を忌み嫌っていたのだろう。

宗教や文化の違う人種が増え13は別にどうという事もないという人が多くなってビルの13階だから住むのはイヤだというような迷信が薄れてきたのだろう。
新しいビルには13階がある。

迷信とは面倒くさいものである。

以前ちょっとお洒落のつもりで白い花を髪に挿していたら「それは死者しかしないものだ!すぐ取りなさい!」と中国人の女性に指摘された事がある。
彼女にとっては私が和服の合わせ方を右左間違えて着ているマダム・バタフライを観た時のように「ヒェ!!」となったのである。

形式もしきたりも大切である。
伝統も受け継いで行きたい。
しかし、どこまでやるのが意義のあることか、どこまでしっかり守りどの位柔軟な精神を組み込んでいくかがあなたの自分の人生の幅を広げる鍵になる。

柔らかく生きたい。
硬いとぶつかる。

私たちは大いなる力に守られている。
大自然と調和して生まれてきている。
人工的な縛りはどれで自然な流れとはどういうことか、落ち着いて観察してみよう。
しきたりだった事でも言い伝えだった事でも現在改善できる事はあるか?
何かを守るための囲いのために作られた迷信はもう外してもいいのでは無いか?
中身はもう進化しているのではないか?
世界に照らし合わせてみるとそんなに深い意味のあることでは無いのではないか?

ただいきなり古い習慣を壊してしまうのではない。
愛と知恵を持って見つめなおすのだ。

私たちが幸せに生きていくための調和した波長に影響があるだろうか?
今までの風習が大切で若々しい素晴らしいアイディアを深く理解しようともせず頭から否定していないか?

自分が変わりつつあるとき、まだまだ自分が自分を小さな枠の中に閉じ込めていた事がわかる。
広い心を持っていたつもりなのに狭苦しい了見が誰かを裁き苦しめていた事がわかる。

自分も相手も愛されるべき人間である。
「愛」はもっともっと大きい。
もっと暖かく慈悲深く知恵に満ちている。
ひとつのルールで止まったり流れたりするものではない。

ルールがあるとすれば、「愛し愛される事」が唯一の許された行為だ。
あなたはすでに愛し愛されることを許可されている。
愛に包まれて暮らすことを約束されている。
あなたが「愛そのもの」なので愛する事はもっとも自然の成り行きだし、愛する事しか「愛」は出来ないのである。

そして愛がどう顕現されるかは「知恵」の働きになる。
あなたは「知恵」に満ちているのでポッとよいアイデアが湧いてきて難しく見えた状況でも新しい解決法が生み出されてくる。
前例のない方策でも「知恵」から出てきたものは必ず効力がある。
今までの風習やしきたりを無視するのでは無い。
新しい解決法を提供するのである。

迷信は迷信である。
迷わされてはいけない。

あなたはもっと広くて賢いのだ。
本質を見抜けるのだ。
柔らかく考えて対処しよう。
必ず納得のいく答えが出てくる。

今日も明るく楽しく過ごそう!
眉間に皺を寄せず素晴らしいアイディアがドンドン閃くのを観よう!
あなたは選ばれている唯一の存在だ。
大丈夫!
絶対に迷ってしまう事は無い。
行き着くところは「愛の世界」である。
  1. 2007/07/13(金) 21:43:06|
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深い神聖な力

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誰でも陽気に楽しく暮らしたい。
成長して社交術が備わってくると「明るい人だなあ!」という印象を与えられるようになるが、誰でも弱い部分や見られたくない心を隠し持っているのである。

成長期は体もグングン変化するし、勉学にも励まなくてはならないし、恋愛も生活の一部に登場するし、稽古事やアルバイトや近い将来の生活の事で頭がいっぱいで幼児期に受けた心の傷などに焦点を当てている暇は無い。
そんなものを呼び起こしていたのでは明るい未来は期待できそうもないので、表面の成功をまず追いかける。

一段落すると人生はどうも表面的な成功だけが大切では無いのではないか、一貫した太い線、心の安定が大切なのではないか、と気付き始める。
その頃何かしらのドラマが起り、「自分とはナンだろう? 人生とはナンだろう?」と真剣に考え始める。

周りの人に改めて欲しい態度が目につく。
もっと優しく、幸せに生きていけないものか?
自分は道を求めているのに周りの人はなにも考えずに生きているように見える。
どうしたらいいだろうか?

マザー・テリサは施設を閉めるように強制しにきた警官たちの前で彼らには全く取り合わず、黙々と病人たちの世話をしたのだという。
その愛の深い行動を目撃して警官たちは上司に掛け合い「とてもあそこから追い出すことは出来ません!」とマザー・テリサを承認するように訴えた。
彼女の愛は本物だったので一言も言葉を交わさずに人々を動かしたのである。

自分が「本当の愛」から出発して行動を起こしている時は必ず支持されるのである。
あの人の悪いところを直してやろうというのではなく、全ての人は幸せになるべきだ、善い面が絶対に出てくる!としっかり信じるとついにはそうなるのである。
自分の心が癒され開放され、隠して誤魔化して暮らさなくては辛くていられない自分を解消してしまうと、人の心も見えるのである。
嘘で固めなくても安心して暮らしていけるのに、、と思いやりのある見方が生まれてくる。
誰でも丁寧に扱われると本当に嬉しく思う。
感謝の気持ちが生まれる。

心は変わるのである。
振り回されやすいのであるが光がさしたらすぐに明るくなる。
「本当の自分」は風で吹き飛ばされたり嵐の前で崩れ落ちる事は無い。
風や嵐に関係ないところに存在している。
「本当の自分」はボロボロになった心を癒すことが出来るのである。
健全な心を取り戻す事が出来る。

「本当の自分」に気付くと他の人にも同じくピカピカの純粋な最も美しい魂が宿っていて早くその輝きをもっともっと表面まで出して欲しいと願うようになるのである。
批判するのではない。
誘い水となるのである。
そして自分の愛の波長には硬い心の壁をスイスイ通り抜けてしまう自由で美しい力が備わっていることを知る。

忙しかったあなたの心は穏やかになる。
もっと自由に活躍できるようになる。
人と自分との壁はあるようでないようになってしまう。
言葉を交わしていてもエネルギーの交換になってしまう。
フワッと包み込まれて暖かくなる。

目の前にある事は誠意を持って対処する。
同時に大きな夢の現実化も信じてやまない。
あなたは留まる瞬間は無いのだ。
地球は急回転しているのであなただけ一箇所に止まっている事はありえない。
チャンと進んでいる。
「本当の愛」に速度は無いのだが、一瞬にしてどこにでも通じる。
あなたは寝ているときでも誰かを癒すことが出来る。

難問が起り「自分とはナンだろう? 人生とはナンだろう?」と問うきっかけになった事件は宝くじに当たるよりラッキーだったのだ。
あなたは「本当の自分」に出会い「本当の愛」を手にする結果になってしまう。
そして誰をも癒すことが出来るようになるのだ。

「あの人に早く良くなって欲しい」と思ったらまず自分の「本当の愛」を呼び起こそう。
必ず深い神聖な力が生まれ人を癒すことが出来るようになる。
  1. 2007/07/12(木) 21:29:30|
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リラックス・タイム

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「リラックスする」という事が生活の中にしっかりと入っていない方が多い。
くつろぐとかゆとりを持つというのはある特権階級の人たちのものであくせく暮らすのが当然の過ごし方であると決め付けている方が本当に多い。

そうなるとリラックスして見える人たちに羨望の眼差しを送ってしまうことになる。
「私の生活と随分違う! 何であんなに楽そうなの?」と思ってしまう。
まず初めに人は見かけによらないものだと解って頂こう。

リラックスした時に最高の力が出せるのだ、という事はある程度知識で知っている。
くつろぎの時は心身を休め次の行動の蓄えになるだろうということもわかる気がする。
でも、自分がリラックスした方が良いと把握して毎日3分でもいいから自分のリラックス・タイムを確保している人は何人いるのか?

瞑想をしていてもイライラと今抱えている問題をグルグル頭の中で回想しているときはリラックス・タイムではない。
お友達と過ごしても愚痴や悪口やゴシップばかり話していたのではリラックス・タイムではない。

フッと力を抜いて最も美しい音楽や小鳥のさえずりに身を任せて「ただそのまま」になってみよう。
音楽や小鳥は苦手な方はボーっと夕日を見つめたり、朝陽を浴びて「一体」になってもいい。
一杯のお茶を頂く時、絵画を眺める時、犬と戯れる時、ほかの事を考えずに自分が存在するのも忘れる境地になれる。
自分の大きさも小ささも関係ない瞬間である。

「無になる」などというとカチンコチンになって「無!無!」と頑張ってしまう人が出てくるので、リラックス・タイムとは特別な事でなく、形式もなく、なにも考えなくてホーっと長い息を出しても誰にもとがめられる事のない時間であると知っていただきたい。

これがリラックス・タイムです、という定義は無いのであるが、リラックス・タイムを持っていない人はわかるので是非早く自分のリラックスの仕方を見つけていただきたい。
本当のリラックス・タイムは捌け口では無いので一時的な快楽にひたっている時はリラックスしていない。

のどに力が入ってはいい声は出ない。
体中リラックスしている時本当の響きがかもし出される。。
リラックスした環境で伝授されると難しいテクニックでもかなり早く取得できる。
余分な労力が省かれて必要なところに神経が集中できるからだ。

「リラックスしている暇なんかありません!」という方もリラックス・タイムを取り入れるともっと行動力に効力が増すのをみて頂きたい。
ちょっとした慣れである。
リラックスしてみてから、どちらがいいか決めてみたらどうであろうか?
一日3分でもいいのである。

「自分は不幸だ、次々に問題ばかり起る!」という中で新生児の安らかな寝顔を3分も見ていると、人生とはもっともっと違うものであるという気になってくる。

もしかして、あなたの美しい笑顔を遠巻きに眺めて、同じく人生とはもっともっと素晴らしいものであるかも知れないと感じている人がいるのかも知れない。
あなたのリラックスした姿はすでに「平和」を呼び起こしているのかもしれない。

まずあなたから始めよう。
あなたはリラックスする時間を与えられている。
そうは見えなくてもチャンとあるのだ。
あなたのくつろいだ懐の大きい存在感が波長となって世の中を包むのである。
あなたはリラックスしているのにそれだけで素晴らしい奉仕になっているのだ。
みんなくつろぎの時間を取る事はいい事だとわかる。
お互いが集まったときのリラックスした笑顔が何よりの幸せだ。
心を休めるのは大切だともう一度把握しなおす。

自分のためのリラックス・タイムをしっかりとると世の中の「平和」に貢献している事になってしまうのである。
  1. 2007/07/11(水) 22:03:43|
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善と悪。
どうしてもはっきりさせたい時はある。

しかし人間の体のほとんどは水分なので私たちは流動的にできている。
賢い人ほどはっきり白黒だけでは決まらないのだということを知っている。
かといってうやむやに過ごすのは心が収まらない。
どうしたらいいだろうか?

顕在意識の下には潜在意識があり、そのまた深いところには魂の世界がある。
または、私たちの感じる自分の上により高い自分、ハイヤー・セルフがいて、その上に全ての全ての存在がある。
上に行っても下に言っても人間界では解決できない問題を全く違う観点から掌握してしまう事が出来る。

悪があると思うと「正さねば!」と思うのだが、「善」を呼び起こす事で解決するのだとわかると力を抜いて対処できる。
悪に対しての善ではなくて、善がすっきりと表れていない時に悪がのさばっているように見えるのである。

光がないところが闇に見えるのと同じである。
光さえ表れれば闇は存在の主張を出来ないのである。
一瞬にして消えるしかない。

「悪は無いのだ!」としっかり信じていると浄霊などすぐに出来てしまう。
邪悪な霊などないのである。
みんなすっきり成仏したいだけだ。
あっという間に清清しく綺麗になる。

あなたは「善」そのものなのでなにも怖れる必要は無い。
「善」である自分を毎日の生活に出せば出すほど通常悪だと思われていることは姿を消していく。
潜在意識のお掃除も出来る。
つまり、自分の中に悪があると思って隠し持っていたものでも必要ないのだとわかるのでポイと捨てることになり、「善」である「本当の自分」がゆったりと輝くことが出来るのである。

人の悪も自分の中の悪も「悪い!悪い!」と攻めているうちはとても辛いのである。
痛いし、苦しいのである。
もういいのだ、開放しても!
ごまかしではなく、心の底からあなた自身の「本当の清らかな純粋な愛のみである自分」を引き出すのである。
あなたはもっともっと明るいのである。
光り輝く神聖な「生命」があなたである。

光り輝く神聖なアイディアが「知恵」である。
あなたは「知恵」を持ってなんでも解決できる。
全ては「ひとつ」なので先駆者の知恵を借りてもいいし、子供からヒントをもらってもいい。
モチロンあなたの内側から無限の答えが湧いて出てくる。

あなたは「善そのもの」なので悪を許したくない。
悪を許すのではなく悪が住むことができない心を顕現するのが最も近道なのである。
「平和」を感じる時、悪い人はつまはじきにして善い人たちだけの平和を作ろうとしてもなかなか成り立たない。
「平和」とは「平和」なのである。
全てが一体の状態である。
あなたが「平和」の中で息づき始める時「平和」が顕現される。

あなたは「善」である。
完璧に「善」そのものである。
あなたの魂の世界には悪は無いのである。
  1. 2007/07/10(火) 20:53:07|
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未来の予見

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「未来の予見もしているんですか?」という問い合わせを受ける時がある。
自分の将来を知りたい、観て欲しい、という望みは随分大勢の人が持っている。

私にかかってしまうと「素晴らしい人生が待っています!」というワンパターンであまりお金を払う価値のない答えになってしまう。
だから「未来の予見は基本的にはしません」と答える。

心のお掃除をしていただくと、基から備わっている生きることへの楽しみと自信が備わり、美しさを分かち合う喜びを呼び起こし、時間的感覚が変わり若々しく豊かになってしまうので未来は明るく輝きに満ちている状態になる。
それがピカピカの光の世界のように見えるので「素晴らしい人生が待っています!」ということになる。

こんな私でも誰か伴侶が見つかるだろうか?という見解が、こんなによい波長に満ちている私だから同じ波長で呼び合う人がいるはずだ!何かあっても励まし向上しあって暮らしていけるのだ!と出会う前から次の相手が表れるのを楽しみにワクワクしている状態になってしまう。

今は病気を抱えていて一生薬を上手に使って生きるしかない、と決め付けている方でもある日突然目の前の世界が変わる。
「本当の自分」とは薬や体調で左右されるちっぽけな存在ではないのだ。
あなたの生命力はあなたの生命が保障している。
生き生きと生きる、それが最も本来の姿であるから気が付いたときに気も心もほぐれて安心して「本来の人生」を全うする事が出来る。

あざや傷があってどうも人前に出るのが得意でない、という方もいらっしゃるのだが、あなたの内側の輝きはそんなことで隠せるような弱弱しい光ではないのだ。
「生命の輝き」とは何よりも美しいものである。
そして響くのである。

これは誰も彼もがオリンピック選手のように強靭な体力と運動力を受け取るということではない。
その人に相応しいエレガントで落ち着いた生活状況が整うのだ。
「愛」の行きかう土壌が整備される。
さわやかな歯切れのいい会話が交わされる。
相手の心の中にさらなる明かりを灯す思いやりのある言葉が流れる。
心地よく暖かく信頼して交流できる。

心のふるさとを大切にし、悪感情が湧いた時は人間界にそれを表現する前にまず自分の中の一番優しい平和で安定している自分を呼び起こし対話してみよう。
もう一人の自分はなんでもわかってくれるし、慰めてくれるし、知恵と力を補充してくれる。
傷つく言葉を使っている人にどうしたらそれを言わないように落ち着いて伝えられるかアイディアが湧いてくる。
「本当の自分」は「愛」なので愛に反する行為はとても悲しく感じられるし、「本当の自分」は「真」なので不正な行動は許せないと思う。
本当の意味での「善さ」「正しさ」をわかってもらいたいと思う。

相手を裁くのが目的ではなく一緒に素晴らしい未来をシェアするために今ここで「本当の姿」に戻って欲しいと思う。
「平和」を求めるのではなくて「平和」そのものになって欲しい。

今あなたが出来る事は心のふるさとに戻り、「本来の素晴らしい調和した愛そのものであるあなた」をたっぷりリチャージして現実世界に戻ってくることだ。
その時「将来が観えますか?」と聞かれたら「素晴らしい人生が待っています!」と答えるだろう。
みんな単純に同じ答えに行き着いてしまうのである。

あなたの道は「素晴らしい人生」ロードである。
もう少しゆっくりと見渡してのんびり歩くのもよいかもしれない。

将来が不安になったら「今」の中で現在の自分がどのようにでも選べるのだと知っていただきたい。
なかなか把握しにくいのであるが、押し付けられている人生は無いのである。
あなたは本当の意味での自由をしっかり手にしているのである。

大丈夫!
あなたには素晴らしい人生が待っている!
  1. 2007/07/09(月) 21:43:35|
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才能と運

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世の中の目につくところに出ている方は才能があって充実した人生を送っているように見える。
そして「運が善かったからだ!」と自他共に認めることが多い。

あなたも同じく非常に豊かな才能があり、素晴らしい運に恵まれているのだ。
大衆の目につくところに出るつもりは無いと思っても、豊かな才能を育て、伸ばし、拡げ、深め、愛しむ事は自分に備わっている素晴らしい運を生かすことになるのだ。

「どうもダメな事ばかり続いてしまっている、、」と思う前にそれを選んでやり抜こうとしている立派な自分を賞賛しよう!
ダメだと思うのは「これが理想だ」というイメージに照らし合わせてそこに到達していない、またはスケジュール通りに進行していない自分を卑下したり責めたりしているからだ。

あなたはまずそのままでも美しく愛され生かされている状態なのだ。
そして誰にも劣らないもっとも輝かしい清らかで純粋な魂が生命力を送り続けている。
だから落ちるところは無いのだ。

眠っていても息をし続けているのだ。
ボーっとなにも考えていなくても消化器官は働き体内の温度は調節され、肺は酸素と二酸化炭素をより分けている。
あなたが考えているよりもっと高度で精密な存在があなた自身である。

ちょっとスローダウンして食物を噛んでみると世界中の人々の手を通して野菜や魚や果物が自分の口に今入っているのだと再認識する。
地球の反対側で工夫された調理法のために今この食膳はバラエティに富んだものになっているのだと感謝できる。
誰の知恵で、一体どんな人が勇気を持ってこれを初めに食べる決意をしたのであろうか?というような食物がある。
毎日子供の頃から当たり前に食べていたものが無限の供給の世界だったと驚愕してしまう。

あなたは与えられている。
満たされている。

「そうとは思えない、空っぽにおもえる、、」という方でもたった一人でなにも才能も幸運もなく生きているということは無い。
守護霊も指導霊もいつも傍に控えている。
一人でやり抜かなくては!と思うときもあるのだが、たった一人ぼっちで戦い抜くという事は無いのである。
あなたは初めから調和している存在だからだ。

外の世界に振り回され始めたら急いで自分の中の心のふるさとに戻ってこよう。
安心して安全な平和な調和したエネルギーで疲れた心を満たそう。
休養して疲れた心を暖め優しさと潤いを取り戻そう。
そこには責める人も不安や恐怖を感じなければならない事もない。
あなただけの完璧な光の世界である。
目を閉じて軽く呼吸を繰り返すだけでそこに行ける。
電車やバスに乗ってるときでもできる。
ほっとして眼を開けると世の中の物が輝きを増して微笑みかけているのがわかるだろう。

大丈夫!

あなたは才能の泉であり、幸運の女神の大親友なのである。
  1. 2007/07/08(日) 22:32:12|
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七夕

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縁起よく777と並ぶ日だ。

七夕の伝説はもともと中国のもので幼い頃絵本で読んでもらったり紙芝居で見たものよりもう少し複雑な物語のようだが、愛する二人が引き離されてしまって年に一回だけ逢えるようになった部分は同じである。

二人はお互い一緒に過ごす時間を楽しみすぎて仕事をしなくなってしまったのである。
婚前の恋人同士ならまだわかるが、子供が生まれた後でも自分たちの世界にひたって暮らしていた。

愛する人を大切にし一緒に時を過ごすのは何よりもの楽しみだ。
それなしでは人生は冬の北風に吹きまくられながら涙をこらえて生きていくようなドラマばかりになってしまう。

しかし、私たちには何らかの形で社会に奉仕しなければならない使命がある。
身を犠牲にするのでなく喜びを分かち合い才能を提供してお互いの生活に豊かな色を足していくのだ。
はたを織り美しい模様と肌触りのよい光沢のある豊かな色合いの布を生み出すこと。
羊を飼い毎日外に連れ出して健康に育てそこから生まれる産物を世の中に役立てること。

あなたは小さな労働をしているようでも新しいものを創り出しているのだ。
それが人間界に循環し始める。
微小な自分だけの事であるから少しくらい働かなくても大勢に影響は無いと思ってはいけない。
各自の才能は違うので働きのパターンも違う。
毎日へとへとになるまで働くのが清き正しい生活であると思い込んでしまうと、一日のほとんどを瞑想ですごしている人はなにもろくな事をしていないと思ってしまう。
自分の中から生まれてくる「働き」を重要視しよう。

恋人との時間も大切にしよう。
結婚後も恋人気分の時間を大切にしよう。
全てはバランスの問題である。
どちらかが犠牲になるのでは「生かされていないエネルギー」が溜まるのでいつかは亀裂が走り衝突や爆発が起る。
「誰もが生かされている状態」を意識しよう。
「本当の愛」は全てを包み込むので裁かれるようなことは無い。
「本当の愛」は祝福を呼ぶ。
人々の笑顔が迎えてくれる。

家庭と仕事場。
両方とも愛が循環している場所である。
あなたの「知恵」が絶妙なバランスを教えてくれる。
あなたは愛し愛されながら仕事をし、愛し愛されながら家族に奉仕できる。
さらによいものが流通するようにさらに便利な生活が送れるようにあなたの愛と知恵が世の中を導くのである。
あなたは手本になってしまうのだ。

夜空を見上げて星に願いをかける。
その時満天の星の輝きはあなたに宿りあなたの瞳を煌かせ素晴らしい夜明けの光となって人類を照らし出すのである。
  1. 2007/07/07(土) 21:07:13|
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見通す光

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昨日読んでいた本に、ギリシャの太陽の神ヘリオスは空から光を放って毎日一日中地上を見下ろしているので全ての「真実」を見てしまうのだ、という話があった。
アフロダイテがアレスと密会していたのも見たし、ペルセフォーンを誘拐したのはハダスだったとデメターに報告したのもヘリオスだった。
上から最も明るい光で照らされて観ていられられたら隠し事は出来ないのである。

「光」は「真」であり「本当の姿」である。

天から見ると人間がコソコソやっている事はなんでも見通せるし、それでも人間界に光を降り注ぐ事をやめないのである。
誰でも愛されるべき素晴らしい存在だからだ。

本当のもっとも神々しい光はあなたの中から発せられている。
だからあなたは「本当のあなた」になにもかも見破られているのだ。
それでも「本当のあなた」はひたすら顕在意識で自分だと思っている「あなた」を煌々と照らし続け生命力と愛と知恵と喜びと富と夢を実現する能力を送り続けているのである。

「どうせバレているのならくよくよしないで明るく暮らそう!」と今日からまた新鮮に始めよう。
どこかいけないと思ってその点ばかり「悪い、悪い、、」と思っていてもなかなか消えてなくならないのであるが、「生命体」の方では「そんな事に悩む時間を費やすよりもっと明るく楽しい生活をしなさい」と呼びかけているのだ。

光というものは平等なのである。
公平なのである。
光は混ざってもぶつからない。

スポットライトを5箇所から一人の人に当ててもさらに明るくなるだけで問題はおきない。
5個全部のスポットライトに違う色のジェルをつけても真っ暗になる事は無い。
それらの色の一番調和した状態が表れるだけである。

全くの暗闇というのは徹底的に光を遮らないと出来ない。
「暗い、、、」と思ったら何故暗いのか分析する前にさっさと何か光を遮っているものを外せばいいのである。
陰から一歩でて光の中に身を置けばいいのだ。
「私はまだそのような身分ではありません、」というような言い訳は通用しない。
光は平等で公平なのである。
誰でも今すでに愛されている。

「スポットライトなどはいらない、小さい幸せでいい。」と思われるかもしれないが幸せに大きさは無いのである。
ただ「幸せ!」と感じる瞬間の繰り返しを体験しているのである。
あなたの幸せが大切なのである。

あなたを照らしている光はいつも絶えずに実際にあるのである。
あなたが開いて迎え入れる時あなた自身は満月よりもっと美しく麗しく明るく輝くのだ!

隠し事があなたでは無い。
光があなたなのである。
  1. 2007/07/06(金) 21:24:03|
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解決法

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問題が複雑に見えどう解決したらわからなくなったときこそ「絶対にひとつのスッキリした解決法がある!」と信念を持つことが大切である。
これは個々の人人や物事を一挙に大まかに処理するのとは違う。
本質を見抜き、対応しなければならないのは自分の心の波であると把握するのだ。

同時期に各分野の問題が重なり始める。
仕事場でうまく行っていないことがあり、家族内で手をかけなくてはならないことがあり、近所や親戚に頭痛の原因があり、自分の健康に不安が生じ、入ってくるはずのお金は何故か滞って、、、などなど「なんでこうなるの!!」と叫びたくなるように難しくなってしまった時こそスッと自分の中にはいって「全く大丈夫な自分」が一呼吸一呼吸この世の中を楽しんでいるのを確かめよう。

あなたは大丈夫なのである!
まず落ち着いていただきたい!
あなたは全て解決できるがあなたが力ずくでやり抜かなくても「自分は生かされているのである!」と宣言した時ふと思わぬところから助けが表れ新しい角度で処理法が生まれ、問題だと思っていた人が突然居なくなったり態度を変えたり、裏にあった本当の問題があからさまになりあなたの問題ではないことが解ったりしてあっという間にほぐれていくのである。

問題から逃げ回るとあとでつけになって付いて来るものが大きくなるので「もうヤダ!」と思っても今対処してしまうのがいいのである。
それも人の言いなりになって対処法をこなしていくと時間もかかるし本当に的を得ていることなのかは解らないので、自分の中の「全てを生かす力、本当の愛」から出発して結果は誰のためにもそれが一番いいのだという信念を持つことが必要だ。
切り抜け方が斬新で誰にも理解できない方法だったとしても「本当の愛」は一番の威力を持っているのであるからほんの少したつと周囲は納得してくれるし、感謝されるはずだ。

難しい問題を抱えた時でないと新しい解決法は生まれない。
そっちの方が早くて確実な方法だという事がわかれば世間も徐々についてくる。
しきたりや風習にこだわる人はいきなり変化する事を望まないが、本心では誰だって平和な解決を願っているのである。

手術とは以前はメスを持って切り開く事が多かったのであるが現在ではなるべく問題の箇所だけレーザーで処理するなど流血せずに不必要な傷や痛みを伴わずに行なわれるようになった。
そこだけ対処すればいいのである。
周りまでに痛みや大きな影響を及ぼさずに不必要な部分だけ優しく光で処理している。

私たちの問題は心に非常に強く明るい光を一瞬持ち込むだけで核の部分はポロッと取れてしまうのである。
あとは現象の世界で事務的なことを処理するだけだ。
問題自体は消えているのだ。
「まだ問題が残っている、目に見える。」と思ってもあなたが信じる度合いにより目に見えて整ってくる時間が変わってくる。

ひとつの問題ならまだしも3つも4つも抱えている時はこの手を使うしかない。
必ず一発で解決する。
すごく早い。
といっても信じ続けなくてはならない。
あなたは「本当の愛」を世の中に紹介しているのだ。
「本当の愛」を持って誰のためにも一番よい結果を提供しているのだ。
モチロンあなたのためにも最高の結果が生じる。
いよいよ今まで待っていた本当の喜びを体験する時が来た!

どうしてここまでチャレンジが続くのかな、と思ったらあなたはさらに選ばれて磨かれている人なので、こんな状況に置かれてもさらっと全部片付けてしまったという記録が必要だったのだと解っていただきたい。
あなたは出来るのである!
歯を食いしばらなくてもあっさりとやり抜けるのだ。
あなたの中から湧き出てくる愛と知恵を今こそ堂々と使うチャンスだ。
「あ、そうやって使うのか!」と周囲の人が真似をし始める良い機会なのである。

「本当の自分」を信じよう。
「本当の自分」は「本当の愛」のみの存在である。
  1. 2007/07/05(木) 21:46:52|
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灯火

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今日はアメリカ合衆国の独立記念日である。

動物たちは子供が一人前にえさを捕獲できるようになるまでしっかりと見届け巣立たせる。
人間界はもう少し複雑で成人した後でも親に頼ったり、もしくは老後の世話を子供に頼ったりしている。
すっきり独立する状況にないようだ。

私たちは個々の存在であり「ひとつ」の存在である。
たった一つの種火で一億本のろうそくに火をつけることができる。
この場合一本一本のロウソクは独自の存在であるが火は出所がひとつだ。

「独自」の存在、つまりたった一人しかいない自分であり、全てとつながっている「ひとつ」の存在である。

他のロウソクが赤々と燃えているので自分の炎は目立たないように小さくしておこう、などということは出来ない。
それぞれ赤々と美しく火を灯しているのである。
独自でも闇に光を提供でき、何本もそろうとさらに輝きを増すのだ。
炎と炎を寄せるとひとつの炎になってしまう。
「ひとつ」に戻ってしまう。

あなたは消えることのない神聖な光だ。
一人でも美しく照らしだす事が出来るし、集団ではもっと明るく燃え盛る光となる。
そして一人に戻っても同じなのである。
威力が衰えたり重要性が欠落する事は無い。
ただ燃えている美しい光だ。

「ちょっと暗いな、、」と思ったら明るい友達を呼ぼう。
自分の灯が小さくなったと思っても灯は灯なのである。
条件が揃えば一瞬にして燃え上がる。
ダメな灯というのはないのである。

暖かさを感じよう。
明るさを取り戻そう。
美しさを呼び返そう。

あなたは世の中の光そのものなのである。
  1. 2007/07/04(水) 22:22:34|
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Body, Mind & Spirit

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Body, Mind & Spirit.

どれかひとつ否定しても成り立たない。
体だけがあなたではなく、意識だけがあなたではなく、生命体だけがあなたではない。

体が健康なのはすばらしいが、患っている時でも劣っているわけではない。
意識の世界だけを大切にしても全体を見逃しているし、見えない「本当の自分」を霊として拝んでもちょっと外れている。
全部で一人のあなただ。

境目を忘れるくらいに三つが融合している状態が望ましい。
調和が見え始めると食べ物の好みが変わり、薬剤がいらなくなり、特殊な方法を取らなくても意識を柔らかく安定させ、自分の中の「本当の自分」を呼び起こすようになる。

体に「知恵」が溢れているのが解る。
心に「愛」が満ちているのが解る。
本当の自分は変わらないのだとわかる。

どんなに深く入っていっても自分の中だから安心しいられる。
「本当の自分」の答えなので安心して実行できる。
「本当の自分」は肉体に宿っている自分を欺くわけがない。
一体なのだ。

身体の輝きも否定してはならない。
心の輝きも隠してはならない。
何より「本当の自分」の光はさらに磨きをかけて全てを照らし出したい。

あなたを見るだけで楽しくなる。
一緒に考えて楽しみを増やしたくなる。
「ひとつ」なのだとわかる部分まで到達するとこの世のものでは無い喜びまで味わえる。

全部流動的なものだ。
これでなければいけないという規則は無い。
「愛」でなければいけないといいたいところだが、「本当の愛」には定義がない。

あなたが「本当の愛」そのままである。
だからあなたに規則は無い。
無限に幸せになってよいのである。
こういう幸せとか、ああいう幸せなどと限った比べ方はしなくてよい。
どの瞬間の幸せも幸せなのである。
幸せの大きさ比べも出来る事ではない。

鏡を見てみよう。
あなたのスピリットが瞳に輝き、心が躍っているのを観よう。

Body, Mind & Spirit.
全部大切なのである。
自分を大切にしていると三つとも同時に生かされてあらゆることが可能になるのである。
  1. 2007/07/04(水) 06:48:34|
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真っ白いキャンバスの前に立って光の絵を描くことにした。
光に一番近い色なので真っ白の絵の具をたっぷり使うことにした。
隅から隅まで丁寧に光で溢れるように描きあげた。
ところが「光そのまま」の光景は白紙に見える。
このまま発表したのではこれがなんだか説明しなくてはならない。
質問攻めにあうだろう。

そこでプリズムを使って7つの色を手に入れた。
もともとは「ひとつ」なのだが説明が面倒くさいから分けてみたのだ。
7つもあると今度は描かれだされる絵の可能性は無限になった。
7つの中の一色だけ使ってもいいし、全部使ってもいいし、重なったところはもっとバリエーションのある色に見えてくる。

なぜか光り輝く光景も描きやすくなる。
雲を通り抜けてくる日光の美しさは心を打たれる。
朝露を浴びた森の木々の葉に閃く輝きがかもし出される。
少女の瞳も肌も輝いている。

色気がないと面白みがないと思われる。
それでは色がいいのかと思って色の方にばかり走るとどうも何かが足りなくなる。
色は色があって初めて輝きを表せるものなので「光」を顕す時一番生きてくるのだ。

自分の特色を充分に表現していると美しく輝くのである。
持って生まれた色合いである。
独自の色である。
「無」になろうとして表情も暮らしもモノトーンにしようとしても「光り輝く状態」に近づいているとはいえない。
切り捨てるのはいらないお荷物であって、本来の個性を否定するのは賢くない。

不必要に自分の上にさらに色をつけまくるのも賢くない。
あなたはそのままで美しいのだ。
人に似合う色が自分にも必要だと思わなくて善い。
反対に押し付けられた色だけで暮らす必要もなく、自分の意志で開発してよい。

「色々あって大変なんです,,」という人は多いが、色々あるから面白いのだ。
真っ白を出されたら「なんだか何もない、、」と自分の生活が見えてこない。
だから解りやすいように色々に見えてくる。

楽器の音色も全部違うし奏でる人の心によりさらに特別な艶が出る。
肌にも声にも色があり全く同じ人は二人としていない。

華麗なる清らかな天下唯一の色を持ち備えているのがあなただ。
天女のごとく夢のような色の衣に身を包んで舞い踊り、さわやかに歌い楽しむ。
天童のごとく軽やかに笑い、遊び戯れる。

あなたの色はあなたのものだ。
「こんな色の人はいないから、、、」といって発表せずにいたら一生終わってしまう。
みんなユニークなのである。
独自の色を勇気を持って発表した人が賞賛される。
どの花も美しいので色々な花が咲き乱れている庭園はさらに豪華に見えるのである。
一輪だけ賞賛されるという事ではない。
同時に素晴らしいのだ。

あなたの奥底の光がこの世に現れるのには色が必要だったのだ。
研ぎ澄まされていくと輝きが増す。
今自由に表現していただきたい。
時は「今」しかないのだから。
  1. 2007/07/02(月) 22:04:51|
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悪い夢

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全ての人の魂は輝かしい純粋な清らかな光であるという事は変わらないのである。
ピカピカの状態である。

「自分だけは違う、自分だけはまだそんな境地にはいけない、まだ支払いが残っている、許されない部分がある」と思うのは勝手だが、「生命体」の方ではそんなあなたの心情は関係ないのだ。
生き生きと輝いているのである。

ほっと溶ける瞬間が来る。
ほどける。

自分が「これではいけない何とかしなくては!」と思っていた事柄は自分が積み立てた汚れのようなものだと思っていたかもしれないが、基をただすともっともっと前からの因縁かもしれない。
あまり古くて誰がどう関わっていたのかわからないので、「じゃあ、ここで白紙に戻そう、新しく始めよう。」と考える事も出来る。
意識的に人を苦しめて「新しく始めよう!」と持ちかけるのではない。
自分の中のの自分に話しかけるのである。

世の中には凄く賢い人が多くて自分の悪癖を分析したがる。
内容がわかればそれを克服できると思うからである。
それも大変立派な行為であるし、それさえも出来ない方も多いのだから尊い褒めるべき態度なのであるが、「もういいのだ、悩まなくても!」という瞬間が来たら何故悩まなくていいのか分析せずにさっさと悩むのを止めればいいのだ。

そして何がどう次に繰り広げられるか、安心してエンジョイしていただきたい。
苦しむのはもう充分やったのである。
これからはどこまで楽しめるかが問題である。
幸せになっていいのである。

苦しみ続けても賞状はもらえない。
通り抜けた時、ゴールのテープを切ったとき、世の中は祝福してくれる。
マラソンというのはなんだか走るだけの辛い行為に思えるのだが、ただ苦しく辛いだけのことだったらわざわざ何万人もの人が自主的に参加するわけがないのだ。
走るのが喜びの人が走っている。

人生もただ苦しくて困難ばかりの場所であったらわざわざ霊界から降りてきて人間の体内に宿るはずがないのだ。
生きるのが喜びで生きている。

そしてそれを発見する喜びもパッケージの一つに入っているので自分を複雑に組み立てている方は整理をしてみて早く自分の中に「本当の喜び」を見出していただきたい。
「本当の喜び」を忘れて生まれてきている人はいない。
だから忘れていると思ったら思い出せばいいのである。
あなたの中にあるのだから。

今日も朝日が昇る。
あなたは目覚める。
悪夢は目が覚めた瞬間消える。
消えたものは分析しなくてよい。
「ああ、悪い夢だった、でも明るい朝がきてよかった!」と微笑むだけでよい。

あなたは守られている。
愛されている。
生かされている。

今日の微笑が新しい夜明けの陽である。
毎日が新鮮なスタートである。
あなたは生きている!
  1. 2007/07/01(日) 23:01:37|
  2. 癒し、ヒーリング
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気は心

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気は心。
満月が過ぎると気の流れが変わる。
心も変わってくる。

パンパンに破裂しそうだった心の中に少しゆとりが出来る。
同じ問題があってなにも進行していないようでも、なんだか大丈夫なような気がしてくる。
心とは変わるものだ。

あなたの心が変わり続けても「本当の自分」は変わらない。
だから、「自分とは一体なんであろうか? なんで気が変わってしまったのであろうか?」と悩む時間はもったいない。
「本当の自分」は変わらないし、心の上での自分の表れは常時変わるのである。

現実の問題が目の前で繰り広げられている時「本当の自分」とかけ離れすぎていると感じる事があるのだが、「本当の自分」がいなくなってしまうことは無い。
あなたはあなたとして「知恵」を持って行動し続けるのが一番の正解である。

「自分らしくなかったな、、」と思ったら「自分らしい」という事が「本当の自分」を指しているのだからその時ちょっと方策を考えて次に同じような場面に遭遇したらもっと自分らしく振舞えるようにすればいい。
くよくよしないで前を見よう。
まだまだたくさんチャンスはあるし、雲が晴れたときの素晴らしさはまた一段と清清しいのである。

「あの人の心が解らない、、」というのも同じである。
その人自身あまり解っていない事がある。
だから心を追いかけるよりその人の本性である「素晴らしい輝かしい生命」に呼びかけるのが早いのである。
どうもそれでは時間がかかりそうだと思っても最終的には近道なのである。

「本当の自分」から発している人は色々な行動をとることが多いので心を見抜こうとしてもなんだかわけが解らないという事にもなる。
「自由」なのでどの方面にでもスタスタ出かけてしまう。
枠がないのでどの分野の話題でもスイスイ泳ぎ抜いてしまう。

こちらが枠を持って捉えようとしていなかったか、ちょっと気をつけてみよう。
目立ちたいから奇抜な事をするというのと、滲み出てくる個性とは違う事だ。
「本当の自由」は「調和」しているので誰をも傷つけることは無い。

花は咲いたあと枯れるが次は実がなる。
状態が変わっていても次の準備なのだ。
花だけ待っている人や実だけ待っている人は待ち時間が凄く苦痛になる。
悩んでいる時も楽しんでいる時も同じあなたなのだ。
「本当のあなた」は咲いたり枯れたり実ったりしない。
ただ美しくそのまま存在している。

大きく深呼吸してまた始めよう。
「本当のあなた」を悩ますものは何もないのである。
  1. 2007/07/01(日) 01:00:02|
  2. 癒し、ヒーリング
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Liyako

Author:Liyako
松田利也子 Liyako Matsuda
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