利也子の日記

スピリチャル ヒーラーとしての活動や文筆物。

奇跡的なこと

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人生の節目で奇跡的なことを体験してきた方はいつの間にかそれになれてしまい、「なんだか最近はすごいことが起こらない、、」と潜在意識的にガッカリしている事がある。
自分は何か素晴らしい事が起こるのを抑えてしまっているのであろうか、と疑ってみたりもする。

普通に幸せなのが一番よいのだ。
何も起らずに穏やかに暮らせるのだ良いのだ。

ゆっくり落ち着いたときに一つ一つ、そして一人一人の価値が解り、感謝の念が湧いてくるのである。
スーパーマンのように高いところから落ちている最中にキャッチしてくれ安全なところまで送り届けてくれるのもすごく嬉しいし特別扱いを受けたような気がする。
しかし、日常の中で本心から喜べる特別なものを見出し育て続けられる事が幸せなのである。

「幸せ」の定義は難しい。
達成感が必要なときも多い。
正しい誰かが持ってきてくれると思ってソウルメイト探しに夢中になることもある。

あなたの中の「本当の幸福感」が充実している時はどんな困難な状況に遭遇しても裏側に隠されている「真」を観ることが出来る。

あなたの幸福感を深めるためにプレゼントは何重にも包まれていて中身が見えないようになっている。
段々外側が剥がれてきた時に、「あ、もしかしてこれかな? あれかな?」というワクワクした期待が生まれる。
そしてさらに大きなサプライズが隠されている。
到達した時の喜びは何十倍にも膨らむように組み立てられていたのだ。

開けるのが難しい箱に入っているとそれだけでもチャレンジのように感じてしまう。
「ただそのまま渡してくれればよかったのに、、」と文句をいいたくなる。
でも頭を使ったお陰で楽しさが増えたのだ。

賢い子供たちはクイズに対して大人が直ぐ答えをいってしまうのを嫌う。
自分が正しい答えまでたどり着いてみたいのだ。

いつも直ぐ答えを知らされるとなると自分で考える事はしなくなってしまう。
参考書でも最後のページの答えを先に見るようになってしまう。
優しく扱われているようでも生長にはつながっていない。

定時になると食事が出されるという生活を続けていると、世界中どこに行っても誰でも同じく決められた時間に食事をしているのだと思ってしまう。

「幸せ」は外からはやって来ないものだが、外的影響があって初めて内側の自分の満足感や達成感が読み取れるのである。
より「幸せ」に敏感な自分を育てるために心の内側に入って行き、今まで何と何を大切に生きてきたか、あと何と何を欲しているか、チェックリストを作ってみよう。
欲しいものは何で、絶対に必要なものは何か?

何のために欲しいのか?
何のために必要なのか?

自分のために必要なのか?
それとも誰かのために必要なのか?
誰かのプライドや満足感のために必要なのか?
それとも誰かの健康や成功のために必要なのか?

自分の心の充実感のために必要なことと他のための比重はどうであろうか?

奇跡がおこると「すごい!」という反応や話題性が集まり、勲章が増えるような気がする。
でも、それは「幸せ」と一致しているかどうかはわからない。

あなたは「本当の自分」を持っている。
「本当の自分」は小さなプライドのために振り回されることは無い。
「幸福」そのもののバイブレーションが「本当の自分」である。
「本当の自分」を正直に出せれば出せるほど「本当の幸せ」に通じるのである。
まだもっと深いものであったとか、まだもっと高いものであるとか、その時々で自分の価値が広がる感じがする。
自分をよりよく評価できる事ほど幸せな事は無い。

「私は素晴らしいのだ!」と鏡に向かっていってみよう。
恥ずかしがり屋のあなたでも、どこからか「そうなのだ!」というエコーが返ってくる。
曇っていた心は澄み清められ始める。
「本当のあなた」が顔を見せ始める。

極端な出来事を繰り返さなくても「幸せ」を感じる事の出来る「本当のあなた」が輝かしく生活し始める。
自分らしく生きられて本当に良かったとホッとできる。

ふと気がつくと毎日奇跡的なことをこなしているのである。
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  1. 2007/09/30(日) 23:56:28|
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足を大きく開いてしっかり立ち、両手を真横に真っ直ぐ広げて、頭を地面に垂直にのばそう。
5方向に「う~ん!」と身体を伸ばす。

頭は天に、両手は地平線に、そして両足は大地にズンズン同化して行く。

あなたは「大」になる。

偉大なあなた。
大いなるあなた。
絶大なあなた。

宇宙で輝く星のようにどの方向にもエネルギーを放出し、どの方角からも素晴らしいセンセーションを受け取ることが出来る。

あなたが大きいのだということを知るチャンスだ。
横になっているときでも「大の字」になってみよう。
大きく大きく広がっていく自分を感じよう。

地球と一体になり宇宙とともに息づいている自分が居る。

「大」になったまま5方向にグングン生長している自分を感じよう。
大地の中に大木のように根付き、世界中の誰とでも手をつなぎ、雲を突き抜けて天の与えられるすべてのものを受け取っている自分を観よう。

あなたは大きいのである。

指先までがあなたではない。
その先に電磁気のような生命エネルギーが流れ出ている。
頭の上にも足の下にもまだあなたの世界が広がっているのだ。

自分が小さく感じられる時は縮こまって膝を抱えてしまう。
弱弱しく思えるときはうつむいて歩いてしまう。
天も地も水平線の先の丸い地球の上のすべてのものもつながっているのだと解るには簡単なエクセサイズが必要だ。

ただ足を肩幅より大きく開き、真っ直ぐに立ち大きく横に手を広げて「大」になるだけで良い。
5分間身体が「大」になっていたら、心も「大」になってくる。

ゆっくり呼吸を繰り返して何を感じるかやってみよう。

あなたの大きさは限りのないものである。
どこまでも大きい。

大きいあなたは誰とでも何とでもつながっている。
あなたの素晴らしさがこの世界に満ちている素晴らしいものを引き寄せる。

大きく大きくなってみよう!
今日はますます楽しくなる!
  1. 2007/09/29(土) 22:24:06|
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進んでいるあなた

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一回の人生で色々とこなそうという青写真を持って生まれてきている人は環境の場面転換が多いのである。

なるべく多くの体験を積みたいと深いところで思っているので現象の世界では「まだ充分準備ができていない!」と思うようなときにでも次のシーンに移り登場人物が増えたり減ったり急激にシナリオが変わる。

本当は自分自身の呼び寄せている事だ、といわれてもなんだか納得できない。
随分極端な動きばかりである。
でも、あなたは本当に一つ一つこなしたくてその状況に身をおいたのである。
早く抜け出そうとしたら学べる事を見逃しているかもしれないのである。
でも屈辱感や絶望感に屈してしまうのはもっとよくない。
敗北感も長い間味わうものではない。

暗い感情はあらためて「光」を再認識するための設定なのであった。
自分自身で自分の中にある最も美しい「光」を呼び起こす事が出来るのだと実験しているのだ。

「本当のあなた」は影のない強い「光」なのである。
「本当のあなた」を認識するにはただ燦々と明るい環境に身を置いていては「光」の必要性も感じないのであるから、一旦真っ暗闇に自分を置いてみているのである。
そこで一条の光が見えてホッとしたり、または急にスポットライトが当たってビックリしたり、ホワーッと朝陽が出てくるのを感動して眺めたりしているのだ。

あなたは限りない可能性を追求しているのだ。

どのようなバリエーションで自分の本来の輝きをかもし出せるか、その光が目の前に現れるために取り除けるカーテンやブラインドがあるか、徹底的に調査しているのだ。

あなたは個性的なのである。
みんなの素晴らしい「光」は同じだとしても表現の仕方は違うのである。
あなたならではのユニークさで世界を照らし出す事が出来るのである。

「光」は重なるともっと輝きを増すだけである。
だからあなたは誰の光とでもブレンドできるのだ。
でも個性は消えないのである。
よりオリジナルな状況や環境が生まれてくるのである。

「本当の愛」はすべての善き事を生み出すことが出来る。
「本当の愛」はあなたを生み出した。
あなたの魂の血と肉は「本当の愛」から出来ている。

だから「本当の愛」を食したくなるのである。
出すものも入れるものも「本当の愛」がピッタリ自分に合うのだ。
偽物はどうもギクシャクする。
消化できない。
だから早く出してしまってスッキリさせよう。
「光」が消化剤だ。
闇は光の前では存在できない。
一瞬で消えるしか脳がないのだ。

「本当の愛」も「光」も「本当の自分」もみんな同じものである。
でも言葉にしたときにすこし役割が変化する。
愛は暖め癒し育み、光は明るく照らし、「本当の自分」は真と善を持った最も豊かな色合いのなんでも出来る自分である。
すべて心を包み守り満たしてくれる。

「知恵」も湧き出てくる。
溢れ出てくる。
あなたの中に限りなくあるものだからだ。
窮屈に押し込められた時こそもっと呼び起こさなくてはならない。
「知恵」も「光」であり「愛」なのである。
言葉にすると使用範囲が違うようだが、結局ひとつのものだ。

あなたはすべての最も素晴らしいものの宝庫なのだ。
気がついていないときに、一つずつこなしていけるように、色々な表現があり、様々な方策があるのである。

たくさんの経験を一回の人生が提供してくれるのでやりがいがあるのだ。
あなたは進んでいるのである。
でもあなたにとっては当たり前のことなのだ。
進む事に興味があるからだ。
繰り返しのように見えてもただの復習テストである。
あなたは現在の状況から卒業する。

もう切り抜けた事のある出来事はコーチの役に回れる。
監督にもなれる。
あなたは深く広く体験しているので誰からも信頼される事になるのだ。

「チョッと欲張ってあれこれやりすぎているかな?」と思ったら一休みして見直そう。
優先順位をつけて一つ一つしっかりこなそう。
今やっている事は無駄にはならないのである。

あなたは進んでいるのだ。
  1. 2007/09/28(金) 22:03:32|
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相性と未来の予見

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昨日も問い合わせの電話を頂いたが、「相性を見たり未来の予言をする事はしません、自分の中の迷いを取り去ると自分で決められるようになるのです。」とお伝えすると電話の相手は興味が違うとの事で切ってしまった。

相性や近い将来の予測を知りたいのは本当によく解る。
しかし、気に入っている人と相性が全く合わなかったり近い将来大きなチャレンジが待ち構えているという事を伝えられたらどうなのだろうか?

俗に言う相性の合わない人と暮らしたお陰で学んだレッスンは多い。
チャレンジが重なったお陰で強く大きくなった自分がわかる。
もちろん困難を望んだ訳でもないのだが、結果的には良かったのだとあとで解るのだ。

穏やかなゆとりのある暮らしは誰でも願っている事だ。

私がセッションで提供できるのは「穏やかでゆとりのある自分」をまずゆっくり感じていただくことである。
そしてその後の日常でどうもがんじがらめになっていると思ったとき直ぐに思い出していただいて心のふるさとに戻り「本当の自分」を呼び出していただくことだ。

不安を取り去る。
不安の元になっている「どうかなってしまったらどうしよう、、」という漠然とした恐怖心を解いてしまう。
そのほうが先決なのである。

最終的には相性の悪い人や困難な未来というのは無いのであるが、「そんなことでは将来が危ない!」という声が内からも外からも聞こえてくると全く落ち着かなくなってしまう。
しかも、結婚相手となると本当に自分にピッタリ合う人と結ばれたい。

これから付き合いを始めたり、さらには結婚をする事を考えている相手はロマンチックな雰囲気を壊すのはイヤでもすこし突っ込んだ質問をして相手の考え方やお金の使い方を把握してみよう。
正直に話してくれなくても聞くだけ聞いて反応を見よう。
あなたも改める部分があるかもしれない。
二人というのは両側通行の関係になるのだから良い部分を引き出し向上すべき部分は焦点を定めてどうアプローチしたらいいか検討してみよう。
答えはひとつだけでは無い事が多い。

近い将来の事は知りたいし、遠い未来の事も出来れば保障して欲しい。
遠い未来は「地球は美しい平和な星で現在より人口は減るがそれぞれの寿命は延び明るく幸福に暮らしている。」というのが多くの人々の観ていることだ。

しかし、近い将来の事は今の自分が決めることだ。
重かった過去を清算し、今後はすっきり軽く明るく生きたい。
今まで起った出来事は変えられないにしてもそれに付随していた重い感情は捨て去りたい。
お掃除したい。
誰かに出来ればバキューム・クリーナーで吸い取って欲しい。

強力な吸い取り機が見つかるまでは自分で毎日少しずつ「本当の自分」を呼び起こす時間をとり、「愛」と「光」が底の底から湧き上がってくる時に不浄なものが流れ出し心の外に出てしまうようにしよう。
古い感情をもう一度味わってしまうように思うがこれで片付くのだ。
あなたはその感情から開放される。

綺麗になったところに本当の喜びが生まれてくる。
「愛」と「光」は喜びの波長なのだ。

それは「本当の自分」がもともと持っているものだった。
汚れが取れるときらめきを取り戻した宝石のように輝き始めるのだ。
宝石の価値は埃をかぶっていても変わらないのであるが、輝きは磨けば磨くほど美しく華やかになる。

あなたは豪華に輝く。
本当の美しさも喜びもあなたのものだったのである。

見違えるほど光を放っているあなたに相応しい相手はやはり豪華に輝いている。
同じ波長が相手を呼びつけるのだ。

この「生命の輝き」が近い将来のあなたの生活も約束してくれる。
今まで失敗に見えた事はただのきざはしであった。
チョッとずつ高く登っていたのだ。
あなたの素晴らしい波長がもっと遠くにも届くように地盤を固めながら上に上がっていたのだ。

あなたは輝かしい気高い存在である。
まだ見えていないと思ったら光をもっともち出そう。
必ずドンドン見えてくる。

素晴らしい相手が現れる。
ピッタリの仕事が見つかる。
住み心地のよい家が手に入る。
健康で明るい家庭が甦る。
お金もドンドン入ってくる。

仲間がいる。
同じく磨かれている。
サングラスをかけていては真の輝きは見えない。
澄み切った心の目で見つめてみよう。
誰でも素晴らしいピカピカの魂である。

愛、美、光、善、どの言葉でもいいから自分に呼びかけてみよう。
愛なる自分。
美なる自分。
光なる自分。
善なる自分。
寝ボケ眼でも呼び起こされて顔を出し始める。
はっきり目覚めると活動が始まる。

今日のあなたが昨日より輝いているのがしっかり解る時が来た!
  1. 2007/09/28(金) 04:42:02|
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愛と光の繭

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"In my heart, I am connected to all the love, light and goodness that exists in the Universe.
The infinite power of love that created me is within me and is looking after me every single second of my life - whether I'm aware of it or not.
I now expand the light that is within my heart so that it completely surrounds me and protects me.
I am now completely safe in my cocoon of love and light."

これはジョナサン・ケイナー氏がアシスタントを通して私に送ってくださった長いメールの一部分で
「ご自分のスピリットの強化と自分自身の保養のために寝る前に目を閉じてこのような言葉を自分に言い聞かせてください。」というとても優しく思いやりの深いお言葉である。

私の心の中で、私はすべての愛、光、宇宙に存在する善きものにつながっている。
私を創造した愛の無限の力は私の中にあり、私の人生を一秒ずつ私が気がついていようがいまいが、見守ってくれている。
私は今心の中の光を拡げそれが完璧に私を囲み守ってくれるようにする。
私は今愛と光の繭の中で全く安全である。

気がついていようが、忘れていようが、
考えたこともなかったと思おうが、
私たちを作り出してくれた限りない愛の力は私たちを産みっ放しにしているのではなく、毎秒毎秒、どの瞬間もしっかり見守っていてくださるのである。

気持ちを改めてもっと自発的に呼び起こして感謝すると、萎えていた気がまた満ち始め、フレッシュなアイディアが浮かび始め、体力が戻り、過去は清算して新しい人生の幕開けを迎えられるのである。

いつでも見守られていたのだ。
「どうしてこんな目に遭うのだろう、、」という時でも愛は消えていないのであった。
落ち着いてゆっくり見回してみると困難な状況の中でも「知恵」が満ちており、視野を変えてみると驚くほどの情報が与えられており、解決法も解消法も見えてくるのである。

まず自分は時間をとって自分に話しかけこの素晴らしい「愛と光」を使って自らを包み、癒し、強化していいのだと知ろう。

あなたの心の中は大宇宙がもたらしてくれる善きものとしっかりつながっているのだ。

あなたは人間の感情に繊細で敏感なために大きな愛と光を忘れがちになっていたのだ。
自分を暖かい愛と光の繭の中に入れしっかりと癒そう。
充分に栄養を補給しよう。

疲れたら休む。
そして保養した後また始めよう。

大きな完璧な力である「本当のあなた」は一度も疲れたことは無いのであるが、肉体に伴っている精神は地上の重力を感じるのである。
それも段々心の重荷を捨てるのとともに軽くなっていく。

自分を責めずに、落ち着いて「本当の自分」を取り戻そう。
あなたはいつもこの宇宙全体を作り出した力とつながっているのである。
  1. 2007/09/26(水) 21:33:57|
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自然のジェスチャー

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愛の暖かさはいつでも変わらないのであるが、「寒いな、」と思ったときに毛布をかけてもらった時のような暖かさは優しさとありがたさを感じる。

「寂しいな、」と思ったときさっとそばに来てくれる家族や友達は暖かさを感じる。

「本当の愛」はどこにでも満ちているのだが、ちょっとした波が自分の状況を変えた時「チャンとここに居ますよ、、」とさりげなく存在感を示してくれる。
「ああ、そうだった、一人ではないのだ、、」とほっとする。

それが赤の他人の行為であろうと家族や親友の行動であろうと同じなのだ。
愛から発している行動は無言で暖かさを伝えてくれる。

カッカと燃え盛る太陽の下では「暖かみ」を求めない。
涼しく過ごせるほうが善い。

季節が変わると何を求めるかが変わってしまう。

年令が変わると何を求めるかが変わってしまう。

今出来る事、今表現すべき事、今楽しめる事は今しよう。
次の段階が来て興味やチャレンジの目標が変わってしまってもいいのだ。
さらに高く登りたいと思っていたあなたがさらに深く掘り下げたくなる。
どちらでも幅が増えるのだ。
さらに遠くへ目を向けていたあなたは「ナンだ、すべてここにあるじゃないか!」と自分の中にあるものを発見する。

灯台下暗しだ。
あなたの真下にあったのだ。

心の中に答えがあったのだ。
生まれてきたことが答えだった。
あなたは生きているのだ。
「生命」を持っている。
理屈ではなく、チャンと息をしているのだ。
そしてそれが素晴らしい事なのだ。

誰にも真似の出来ない世界でたった一つの人生である。
「本当の愛」にサポートされている貴重な人生だ。

寒くなったり、寂しくなったりした時ポッと暖かみを感じる。
「あ、なんだ、みんな同じなのだ、みんな優しさと暖かみが嬉しいのだ!」と再認識する。
慣れすぎているとつい忘れるので色々な形で「本当の愛」の流通を促すきっかけを作っているのだ。

流れを止めている人は恐れずにバリケードを外そう。
もう傷ついた心は癒されるときが来た。
暖かい優しい美しい真心のこもった言葉や行為を素直に受け入れよう。

まず自分の心の中へ入って行き、本当に純粋で素直な自分を呼び起こそう。
穢れのない最も美しい「本当のあなた」は確実に存在しているのである。
その「本当の自分」に響き渡るメッセージであったら心のドアを開いてよい。

表面の巧みな話術や親切そうな態度で何かに嵌ってしまった過去のある方は「今度は騙されないぞ!」としっかり鍵をかけてしまってあるのであるが、やはり心の底では本当の意味での優しさや暖かみに触れたいという願いを捨てきっていないのである。
「本当の自分」は知っているからだ。
あなたは幸せになっていいのだ。
体感していいのだ。
「本当の愛」を交流させていいのだ。
真心を持って接していいのだ。
「本当の自分」は傷つかないのだ。

誰にも解ってもらえなかったあなたは仲間に囲まれていた事に気がつき始める。
仲間が世界中に散らばっていて常時肉眼では見えないし、気軽に話しが出来なくても実はいつでもチャンと通じあっているのだ。
あなたは一人ではない。

勇気を出して行動をとってみよう。
小さくても良い。
葉書一通出すだけでも良い。
電話一本でも良い。
投書でも投稿でもよい。
「愛」から出てきた言葉を伝えてみよう。
必ずリアクションはあるのである。

あなたの優しさは人類全体に伝わるものである。
あなたは限りなく優しいのである。

あなたの美しさも世の中に待たれているものである。
あなたの美しさは何千通りにも表現の仕方があるのである。
「本当の美しさ」は形も色もないものであるからあなたを通して新しいメロディーが流れ出るのである。
あなたの姿が音楽であり詩でありダンスであり芸術作品である。

「本当のあなた」が登場する。
ふとした優しいジェスチャーは考えもなく自然に生まれる。

自然から生まれた最も優しく美しいジェスチャーがあなただからである。
  1. 2007/09/25(火) 21:45:22|
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心も温泉に

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疲れたら休まなくてはいけない。
5分でも8時間でも自分の休息の時間は罪の意識なくしっかりとらなくてはならない。

「癒し」というのはどうしてもゆっくりと時間をとらなくては行なえないものなのである。
何かをしながら、というのでは深いところから重いものを取り出せない。
このために割く時間は貴重な時間であり、その時間を作り出すということも積極的な行為なのである。

あなたが活き活きと動きやすく自分のコンディションを整えるのに言い訳はいらないのである。
当然とるべき行為である。
5時間しか寝なくて起きている時間帯は走り回って人助けをして過ごしたいのは山々であるが、あなたが真の意味で充実し落ち着いて実力を発揮できるコンディションを保つ方が世の中のためになるのである。

いつもギリギリでは気がついていないところにしわ寄せが出来ている。
家族や友人や大切なものが置きざれにされている。
自分が磨り減っている。

「本当の自分」は磨り減らない。
でもあまりにもギリギリに身を置いた自分は「本当の自分」を呼び起こす気力も残ってない。
気がつかないのだ。
寝て起きて走り回って、を繰り返している。

言葉では知っている。
「愛」と「光」は大切であると。
優しさや調和は重要であると。

しかし、どのような行動が真の愛で純粋な光なのかは区別がつかない。
みんなのために働いているのだから善い事をしているのだと思ってしまう。

「本当の自分」を見つめる方が最重要なのだ。
世間的に「善い人」という評判をとるのが正しいのではない。
それは結果として自然に現れてくるもだ。
「本当の自分」は恐ろしいものでは無い。
輝かしい美しい最も賢い存在だ。
純粋で清らかな存在だ。

それではあまりにも簡単に汚染されてしまうのではないか?
純粋なものは弱いのではないか?
という疑問はうなずけるのだが、「本当の自分」を持っている人ほど強いのである。
逞しく勇気に満ちているのである。
しかし、柔らかく優しく繊細なのである。
すべての面が豊かになるからである。

知恵も恵みも内側に満ちているものだと解る。
夢や希望は持っていて当たり前のものである。

「本当の自分」からいくらでもくみ出せるものである。
この世の中に自分を送り出してくれている生命エネルギーである。
生きている間は生きることを保障してくれている。
人間としての命が終わってもまだ生き続ける存在である。
だから人間側から理解しようとしても謎に満ちているのである。

解明するのに時間をかけてもいいのだが、存在するものだと認識しているのだからジャンジャン使ってしまう方が賢いのだ。
そして「本当の自分」は自分なのだから気兼ねは要らないのである。
どれだけの可能性があるのか、まだ何が出来るか、先を考えると楽しくて仕方がない。

失望している方はすごく善いチャンスなのである。
今すっきりと改めるとフレッシュな「愛」と「光」で空虚な心を満たせるのである。
私は別にどこも悪くない、と思っている人よりも一歩進んでるのだ。

「何で上手く行かないの?」と思っているときに新たなアイディアを発見して実行してみようと決心する。
あなたはどこまでも発展していくのだ。

自分の大きさなんて考えてもみなかった、人と同じだ、と思っていたあなたが「私には深みがある、高さがある!」と実感する体験する時が来た!

再調整する。
骨組み自体が大きくなっていく。
あなたは生長するのだ。
生命力の不思議さを今目撃しよう。
無限のバリエーションをみよう。

あなたが自分を開くとき「生きるエネルギー」と「生かすエネルギー」を感じる。
自然とはこんなにも雄大なものであった。
あなたも大自然の力なのだ。

自分を大切にしよう。
心も温泉に入れよう。
ゆっくりと自分の中を覗いてみよう。

「私ってすごくいいじゃない!」と笑顔が湧いてきたらもう大丈夫!
誰かが認めてくれる前に自分が認めることがとても大切なのである。
  1. 2007/09/24(月) 22:57:27|
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実りの時期

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秋は実りの季節である。

四季のある地域では秋の楽しさは他のどの季節にもない充実感がある。
長い間気を配り体力を使って育てて来たものが目の前で素晴らしい色付きで実る。
収穫し配分してみんなで楽しむ事が出来る。
分かち合える事が出来る。
次に来る冬に備えて貯蔵する事も出来る。
一番豊かな気持ちになれるときである。
感謝祭が行なわれる。

実りの時は来るのだ。
自分一人が手足を使って働いていると思っても同時に天地からの恵みを受けていたのだと再認識するのだ。
みんな一緒に働いていたのだ。

自分の分野では一人の仕事だと思っていても発表した時に充実している全体像が把握できるのだ。
あなたはあなたの持ち場を完璧にこなしてきたので全社会の礎の一部になっていたのであった。
個人だけで存在しているようでも全体の中のあなたなのであった。

実りの季節は実りのエネルギーで満ちている。
長い間の練習やお稽古やリハーサルもついに本番になる。
下積みというのは高くなるための期間であるので、それがどんなに長くてもう発表の日など来ないかもしれないと諦め始めていたとしても突然のように朗報が入る。

お呼びがかかった!
あなたの出番だ!
大丈夫!
もう一人前になったのだ。
人前に出ても大丈夫である。
晴れの舞台だが緊張せずにこなそう!

こっそりこつこつと研究ばかりしていたのだが、世の中はあなたの発表を望んでいるのだ。
勇気を持って出て行こう。
あなたは充分に時間を費やして来たので充実した内容の展開が出来るのである。

あなたの個性が認められるときが来た。
あなたがあなたらしいのがとても魅力なのである。
あなたは熟れてきたのである。
本当の色が出てきた。
他の人には真似の出来ない素晴らしさをもって堂々と登場してよいのである。
この世に二人といないからあなたは待たれていたのである。

今日のこの素晴らしいエネルギーを利用しよう。
実りに感謝し、お互いの功績を讃え、楽しいリラックスした時間をすごそう。

月は満ち輝きあなたの心は喜びに満ち溢れる。
実りの時期は今なのである。
  1. 2007/09/24(月) 05:19:50|
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癒される!

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50代の独身女性が居たとしよう。
社会的には尊敬され経済的にも満たされどこも非の打ちどころは無いと思える。
若い頃に大恋愛もした。

ところがとても複雑な事情があって人工中絶を受けたことがあるとしよう。

その後心の傷を癒すために、愛とか光とかを口にしている人々に同調したりしたのであるが、いつの間にか離れてしまった。

普段は全く普通に暮らしている。
ところが周りの人々に冠婚葬祭のニュースが入るたびに自分の心の痛みが浮き上がる。
結婚はしていないし、もう子供を産める年令ではなくなってきた。
何とかしたいがどうしていいのか解らない。
もうすでに人を導く立場にある。
結婚や出産だけが幸せの保障では無いのは解る。
でも振り切れない重いスポットが心の中にある。

あなたの中の「本当のあなた」のみ答えを知っているのだ。
他の人間が「あなたの問題はこうなのです、ああなのです。」と非常に深く理解を示し改善の方向を示してくれても「本当のあなた」が出しているサインと異なっている場合はどうも改善する気力が湧かない。

「私の侘しさや重苦しさは誰にもわからないし、すっきり浄化なんて出来るものではないのだ。」と思うとその通りになる。

ところがある日勇気を出して「心の改善は出来るのだ!」と立ち上がると本当にピッタリのものが現れてくる。
目の前に飛び込んでくる。

あなたの魂は清らかにピカピカで汚れたり引き離されたり絶望したりした事は一度もないのだ。
それが「本当のあなた」である。
だから「本当のあなた」を出す事に集中すればいいのであるが、まず自分の心に素直になる努力は絶対に必要なのだ。

物質的にこびりついた汚れはタワシでゴシゴシ擦ってとる事があるが、心のお掃除は痛みを伴うものではないにしろ「その部分」にフォーカスを当てて取り去る必要のあるものである。
しっかり洗い流す必要のあることだ。
とてもプライベートな事だ。

祈りも瞑想も役に立つが「癒し」が最も必要なのである。
そして自分で決心する事が必要なのである。

人の勧めで社交上話が合わないと困るから最近話題になっているヒーリングを受けてみました、というのではあまり効果は無い。
「私は癒される!」と結論を出すのだ。
そこから始まる。

あなたは「本当のあなた」に出会うのである。
まだまだそんなものではないのだ、あなたの可能性も幸福感も。
もっと想像もしていなかった大きな自分が居るのだ。
気高い美しい賢い優しい知恵に満ち溢れた素晴らしい自分が居るのだ。

何歳でも全く関係ないのだ。
今日決心した時「本当のあなた」が現れ始める!

「本当のあなた」とコミュニケーションが取れたとき「本当の愛」がわかり「真」がわかり「善」が解るのだ。
もっともっと深かったのだ。
さらにとてつもなく広かったのだ。
あなたは全ての全てなのであった。

「私は充分賢く美しく優しいのです。」と思っていらっしゃる方もまだまだ宇宙空間を埋め尽くすほどの可能性があることを知っていただきたい。
「本当の幸福」をしっかり握っていただきたい。

あなたは限りのない自由な存在なのだ。
まず「もう足かせを外してよいのだ!」と自分を釈放し、新しい目で人生を見直して欲しい。
過去もアングルを変えてみると違う成り立ちのドラマに思える。

そして「未来」は今あなたの心の中にある!
  1. 2007/09/23(日) 01:35:05|
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ちょっとお遊び

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今日はちょっと変わったことをしてみよう。

自分だけの時間をとって目を閉じ自分の好きな環境に二人座れる場所を設定する。
つまり、丘の上の見下ろしのよいところに綺麗なテーブルと椅子を2脚用意したり、美しい白い砂浜に大きなビーチ・パラソルを立ててビーチチェアを二つ置いたり、お洒落なパリのカフェの隅っこの木の二人用のテーブルを占領したり、清楚なお茶室でおもてなしの用意をしたりする。
あなたの好きなところでよい。

条件としては心地のよい誰も他の人が入ってこないプライベートな想像上の安心な空間である事。

そこに「もう一人のあなた」がまず座る。
現在のあなたは全体の流れを見守っている。

そして「一番大嫌いなもの」に来てもらう。

「一番大嫌いなもの」が座ったらテレビのインタビュー番組のように「もう一人のあなた」は聞き手に回る。
相手はお客様で今日は発言してもらうために呼んでいるのだからもし初めからドンドン口を開いてくれたら黙って聞いていいし、あまり話さないようだったら「一番大嫌いなものになっているってどんな気持ちですか?」と聞きだしてみよう。

これはカウンセリングではない。
セラピーでもない。
空想ゲームである。

「一番大嫌いなもの」がどんな形で登場するかは全くわからない。
人なのか物なのか、シンボルみたいな形のないものかも知れない。
体の一部とか昔持っていた何かかもしれない。
でも必ず何か話してくれる。

ゲームのルールとしては「もう一人のあなた」は素直に興味深く出てきたものの発言を聞く事。
裁いたり、正否を問うとか善悪を考えない事。

これはたまたまあなたが一番大嫌いなものであって社会的な立場や価値とは関係ないものだ。
外の世界とは関係ないものだ。

「ふ~ん、こんなものが出てきたか、、」と頷くだろうか?
「ゲ! 私はこれを嫌っていたのか?」と驚くだろうか?
結果は色々だと思う。

ルールは守っていただきたいが、これはただの遊びである。

でも、大嫌いなものが何故大嫌いという事になったか解るとまたすこしだけ自分を理解する鍵になる。
遊びも上手になると人間の幅が膨らむ事になるのだ。

面白いと思うのでやってみていただきたい。
  1. 2007/09/21(金) 21:11:20|
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自分の中の「光」

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もしあなたがすでに裕福な生活をしていて家族もみんな健康でそれぞれに能力を発揮して活き活きと暮らしているとしたら困っている方たちを助けようという気持ちがわいてきてボランティア活動に参加したり金銭的な援助を送られることだろう。

人類愛に目覚められていて本当に素晴らしい事である。

もしあなたが現在はまだ全く先の保障がないように見える状況におかれているのに自分自身を信じて暗闇の中を何人もの人をリードしていかなくてはならないとしたら責任感は重くなる。
あなたの中では明るい将来の生活が見える。
みんなが喜びに満ちている情景は浮かんでくる。
しかし、あなたの中にある「本当の生活」は実現するまで信じてもらえないかもしれない。
途中で足を引っ張るような家族や団員や社員が出てくるかもしれない。
諦めてはいけない。
あなたの中の光は消えない。
絶対に正しい導きはやってくる。

ハリー・ポッターの大親友ロンでさえもハリーについて行く事をやめてしまった。
何ヶ月も移動し続け空腹感や苛立ちが溜まってしまったのだ。
しっかりした計画なんてなかったのかと怒ったのだった。
でも帰ってきた。

「本当の愛」はやりぬく力をもってしっかりサポートしてくれているのだ。
その途中で起こる事は大切な教えなのである。
さらにあなたの強さと大きさを物語るエピソードになる。
そして常に守られていたのだと最後にしっかりと解る。

くじけそうになる時は誰にでもある。
もう弱音を吐いて止めてしまおうか、と思ってしまう。

すこしだけ休めばいいのだ。
暗がりを早く抜けきりたいと焦る気持ちはよく解るが、絶対に明るい夜明けは約束されているのだから今はしっかり睡眠をとってよいのだ。

眠っている間に守護霊たちやまだ逢っても居ないソウルメイトたちが軌道の修正をしてくれる。
道しるべが解りにくかったら書き直しておいてくれるのだ。
あらゆる「知恵」が八方からあなたに向けられて配達されてくる。

「本当の愛」が「本当の愛」を送りつけてくる。
あなたは「本当の愛」を持ってはいたのだが、それでも人間的な勇気や行動力に限界を感じ始めていたのである。
ところがあなたはもっと広く大きく包まれているのだということを限界に来た時新たに体験する。

「私の出来る事はすべてした、これ以上どうしたらいいのだろうか、、」と悩む時ポッと目の前に大きなサインが現れる。
「あなたは愛されているのです!」と書いてある。

限界まで行かないと限界なんてないのだということがわからないのは面倒な事だが、はっきりと解るためにはいつも裕福でなにもかも上手く運んでいたのではもっと大きな力さらに広い世界を心の底から把握する機会が与えられないのである。

「愛」なんていわれてもなんだかわからないから、「愛」から発している見返りを要求しない本当に真心を尽くした行為を自ら体験するチャンスを与えられているのである。

真っ暗な中、灯台の光が見えなくてもキラッと一瞬光る光の粒を信じて進もう。
もう直ぐ陸に着く。
意外に近くまで来ているのだ。
長い航海は終わる。
朝陽が上がると暖かい人々が待ち受けてくれているのが丘の上に見える。
みんな手を振ってくれているのである。
あなたとあなたがリードしてきたグループ全員は大きく抱擁され祝宴が開かれる!

ヘトヘトでボロボロでも関係ない。
あなたの素晴らしさは認められたのだ!
もう大丈夫だ!

絶対最後まで自分を信じることを止めてはいけない。
あなたは世界で一番大切な人なのである。
「本当の愛」は死なない。
絶える事は無い!
これからさらに広がるばかりだ!

あなたはあなたの知らないところでしっかりと見守られているのである。
あなたが今している事は孤独な作業ではない。
カルマの解消などというちっぽけな事ではない。
大きな「愛」を呼び起こしているのだ。
歓喜の雨の前が降る前の曇り空だ。
天から恵みが降り注いでくるのだ。
地からも養分を吸いだす時が来た。
あなたはどちらからも支えられているのだ。

自分の中の「光」を信じよう。
  1. 2007/09/20(木) 22:08:30|
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個人チャート

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私は先日から西洋占星術の個人チャートの読み方をすこしずつ学んでいる。
これはbirth chartもしくはnatal chartと呼ばれるもので生まれた年月日、時刻と場所を基に作成するものだ。
これはけっして一ヶ月でマスターできるものではない何年もかかるものだ、と言われているので他の人の読みを始める予定は一切ない。
しかし、自分の可能性はもう少ししっかり把握したい。

この世に二人として同じ人はいない。
だから全く同じチャートは2つ存在しない。
双子でも出産の時間帯が違う、2時間ずれると上昇宮も変わってしまう。
するとチャートは全く違うところから始まる。

無料でチャートを作れるウェブサイトで3つくらい自分のチャートを作り本や占星術師のウェブサイトで出ている星や宮の説明書きを見比べてゆっくりゆっくり進めている。
占星術師も色々個性があって何に重点を置くかはその方によって違う。
だからまず一冊目の本をしっかり読んだらバリエーションを参考にする。

「現在の星の位置がどうであれ、西洋占星術を知りたかったらまず個人チャートから始めるのです。」というスーザン・ミラーの言葉は印象深かった。

まず自分から始めるのだ。
自分の中の可能性を無限に引き出すことをするのだ。
誰でも道は開けているのである。
そして才能も山積みに用意されている。
恋愛が絶対に出来ない人など居ない。

外に出やすい傾向があるとか、内側に秘めている気持ちが強いという傾向があっても、それは傾向の表示であってだったら何をどう利用して表現したらよいという事まで方向性が出てくる。
どんな表も読み取り方はあなたのものだ。

外で人前で演説するのが無理だ、と思ったら書いて表現できる。
現在は自宅でコンピューターで収入も増やせるのであるから接客は苦手であったらインターネットで素晴らしいものを提供できる。

「私はこういう性格です。」と自分で思い込んでいたのに人からみると全く違っていたりする。
全く一面的な人は存在しない。
みんな色々なところに良さが散らばっていて伸ばし方で人生の楽しみ方が倍増するのだ。

どの人もピカピカの最も清らかな魂を持っている。
それは同じだ。
ところが人間としての個性は無限のバラエティに富んでいるのである。

「私は普通の人です。」というのはありえないことなのだ。
あなたは世界に一人しかいない最も個性的な人なのだ。
ただ変わっているということではない。
無限の可能性が秘められている。
どの部分をとってもユニークなのである。

「今は学生なのでお金は稼げない、、」
「子供が小さいので動きが取れない、、」
「親の世話をしなければならない、、」
という事も一時期は体験するだろうが、そんな中でもあなたの可能性は死んでしまうことは無いのである。
生まれもってのあなたのものだからである。

使える時が来る。
生かされるときが来る。
あなたはどちらの方向に伸びてもよいのだ。
最終的には光り輝く「本当の自分」を発揮する事になるのだ。
今出来ることを毎日続けよう。
積み重ねも本当に大切な事なのである。

アイディアが湧いたら道を歩いている時でもメモしておこう。
次の作品や商品のヒントになる。
もし5年かかってしまったとしても5年後には出来るのだ。
あなたの約100年の人生の中では充実した大切な5年間になるのだ。
そして考えを暖めている間ももう「そのもの」は育ち始めているのだ。
大きなものは突然出現しない。
地道な積み重ねが必要なのである。

そして家族や友人、仕事場でのチームワークが豊かに広がる。
あなたが非常に個性的でその善さを提供するのでお互いが善いところを出し合って補うところは補い、リードする時は堂々と先導し、信じあって物事に取り組んでいけるのである。

愛深い環境に身を置くことになる。
頼るだけ、頼られるだけではない。
相互に行き来があるのだ。

あなたは最も個性的な存在である。
素晴らしい輝かしい人生の青写真を持っているのだ。
短期間の成功も必要だが、一生を通して常に新しい可能性が生まれ続けているのだ。

大きく目を開いて自分を信じよう。
最後の最後までどんな展開になるか全く解らないのである。
ビーナスやジュピターは必ず回ってくる。
太陽系の惑星だけでなく宇宙の星全部が常に動いているのである。
あなたも常に変化している。
進化してる。
向上している。

もう直ぐまた「そうか!これのためにやっていたのか!良かった!」という事が絶対に訪れてくるのである。
先に感謝してしまうともっとそれが早く巡って来るのである。
  1. 2007/09/19(水) 21:41:32|
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解決する

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「すごい問題を抱えてしまった!」と頭を抱える事が出てきたとしよう。

まず、そのすごい問題は横において置いて、今まで「すごい問題にぶち当たった!」と悩んだ過去の出来事を思い出してみよう。
何回かはあったのである。
そしてあなたは大丈夫だったのである。

「イヤ、あの時は若くてそんなに大した問題ではなかったのです、今度はとても大変です。」とおっしゃりたいだろう。
あなたは熟しているのである。
木の実が熟す時初めは葉の色と同じの緑色でもついに自分の本当の色の実になる。
原色の鮮やかなはっきりとした存在になるのだ。

だから青かった時とは違い問題は大きくはっきりとしたものが表れるようにも見える。
でも同じなのだ。
過去何回も解決できてきたのである。
今度も絶対に解決できる。
今度解決した事によって受ける利は多大なものだ。
落ち着いて手持ちの駒を再認識しよう。
駒の数が少なくてもその動きつまり能力全部をしっかり把握しなおそう。

あなたは何百回も勝ってきたのである。
勝ち負けにこだわっていなかったので勝負に出ていたとも気がつかなかった。
でも全体を大きく見つめる目は今熟して来たのである。
だから、「じゃあ、これをやってみなさい。」とチョッと高度なクイズを出されているのだ。

ジクゾーパズルでもひとつ仕上げると次は数の多いものに取り組みたくなる。
あなたは自然に無限の可能性を探しているのだ。
そして、あれもこれもちゃんとできましたという経歴を作っているのである。

だから、大丈夫!
今回ももっと早く急所を見抜きつぼを押さえ解決する事が出来る。
勝つといっても相手はあなたの中に居る恐怖心だ。
「ダメだったらどうなるのだろう、、、」と迷っている気持ちだ。
迷いから覚めた時は迷いはなくなっている。
だから闘争心ではなく真を持って挑むのが良いのだ。
外の問題も納まり、自分の心もさらに整頓される。

まず「この問題は最良の形で解決する!」と決める。
そして悩みの重みで心が沈み始めたら、その重みを吐く息とともに外に出してしまおう。
「重みは出て行く。」
そして息を吸いながら
「豊かな解決法が入ってくる。」
と繰り返してみよう。

「本当の知恵」というのは瞑想をしている時に素晴らしいアイディアが浮かぶ事もあるが行動を起こし始めたときに柔軟な構えで居ると他の人がジャンジャン運び込んできてくれる事も多いのである。
悩んでいる時は意識的に外にも目を向けてみよう。
愚痴を言うという意味でのおしゃべりではなく、似たような問題で誰かが何かを解決した記事を読んだり、思いがけない人のリラックスした表現でヒントを得たりする。
善い本のページをランダムに開けてみたら答えが書いてある。

「本当の知恵」のアンテナを磨き受信機のスイッチを入れると「ああ、そうだった。自分を信じればいいのだ。道はいくらでもある!」と世の中には知恵が充満している事がわかる。
解ってから後の行動は早い。
もう大丈夫だ!

柔軟に構えるというのは今までの自分の生活態度や性格も変える事になるかもしれないことでも受け付けてみるということだ。
まず話しは聞いてみなくては解らない。

相手の態度がどのようなものでもあなたは「本当のあなた」を持って接する。
あなたは素晴らしいのだが、「私は素晴らしくて悪いところなんかないのだ!」と突っ張るのではない。
ただ本当に素晴らしいのだ。
善い心を持って最善を尽くしているのだ。

あなたは思ったり早く育ってしまったのである。
だから責任も大きくなってきたのである。
でもそれをやりこなせる力はもともとあるのだ。
今回初めて使わなくてはならない力なので緊張感が伴っているだけだ。
緊張しなくてよい。
あなたの力はあなたの力だ。
思いっきりのびのび使ってみよう。

絶対に大丈夫!
出来た時やってよかったと思う。
やりぬけて自信がついた。
あなたは世間にもあなたの大きさを解ってもらえるである。
本当の価値観を手に入れるのである。

あなたは尻込みしてはいけないのである。
篭ってしまう時ではないのである。
ただ「本当の自分」を信じて自分の人生を前向きに歩むのである。

大丈夫!
絶対に大丈夫!

あなたが大きくなった証拠がみんなの前に現れる。
祝福の夜明けはまもなく訪れる!
  1. 2007/09/18(火) 23:03:32|
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先に信じる

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手のひらに赤い球を握り締めている人に向かって「あなたは赤い球を手の中に持っているのですね!」といったら「そうです。」という答えが返ってくるだろう。
肉眼で見えるので言葉で告げなくても目で状況を受け取っているのだから双方同時に認証する。

では、「あなたは美しい輝きを心の中に持っているのですね!」と告げたらどうであろうか?
「そうです。」と言う答えが素直に返ってくるだろうか?

肉眼で見えないものはどのようにして同意または認証するのだろうか?
霊視が出来れば美しい輝きが見えるのだろうか?
霊視の出来る度合いも人それぞれであるようだし、全くそんなことに興味のない人も居る。

赤い球が手から離れる事はあるだろうが、美しい輝きが心の中から消えてしまうことは無い。
あなたが蓋をしていたり鍵をかけていたことはある。
でも光が消えてしまうことは無い。
永遠に燃え続ける生命の炎は忘れられていても存在を否定されても全く関係なく明るく生き続けている。

信じたときドアが開く。
あるのだ。
あなたの中には生命力が満ちているのだ。
人に借りたり頼らなくても自分の中には素晴らしい生きる力と知恵が備わっている。
それが美しい光に観えるのだ。

「証明してくれたら信じてもよい。」と言われてしまうが、信じたら証明しなくても「そのもの」の感触が味わえるのだ。
今すぐだ。
「なんだ、自分は自分でよかったのか!」と気がつく。
それだけなのだ。

最も美しい光が自分の中に宿っているとわかった後も普通の生活は続く。
やはり朝起きて仕事や学校に行ったり洗濯や食事の世話を続けるのである。
今までと同じだ。
でももう以前の自分と同じ生活は出来ない。
この光にこだまして欲しくなる。
響きの交響曲を聞きたくなる。
みんな中の本当の音色を引き出したくなる。

「あなたも最も美しい存在ですよ~!」と叫びたくなるのだ。

みんな同じなのだとわかる。
みんな安心して幸せに暮らしたいのだ。
愛し合っている人と行き来がしたい。
孤独な環境は改善したい。
分かち合いたい。

いきなり愛だとか知恵だとか光だとか言われても何のことだか解らないし、もっと傷つくかもしれないから関わり合いになりたくないと思ってしまう。
そんな言葉を軽々しく使う人に不信感さえ湧いてしまう。

人の事ではないのだ。
あなたの中の「本当のあなた」と出会うのが最も近道で安全な方法である。
自分の中の自分だったら信用できる。
間違ったとしても自分の中で起る事で外からの被害は来ない。
「本当のあなた」を呼び起こそう!
明るく楽しい存在がちゃんと鎮座ましましているのだ。
それはセンセーションなのでつまり波長のようなものなのでどう把握した方が良いとかこのように取り扱いなさいという説明書がついてこない。
ただ感じる事、その中に浸ることしか出来ない。

そうすると本当の色が出てくる。
本当の音が出てくる。
そして本当の言葉が出てくる。

すこし時間が経ってくると外の世界の人が「あなたは変わった!生長した!美しくなった!」とコメントをくれるようになるのだが、人の賞賛が欲しくてしているのでは無い。
ただ「本当の自分」らしく人生を生きているだけだ。
どこかそんなに変わったのかな?と急いで鏡を見るくらいだ。

まず初めに誰でも最も清らかな神聖な光が心の中に宿っている事を信じる。
そしてそれがジワーッと溢れ出てくるのを感じよう。

手にしていた赤い球や青い球を奪われてしまっても心の中にある美しい光の球は誰にもタッチできないものである。
あなただけのものだ。
あなたのために存在している。
絶対に無くならないのだ。
全面的に頼っても良い。
あなたのために限りなく働いてくれる。
愛を教えてくれる。
希望も夢もあなたのものになる。
暗い夜にも大きく抱きかかえて暖めてくれるのだ。

光の球は無色である。
あなたは純粋無垢で透明な清らかな心を持っているのである。
「本当のあなた」と結びついた時最も美しい言葉だけが鳴り出すことが出来るのだ。

大丈夫!
怖かったあなたも今試してみることが出来る。
「本当の真のあなた」だ!
あなたそのものだ!
信じるだけで「本当の愛」が流れ出すのである。
もうできる!

「ナンだ、こんなことなら早くやればよかった!」とホッとするだけなのである。
  1. 2007/09/17(月) 21:51:06|
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抜け出す

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同じ状況は続かない。
必ず動きが起る。
必ず変わる。

手の届かなかったものが意外にも近くまで来ているのがやっと解る。
もう少しだ。

困難な場面を経験していたがもう少しで終わるのが判る。
あとひと息だ。

失望したり諦めていた事が実は内側の話が随分違っていてあなたは関わらない方が良かったのだと分る。
なんだそうだったのか。

同じ状況は続かないといわれると「え!やっと恋人を手に入れたのに続かないのでは困る!」と不安になってしまうであろうが、同じく熱愛を持って接していても二人の真心が触れ合っていくうちにもっと崇高な愛の形に変わるのである。
性欲だけ重要なのでは無いし、短くなっても二人だけの時間は創造的に過ごせるように変わっていく。
フレッシュなあなたを毎日呼び起こせば新しい楽しみはドンドン湧いてくるのである。
同じ状況は続かなくても愛情が盛りだくさんの関係が続いていく。

悪いと思えた事がそうでもなければ新しい目を開かせてくれなかった事だったと分る。
また実際に体験したので世の中にはこのような苦労を抱えている人が他にもきっといるのであろうとあなたの理解度が増したのである。
同じ傷をなめ合うというのではなく、そんな傷など直ぐ治ってしまうことを導けるようになったのだ。
愛を持って暖かく優しく包む。
しかし、同情でブクブクと一緒に沈んでいくのはもう繰り返さない。
どこが最終目的地かはっきり示してあげる事が出来るようになったのだ。

ただ難を逃れればよいだけではない。
何が災いであったか心の中にある重苦しい感情や古傷を取り去ってしまい軽々と笑えるあなたが最誕生したのだ。
あなたは「生きること」を指導できる。
先生としてではなく同士として実際に一緒に生きるのだ。
相手が自分の子供だろうがクライアントだろうが、あなたの大きさは無限大なのでどっちが上下という事は無い。
「一体」なのだということを身を持って紹介することが出来る。

「もう何年も同じ状態なのです、、」という方が居たら一緒に振り返って見直してあげよう。
どこで改新のチャンスを逃していたか、何回も同じ考えで対応していたので新しい風が流れ込んでこなかったのか?
つまり心の奥底で変革を否定していたのか?

どうせ同じ状況は続かないのであるから思い切って変えてみよう。
その時に上手く行かないように見えても古いところからは抜け出せたのだし、直ぐに最良のコンディションを得られなくてもあなたは努力して改善するという行動をとったという体験が増える。
一度体験した事はまた出来る。
次に「また罠にはまったみたいに動けない状態だ!」と思ったときには「あぁ!自分は改善の道を知っているのであった! 行動を起こせばいいのだ! 誰かに話してみよう、本を読んでみよう、新しい事に挑戦してみよう!」と内側の自分の声が聞こえてくる。

あなたはなんでもできるのである。
不幸な人生を送りたければそれも出来るのだ。
あなたはなんでもできるのである。
明るい喜びに満ちた自分を選べば直ぐそれが顕れる。
自分の選択で周囲の人々を変えてしまうことも出来る。
あなたの影響力は偉大なものだ。

素直な「本当の自分」が顕れると努力と呼ベないような小さなことをし始めても直ぐに反響が顕れる。
純粋な乳児の笑顔のように周りの人はわけもなく一緒に笑ってくれるのだ。
ただ幸せで楽しい、そんな空気が漂ってしまう。

あなたが眉の根を寄せて「ん~ん、、、」と難しい顔ばかりしているとどうも扱いにくそうだと思われて寄って来てくれる人は少ない。
どうも友人が少ないと思える方はあなたの表情に険しいものがなかったか鏡を見る時間を増やして研究していただきたい。
是非見たいと思われる顔だったらどこへ行っても受け入れられるのである。

あなたは美しいのである。
「本当のあなた」の美しさは人間界のあらゆる言語を使い尽くしても、シェイクスピアのセリフを借りても、とても書き切れるものではないのである。
「本当のあなた」の美しさとは心も魂も含んだものであるので今日の肌のつやだけのことでは無いのである。
聖なる光である。
輝きなのである。

同じ状況は絶対に続かない。
それが人間界だ。
だから積極的に利用しよう。
なにもかも改善できるのだ。
よくなる。

大丈夫!
心配は窓の外に放り出し「絶対に出来る!」と大きな声で20回繰り返して言ってみよう!
あなたはそのときからすでに変わっているのである。
活き活きと生き始めているのである。
内臓が活性化して肌にハリが出始め髪に艶が自然に戻ってくる。

あなたの成功と美しさは今現在あなたのものなのである!
人間の目に映るのはもう少しだけ時間がかかるかも知れないがそんなことに構っていてはいけない。
あなたの幸せはあなたのものだ。
誰かが認めて始めて手に出来るものではない。
今あるのだ、手の中に、心の中に。

状況とは移り変わるものなので、積極的に心の中の状況を明るく変えてしまって世の中が眩しいくらいに輝き始めるのを観よう。
あなたはとても大きな大きな人なのだ。

つまりずっと先まであなたは観えているのである。
トンネルを抜けた後の開放感を知っているのだ。
だから途中の窮屈な感じがいやなのだ。
でもスピードを上げれば早く抜けられるし、くたびれているのであくせくしたくないと思ったらゆっくり過ごしていてもチャンと光り輝く世界に着くことを知っている。

「本当のあなた」はすべてを知っている。
同じ状況は続かない。
だから人生は面白いのだ。
あなたがあなたの人生の支配権を握っているのだ。
せっかく持っている権力なので思う存分使ってみよう!

幸福も富みも「本当の愛」も全部あなたの中にすでに存在しているのだ!
  1. 2007/09/16(日) 22:28:07|
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一緒に目覚める

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私は歯の矯正をした事があるのだが、一旦仕上がったあとも毎日リテイナーと呼ばれる歯並びのよさを保つための針金で出来たものを寝るときに着用するように言われた。

妊娠出産を2回繰り返していた時、身体のサイズが大小極端に変わりホルモンも激変していたので、口の中まで窮屈なものをはめ込んで寝るのでは睡眠など取れたものではなかったので「落ち着いたらまた始めよう。」と思っているうちに形がずれてしまってリテイナーはピッタリ合わなくなってしまった。
以後歯並びに関しては全く何の努力もしていない。

一度すっきり治ったものでも努力を怠ると元の位置に戻ろうとする習性があるようだ。

歯の矯正も3年かかってついにもうこれでよいというところに到着したのだが、その後15年過ぎると人目には解らないが自分ではすこし動いてしまったのが解る。

心のお掃除をしても急激に改善されたものであるから「改善された!」という安心感を持つだけで毎日その清清しさを保つ努力を怠るとまだどこかに残っていた古い習性が顔を出してしまう事がある。
以前のように堂々とあなたを恐怖心で支配する事は無いのであるが、ちょっとなごりを惜しんでもう少し引き止めたがっている古い恋人のようにセンチメンタルな部分がある。

心の問題は矯正する物では無い。
解いて消してしまうものだ。
だから力ずくで動かすものではない。

大きなお掃除は終わっても小さいゴミは毎日のように捨ててしまう習慣をつけたい。
3分間目を閉じて「本当の愛」を呼び起こすだけでいいのである。
「本当の愛」の感触は言葉では表せない心地のよさであるから時間の許す限り浸っていたくもなるのだが、まだ慣れていない方は寝る前に「本当の自分が現在の自分を愛と真心と知恵で満たしてくれる。」と優しく柔らかく美しい光に包まれてゆっくり呼吸を繰り返し、安心して眠りにつこう。
そちらが本当のあなたである。
筋肉も骨もリラックスしているのを感じよう。
目も耳も鼻も口も肌も今日はとてもよく働いてくれた。
心も気せわしい中よく切り回してやり抜いてくれた。
ホーッと大きくため息をついて「本当の愛」に身を任せよう。

都合がついたらやろう、時間が出来たら試してみよう、というのではなくまずやってみて毎日思い出さなくても自然に寝る前はこの境地になっているように習慣を作ってしまうと楽だ。

目覚めた時のあなたは「あれ?」というくらい若く輝いているのだ。
朝起きたときから胃が重苦しいなどという事はなくなる。
食欲があり、今日これからの一日が新しい可能性に満ちた充実した日であることがありありとわかる。

「本当のあなた」が目覚めたのだ。
「本当のあなた」とともに眠りについたので一緒に起き上がったのだ。
いつも一緒に居るのだが、こういうときには本当に一体感を感じるのである。

「この感触か!」とわかるとちょっと仕事で一段落したとき椅子で軽く目を閉じて「本当の自分」を直ぐに呼び起こし3分もしないで自分をリフレッシュすることが出来る。
24時間の中での3分は短いものだが、3分計って何かしようとすると長く感じる。
台本なしで3分間カメラの前で自分の性格を話しなさいといわれても上手に話せるものではない。
3分間を有効に使おう。
何時間分のエネルギーの補給になる。

心のお掃除は悪いところを強制的に引っ張り出して放り捨てるというのではない。
もう要らないと認識して消してしまうのだ。
浄化してしまうのだ。
ポッと溶け去るのだ。

「本当の自分」が簡単に出現できるよう心のスペースを空けるのだ。
世界一素晴らしい踊りの名手でも舞台上にごみごみと色々なものが落ちているところでは本当の美しい動きが表せない。
あなたはもっと気高く崇高な存在なのだからゴチャゴチャを片付けて絶妙なダンスを繰り広げよう。

重たい心は軽くしよう。
汚れは洗い流そう。
「本当の自分」を呼び起こしどこから片付けたらよいか聞いてみよう。
次々に浄化されていく自分を観よう。
何でもっと早く気がつかなかったのだろうと悔やむのであるが、その人にはその人の実る時期があるのだ。
今気がついたときが最良の時期なのである。
時間は無駄にされていない。

毎晩「本当の自分」を呼び起こして眠りにつくこと。
愛を感じる事。
自分を信じること。

そんなに難しいことではない。
やってみよう。
  1. 2007/09/15(土) 22:42:10|
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静と動

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静と動。

バリバリと行動しているのを見るのは小気味いいが訳も解らなくただバタバタ走り回っているのは傍迷惑なのだ。
自分の本心から動き出しているのか、何かに扇動されているのか、静かに心の中を覗いてみよう。

自分の考えでやっていると思っていたことが長年両親のどちらかの植えつけた観念に基づいている事だったり、もしくは善い行いに見えてもただ自分の心を慰めるためだけにやっていることだったりはしていないか?

ご両親の思惑だろうが、心の反作用で行なわれていようが、善い行いは善いのであるが、あなた自身で考えついた行動でない場合はいつか心に歪みが起きる。
これは自分の問題である。

心の中の「本当の自分」と打ち合わせをしたか?
人助けは当たり前だ、とばかりにジャンジャン外に出て行くのはいいが、家の中のことは同じく誠意を持ってエネルギーを注いでいるだろうか?
うちの中に居辛いのでさっさと仕度をして出かけていってしまうのではないか?

動のあとに静、静のあとに動。
「本当の自分」に向き合う時間を必ずとらなくてはならない。
落ち着いて「本当の愛」と「知恵」を呼び起こす。
自分の中がしっかりと満たされ次にとる行動範囲が突然広がってもぐらつかない自分を把握しよう。

社交は大切であるし、条件反射のように瞬時に人のために力をつくすのも当たり前の行為である。
しかし、落ち着く時間を持っていない人は同じところをぐるぐる回ってしまうのだ。
次の段階に進みたい。
あなたは進化するのだ。

拡がり高まり、大きく大きく生長するのだ。
深遠な魅力を保ちながら軽々と行動できるのだ。
そうするともっと早くもっと楽に問題が解決し始める。

あなたのところに相談に来る人たちにも「本当のあなたはなんでもできる!この問題は一番よい方法で解決するのですよ!」とハキハキと対応できるのだ。
相手に本当の力を発揮して欲しかったら「あなたは絶対にできるのです! くじけてはいけない、諦めてはいけない! 本当のあなたはもうできている。」と自信を持って宣言する。
それは扇動ではなく本質的な魂の誘い水なのだ。
眠っていた実力を目覚めさせるだけの事だ。
あなたはそのために走り回らなくてもつぼを押さえるだけで流れの悪かったところを改善できるのだ。

新しいあなたにはまたフレッシュな体験が待っている。
思いもよらなかった事が待ち受けている。
あなたの段が上がったのだ。
高段者はじーっと穏やかに構えていてもエネルギーに満ちている。
そして本当に無駄の無い必要なアクションでピシッと一本決めるのである。

静と動。
陰と陽。
永遠に両方の間を行ったり来たりするように感じるが同じ事だ。
静には動、動には静がピッタリくっついている。
「本当のあなた」は完璧なのだ。

突然大声で泣き始めたかと思うとケラケラ笑い始める乳児のように、一瞬に静の世界に行ったかと思うと動の飛躍的活躍をこなしてしまうのが「本当のあなた」だ。
前置きや長々しい紹介文は要らない時がある。
「今だ!」という時に行動を取れるのが善いのである。
周りが走り回っている時に黙想できる自分でよいのである。

「本当のあなた」は完璧なのである。
絶対の存在なのである。
調和の取れた愛のエネルギーである。
静の時間を意識的に設けて動の可能性を拡げよう。
あなたは出来る。

掘り下げればもっと解る。
落ち着けばもっと観える。

軽いジョークを飛ばしているときに「まこと」を配ってしまう事になるのだが、そのくらい当たり前の存在なのだ。
  1. 2007/09/14(金) 22:49:23|
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完治する

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古い傷は癒されるときが来た。
完治する。

個人として受けた傷も市民や国民として受けた傷も癒されるのである。
地球も生命体なので常に自体の自然治癒力を持って癒される。
偉大なエネルギーが一体となって働いている。

みんなホーッと力を抜いて大いなる愛の胸に抱かれて痛みや苦しみを開放することが出来る。
暖かな穏やかな優しい母の胸に抱かれて乳児のように眠る事が出来る。

安心感が甦る。
平和とは何かあなたは知っていたのだ。
心の底で「これが真の自分の姿だ。」と思い続けていた「本当のあなた」が、無傷のあなたが、ようやく陽を受けて凍っていた大地を溶かして芽を出してくる草花のように自然に無理なく顔を出し始めるのである。

新芽はまだ柔らかく愛らしく弱弱しい印象もあるが全く新しい「生命の力」の出現なのである。
どの大きさの人間でも同じく「生命体」に司られている。
赤ちゃんでも老人でも同じ生命力を備えている。

あなたの新芽は無傷のあなたから生えはじめているのだ。
今までの事は嵐が過ぎたときに一掃された。
しかし、あなたの「本当の命」は枯れなかった。
傷つくこともなかった。
あなたはいつもあなたなのだ。

そしていつも愛の胸に抱かれているのだ。
孤独だと思っていたが、誰にも愛されるべきでないと思っていたが、あなたは今まで一度も「本当のあなた」の抱擁から離れた事は無いのだ。
あなたを愛し続けて命のエネルギーを送り続けて守り続けてきた何よりも大きい存在が本当にあるのだ。

本当にあるものは消えない。
無くならない。
亡くならない。
永遠に存在する。

古い傷などないと思っていたあなたもやっと落ち着いて心の中をのぞいてみた時に痛々しい生傷に覆いをかぶせて絶対に何も当たらないように庇って隠し持っていた事が解る。
もう大丈夫だ。
癒されるときが来たのだ。
あなたの「本当の生命力」は自然治癒力を発揮できる。
直ぐに治ってしまうのをみよう。
古傷は痛まないのである。

優しく暖かく柔らかく愛に満たされるだけでいいのだ。
あなたがゆっくりと自分を包むだけでいいのだ。
あなたの中の「本当の愛」は何よりも豊かなものだ。
途中で足りなくなって充満するのを止めるということは無いのだ。
永遠の愛である。
無限の愛である。

あなたは愛で包まれている。
軽く目を閉じて自分に話しかけて見るだけでよい。
何が愛か討論しなくてよい。
ただのセンセーションである。
感じるだけでいい。

肉眼で見えないものは信じられなかった方も今度は愛の力を信じることが出来る。
「愛」は「美」であり「真」である。

あなたはどんなセンサーよりも敏感な存在なのだ。
もっとも優れたアンテナを持っているのだ。
そして「本当の愛」のステーションに周波数を合わせることが出来る。
あなたはどんな状況におかれても一瞬にして「ひとつ」にチューニングできるのだ。
絶対音はあなたの中にあり、「本当の愛」の響きと一体になる。

もう古くて忘れていた傷は愛が鳴り出すとき浮き出て来てしまう。
「本当の愛」を信じて現象に何が起ってもそれは一時的なことだと心に言い聞かせ中心の自分が振り回されないで居るとついにすっきりと傷が治っているのを発見するのだ。

「本当の自分」には傷はつかないのであるからその自分が顕れればよいだけである。
完治する、というのは溶け消えてしまうということだ。
「本当の自分」が本物なので偽者の姿は出番がなくなるだけだ。
活き活きとした美しいあなたが活躍し始める。
それが自然の姿だ。

あなたはどんな時でももっとも清らかな愛の光に照らされているのであり、柔らかな暖かい愛の胸に抱かれているのである。
  1. 2007/09/13(木) 22:40:00|
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集団の念

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変動期に見えるとき本当の力が発揮できる。

穏やかな整った状態では一から改革を呼び起こすのは難しいが、世の中も仕事場も家庭内も何かが終わったり崩れたりした時見直しや新しいアイディアを取り入れる受け口が出来る。

本当は整頓したかった、いつかは治したいと思っていた家屋や身体の慢性の症状や人間関係も明るみに出てくる。
陽がさしている時にすべて片付けてしまおう。

みんなが変わっているときなのでやり易い。

「変わって欲しいと思っていたのです!よかった!」という反応を受け取ることになるだろう。
「変えよう変えようとしていたのです、思い切ってやってみてよかった!」と自分もごく素直に新しい状況を受け入れる事になる。
本当に明るい言葉を使って笑顔で暮らせたら喜ばしいのにな、と思い続けてきたのである。

「それでもあれだけは許せない、」とか「こんな事では良い世の中は来ない!」といい続けていたあなたは「私が今善い世の中を認識する事で改善が行なわれるのだ。」とハッキリ解るのである。

あなたは全く完璧な「生命体」によって創り出されている。
完璧というのは非の打ちどころの無いということだ。
本当の意味での「善」を知っている。
「美」であり「真」である。

あなたの素のままの姿が登場すると輝かしい光が登場するのと同じことになるので世の中は明るくなるのだ。
あなたの言葉は愛のメッセージだ。
「本当のあなた」は「愛そのもの」の存在だからだ。

どうもどこかで曲がってしまった、変な癖がついてしまった、と感じたら直してまがい物の部分のあなたはさっさと捨ててしまえばいいのだ。
「本当のあなた」には形は無いのだけれども純粋で真っ直ぐなのだ。
「本当のあなた」に戻ればいいだけだ。
それだけなのだ。

習慣やしきたりを守っている人たちも出来ればもう現在の生活に当てはまらない部分は新調したいと思っている。
言葉に出していなくても、誰かが言い出してくれないかな、やってくれないかな、と期待しているのだ。
みんなが心の中で思っている事は集団の念の力で動き出すのだ。

そのとき思いもよらない変革が起ってビックリさせられても心の中の「やはり改善される方がよいのだ。」と納得している声に耳を傾けてみんなが真の本来の姿を出しつつあるのだと信じよう。
何よりもあなたが「本当のあなた」を堂々と生きていいのだと深く自信を持って貫いていこう。

集団の念の力は新しいリーダーを呼び起こす。
愛を持って行動する私たちのエネルギーをさらに活かせる人物が登場する。
批判ではなく善いバイブレーションを送りリーダーがその環境の中で大きな仕事をのびのびとできるようにサポートしよう。
私たちの愛と真の波長がそれに相応しい人の生長を促進するのだ。

あなたの力は普段あなたが思っているずっと大きい。
あなたの影響力も巨大なものだ。
今意識的に使わなくてはならない。
善い言葉を使うというのは道徳的に正しい四角定規な会話をしなさいというのではない。
ステキなお洒落な言い方はあなたのクリエィティブなセンスでいくらでも生み出すことが出来る。
茶目っ気たっぷりで愛の波長を振りまく事が出来る。

「本当の愛」はセンセーションなのであなたの作品も音楽もすべて愛の表現である。
旋律にのせて話しかける。

目まぐるしく変わっていくように見えても大丈夫!
あなたの中心は動かないものだ。
「本当の愛」があなたをしっかり握っているのだ。
  1. 2007/09/12(水) 21:35:44|
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9/11

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9/11である。

NYは6年前のテロ以来全く変わってしまった。
世界も変わったのだろう。

地獄絵図のような光景の中で人類のもっとも美しい面がハッキリ現れたのもこの日だ。
みんな一瞬にして何よりも命を救うこと、人種も宗教も超えて、お互いを助ける事に集中したのだ。

そして直接被害を受けずに直ぐ行動を起こせる人々は自分は何が出来るか、どう助けたらいいか、思いつく限りに役に立つ事を実践した。

宗教や宗派を超えて合同の慰霊祭や遺族への癒しの場が次々に催された。
どの宗教家も人々のために走り回っているようであった。
宗教とは何か、聖職につく真の意義をこのとき再認識しているようであった。

街では顔見知りの人が安否を確認して胸をなでおろす。
道で行き会う人々に暖かい言葉を投げかける。

平和への祈りはどの言語でもどの様式でも一日中絶え間なく続けられていた。
お寺や協会、コミュニティセンター、そして国連でも頻繁に合同の祈りの会が開かれていた。

人間とは強く美しく気高いものである。
命の尊さを知っている。
土壇場になったときハッキリ現れるのだ。
それは普段人間の心の奥深く眠っているかもしれないのであるが、いざというときは「本当の愛」がありありと顕れる。

そして歪んでしまっていた事、改めなくてはならない事へ焦点を定め始める。
本来の愛の姿はついに見え始めたのだ。
全体の社会構造を変えるのは時間がかかるように見える。
しかし、どちらを向いて進めていくのかはもう解ったのだ。

命を救う。
緊急時にその人が救われるべきかどうか考える事はしない。
誰でも救われて当然なのだ。
もしかして前科があるか、今まで良い行いをしたかどうか、などと問う必要は無い。
すべての人の命の価値は同じである。
もっとも崇高なものだ。

誰でもみな救われ癒され愛され満たされて暮らすべきなのである。
疑いは無い。
例外なくすべての命は尊い。

緊急時を通過したら幸福感を取り戻さなくてはならない。
おぞましい過去を抱えている心は癒されなくてはならない。
魂の清らかさを信じて全ての人の中にある「平和」を呼び起こさなくてはならない。

安心感と安定感を提供できる人になろう。
あなたの中には「本当の愛」がいつでも待機している。
緊急時ではなくても簡単に出動できる。
使い切ってしまうことは無い。
「愛」とは無限に湧いてくるエネルギーである。
あなたが枯れてしまう事は無い。
あなたの中で「平和」が鳴り出すときその響きは誰も無視することが出来なくなるのである。

積極的な行動なのだが、何よりも柔らかく優しい。
「本当の愛」とは美しいものだから違和感を与えないのである。
自分の中の「本当の愛」を隠さずに今役立てよう。
あなたはいくらでも出来る。

命を尊重し愛を持って接する。
それが本来のあなたの姿なのである。
  1. 2007/09/11(火) 21:04:27|
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排泄物

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人体というのは消化されなかったものや老廃物が排泄されるようになっている。
家庭でも職場でも上手に無駄の出ない工夫をしてもやはりゴミは出る。
そしてトイレとかゴミ箱はどこにでも設置されている。
誰でも必要なものだからだ。

物質的な世の中だけにゴミや排泄物が出るのだろうか?

心も整理しきれないものやもう古くて要らないものを捨てるシステムが必要ではないのか?
常時心の中をお掃除している人は黒く大きく固まってしまう重い荷物のような物を溜めなくてすむ。

家庭や仕事でいやなことがあり、一時的にお酒を飲んで憂さ晴らしをしたりカラオケで大声で歌ったりするのも解らなくも無いが、もうあなたはそんな浅い解決法では物足りなくなっているのだ。
奥深くから「真の幸福感」が顔を出し始めている。
途中にあるこだわりや積み重なっていた悲しみのブロックはすっかり取り外してしまいたい。

素直に話し合いたい。
いつもいつも顔色を気にしながらことを進めていくのはもうイヤだ。

人体や家庭に排泄物やゴミが出て、トイレやゴミ箱のようにそこに捨てればいいのだという指定場所に捨てている場合は何も問題にならない。
トイレ以外のところやゴミ箱を無視した態度で秩序を乱すと問題になる。

心の問題も「ここで捨てることが出来る」とハッキリわかっているところで捨てれば何の問題もないのだ。
他のところに捨てようとすると迷惑が生じる。
争いまで起きる。

つまり、誰でも少しずつは排泄物やゴミのようなものが心に溜まってしまうので、定期的に自分の時間をしっかり取り安全な方法で外に出してしまうことを繰り返すのは清潔に住みよい環境で生きていくということなのだ。
排泄物やゴミは公表するものではない。
だから心のお掃除もプライベートな問題なのだ。

あまりにも溜め込みすぎると「もうこんな事では生きていけない!」というくらい苦しくなってしまうので、是非チョクチョク「ああ、もうこれは捨てよう!」と押入れや引き出しの中のように整理を繰り返していただきたい。

心のお掃除をしていいのだとも知らなかった人たちも、初めは慣れなくても一回スッキリすると「なんで今までこんな簡単なこと気が付かなかったんだろう、、」ということになる。
私も感謝する事ばかり強調されて押さえつけられた感情はどうしていいのか教えてもらえなかった。
そして徐々に悲しみや恨みは自分で浄化していいのだと言う事を色々なスタイルを通して学ぶ事になった。

回り道をしたように見えてもお陰で随分勉強したので、今このようにすごく単純に「本当の自分」に出会える方法をご紹介できるようになった。
専門用語も要らない。
普通の日本語でいいのである。
もしくは平凡な英語でいいのである。

あなたは「本当のあなた」といつもつながっている。
清らかな美しく豊かな「生命体」である。
生きるエネルギーはそこから受け取っている。
途中の邪魔なものは取って出してしまえばいいのだ。
そうすると「本当の愛」を持って生きることが出来る。
「本当のあなた」は「本当の愛」そのものだからだ。

人間の心は人体に密着しているので悪いと思われる波長を受け取ってしまう事も多い。
さっと自分に光のシャワーを浴びせてその後は同じ波長を持って歩かないようにしよう。
汚れを直ぐに洗い流してしまうシステムを心の中で作ってしまおう。

心のふるさとをしっかり持って目を閉じたらリラックスできる自分を感じよう。
問題に当たったら、「これは最高の結果を持って解決する!」とまず結論を出し、そこに行き着く行程を大きく見開いた目で追っていこう。
意外な展開は助けになることにつながる。

あなたがあなたの心の持ち主なのだ。
整理してよい権限を持っているのはあなただ。
要らないものは捨てると決心するのもあなただ。

溜まっていた悲しみが出てきてチョッと泣く時間を取らなくてはならなくても、その後の開放感を考えたらたいしたことではない。
スッキリとさわやかな自分をイメージしよう。
捨てていいのだ。
みんな同じことをしているのである。
ただし、安心で安全な場を確保しなくてはならない。
それもあなたの心が見つける事である。
「本当のあなた」はもうすでに知っているのだ。

ストレスを溜めるな、というのであるが、だからってどうしていいか解らない。
吐く息でホーッとイヤだった感情を出してしまい、暖かい優しい愛のエネルギーを吸い込んでみよう。
呼吸を繰り返すだけでも状況が変わってしまうのである。

心の重荷を出すのはトイレに行くくらい当たり前のことが行なわれているのだと思ってやってみよう。
システムが解るとほとんど自動的に「あ、出さなきゃ!」というタイミングがわかってくる。
便秘に慣れてはいけない。

「私には汚いものが詰まっているのです。」という方は特にさっさと出してしまっていただきたい。
本当のあなたが汚れた事は一度もない。
掃除が必要だっただけだ。

ただそれだけのすごく簡単なことなのである。
  1. 2007/09/10(月) 22:12:31|
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新鮮なあなた

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霊魂とは歳をとらないものなのでいつもフレッシュである。

ところが人間界では"He is an old soul."などといわれる人がいる。
まだ若くても、子供でも、どこか深いものを漂わせているからだ。

人間として生まれ変わりを繰り返している中で何回か怖れずに超越しなければならない事を体験してきたのであろう。
すでにこだわりを捨てなくてはいけない事はハッキリ把握しており、大切にしなくてはならない事はもう言葉なく実行しており、それでいて普通の人間の生活を楽しみながら暮らしている。

し残していることばかり溜めて、次の人生でもあまり積極的に学ばず、生まれ変わりだけを繰り返していたのでは、いくら霊魂に年令は無いといっても勿体ない話しだ。

ピカピカの魂に優劣は無い。
あなたはどこまでもやりぬける可能性を与えられている。

これは人を突き飛ばしてでも上位に上がるというような小さい成功の話しでは無い。
人類愛の顕現のことを書いているのだ。
行き会う人が微笑みをかわせる世の中に生きることを善しとするのである。

選挙でも一人一人が投票に行かなければ票が集まらない。
面倒くさくてもその場所に向かわなくてはならない。
行動をとらなくてはいけないのだ。

平和とか調和はやはり一人一人が何かしらの行動を取らなくては成り立たないのだ。
感謝しているとしたら一言「ありがとう!」と言葉にして言う。
自然に出てくる人はいいのだが、行動も言葉もなかなかスッキリと出てこない人はちょっと重い腰を上げて何かやってみよう。

お年寄りが網棚に荷物を上げようとしているのをサッと手伝う。
乳母車を抱えて階段を上がらなければならないお母さんがいたら「お持ちしましょう!」と持ってあげるだけでもすごく大きな違いが生まれるのだ。
身障者を助けるのはごく常識的なことだが、どんな時に助けが必要なのか、簡単に基礎知識を持っていると数段早く有効な援助が出来る。

明るく声をかけてあげるだけで病人やお年寄りの楽しみが増えるのである。
葉書一枚出すだけで全く印象が変わってくる。

さて、最も難しいのは近親者である。
他人に丁寧に接するのは簡単なのである。
身近な大切な人に明るい喜ばしい言葉を常に投げかけているであろうか?
逆説的にけなすような言い方で褒めたつもりになっていないだろうか?
駆け引きなく自然に助けになる行動を取っているだろうか?

さらに一番大切な事は、自分に優しく愛の言葉を投げかけているだろうか?
自分のために平和な調和した行動をとっているだろうか?
楽しみは次々に生まれてきているだろうか?
「今のはよく出来た!」と些細な事でもすぐに自分にコメントを送っているだろうか?

こんな事ではいけない、こんなものを食べたら太る、もっとしっかりしなくてはならない、というのも本当であろうが、自分に充分褒め言葉を与えている人は批判の言葉以上に生かされる言葉で伸びていくのである。
外の世界が賞賛してくれるのを待っていたのでは時間がドンドン過ぎてしまう。
内側の自分が自分の善さを認め磨いていくのである。

「なんだか知らないけど、どうとも説明できないけど、変わったな、、」と感じる。
あなたの本当の素晴らしさが滲み出始めたからだ。
自分が本当の自分そのものを楽しんで生活している時はその波長が外に流れ出るのを止める事は出来ないのだ。

悔しさや悲しみ恐れなどはしっかり抱えていなくてもいいのだ。
それらを抱えていなくては自分の人生の重要な部分が無くなってしまうと思うのはまだ「本当の自分」に出会っていないからだ。
楽しみや喜びを顕現する時間とエネルギーが多くなってしまうので「自分らしさ」自体が変わってしまうのだ。
あなたは美しく微笑みながら暮らしていくのだ。

自分によい言葉をかけるのも勇気の要る事だ。
外の世界も内の世界も同じなのだ。
まず自分に向かって「ありがとう!」といってみよう。
思いつく限りの賞賛を浴びせてみよう。

行動をとるというのは世間的にアピールするパフォーマンスではないのである。
自分の中の「本当の愛」のエネルギーが自分も人も抱きしめるのだ。
そして「ひとつ」という事を実感するのだ。

「本当のあなた」は歳をとらない。
いつでも新鮮なさわやかなあなたなのである。

よい言葉も行動もごく軽くこなしてしまう事が出来るのである。
  1. 2007/09/09(日) 23:03:30|
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向上心

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向上心。
上を向く心。

より善い自分になろうとする。
もっと知りたい。
さらに出来るようになりたい。

上にドンドン上がって生きたいときはしっかりと掘り下げる時である。
いい人になりたい、尊敬される人になりたい、成功したい、というのは上を見上げて思っているように感じるのであるが、しっかりと心の中の深い深い部分を掘り下げていくと「本当の自分」はすでにあなたのなりたいものであり、知りたい事はそこに充満しているのだと気付く。

上に上りたい時は下にまず下りる。
なんだか反対だ。

でも一瞬でも膝を曲げしっかり大地を蹴り上げなくては高いジャンプが出来ないのは誰でも解る事だ。
掘り下げるのがごく短い時間でも深い内面の充実を確認する事はさらに高いアチーブメントを約束してくれる。
高い木はその分深く根を張っている。

土壌を掴む。
マーケットリサーチする。
基礎学習をマスターする。
そして個々の応用編に進む。

心の世界でもまず「本当の自分」を見出し、どこまでも出来るのだ、やりたい事は達成できる、としっかり信念の根を深く「本当の自分」に植えつける。
涸れる事のない「生命の泉」にストローを入れていくらでも現在の自分の向上のために必要な生命力や知恵、勇気や開放感を吸い上げる。

天然の心の栄養ジュースだ。
イメージ的にはどうも下から汲み上げるような感じがする。
HigherSelf などといって「より善い自分」「本当の自分」は高いところにあるような気がするのに。
すべて「ここ」なので場所の高低は関係ないのだ。

大切なのはあなたが「本当のあなた」は最高にピカピカの最も美しい魂であるのでその姿を反映できるための努力が向上心であるという事だけだ。
そして「本当のあなた」は遠い雲の上の存在ではなく今ここにいるのである。
あなたの中に存在する。

だから深くも広くも高くも大きくもあなたの考えであなたの心のサイズが直ぐに変わってしまうのだ。
「え!私がこんなことできるの?」と驚く事が多いのだが、まだまだそんなものではないのである。
もともと無限大なのだ。
だからどこまでも可能性があるのだ。

喜びとか幸福などは選ばれた限られた人のものでは無い。
あなたのものである。
あなたの中にある。
ストローで吸い上げてみよう。
「生命」の味はどんなものであろうか?

どうしても通り抜けなければならない事はあなたが自分でやって見なければならないということだ。
代わりにあなたの人生を生きてくれる人はいない。
あなたのものだからである。
だからあなたが一瞬にして変えられるのである。

世の中にどれだけ優れた指導者がいようが、素晴らしい本が出回っていようが、あなたが自分の素晴らしさに気がつかなくては話が始まらない。
あなたは生まれる前から素晴らしいのである。

向上心というと気恥ずかしい感じのする人も、心のための天然ジュースだったら飲んで見る気がするかもしれない。
目を閉じて自分の中は「本当の自分」の力で満ちるのだと感じればよいのである。
ホッと明るく感じればいいだけのことだ。
難しくは無い。

上ばかり見てとてもあそこへは行けないとか、追いつけない、などと思ったら、心の中の深いところに降りていってみよう。
もっと高い自分が見つかる。
あなたはあなたでいいのだ。
「本当のあなた」は愛と知恵で満ち満ちているのだ。

「本当のあなた」が目覚めればそれでいいのだ。
  1. 2007/09/08(土) 22:46:36|
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幼い子供

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大人になって意識的に解除するまで幼児期の体験がかなりの重みを占めるのがわかってきたので幼児に接する時は特に明るくポジティブに振舞う事が大切だ。

知らない子供に話しかけるときにも「賢そうね~!」とか「きっと大物になるね!」と素晴らしいコメントを出し、間違っても「そんなことでは将来が危ない」などといわないこと。

私は助けが必要なときはなるべく日本人のベビーシッターを雇うようにしていたのだが、預かってもらっている間に「宿題をしないと閻魔様が舌を抜きに来る。」とか「食べ残すとバチが当たる。」などと言われたらしく「お母さん、閻魔様って何? バチって何?」と聞いてくれたお陰でどうやら思わしくない事ばかり言う人だと気が付いてその後はその人はお断りする事にした。

何の根拠もない恐怖心を子供に植え付けて一体どうしようというのであろうか?
科学的でもなく精神衛生上も全く邪魔にしかならない言葉を習慣的に使っているので振り返って言葉の重みやそれを発している自分の波長をみる機会がないのだ。

まだ幼い子供に聞かせるべきではない事は嘘で誤魔化すのではなく「もう少ししたら解るからね。」と正直な態度で接しなくてはいけない。
バチが当たるというのではなく感謝を教えなくてはいけないし、子供というのは模倣をして育つものであるから親や世間の大人が率先して子供に行って欲しい行動や言葉を選ぶべきなのである。
親がゴシップばかりしていて子供に正しい本を読むように押し付けてもあまり上手く行かない。

「本当の知恵」は生かすためのものだ。
そして幼い子供はまだあなたの中にいるのである。
のびのびと生長を促す言葉をたくさんかけてあげ、褒め称え、癒してあげる。

自分に「よくやっているね! えらいね!」と声をかけていいのである。
「上手に出来たね!」と褒めていいのである。
本当にあなたはよくやっているし、上手に出来たのである。

まだ他の人には劣っているとか、努力の仕方が足りないとか、そんな事はまた次にやるときに気をつければいいのだ。
あなたはあなただ。
今日は一生懸命にやって偉かったのだ。
しっかり自分なりにやったのだ。
おめでとう、ご苦労様。

あなたは今自分に話しかけて幼い時に生まれた誤解や不必要な観念を取り去る必要がある。
「本当の自分」がいるのだ。
「本当の自分」はすべて知っているのだ。
植えつけられていた観念は曲がっているのだと、本当の意味での自由はそれを超えたときに得られるのだと。
まず自分や周りの子供達が安心して使える言語を使い今後も役に立つ矛盾のない行いをしなくてはならない。

あなたが自分の中の幼い子供に話しかけ励まし癒しキラキラした瞳を取り戻す時、世の中の子供達の瞳の輝きも増すのである。
大人になったらああいう風になりたい!
活き活きと自分らしく生きている立派な人になりたい!

くじけても暖かく包んでくれる、大きな存在になりたい。
世の中のためになることがしたい。

怯えている子供たちは今すぐ癒さなくてはならない。
空威張りを憶えてはいけない。
あなたも空威張りは捨てなくてはいけない。

捨てても怖くない。
あなたは「知恵」に満ちているすでに非常に尊敬されている存在なのだ。
知りたい事は直ぐにわかるし新しい方法も直ぐに現れてくる。
「本当のあなた」はなにもかもに満たされているからだ。

解らなくなったら「真の愛!」と強く呼び起こしじーっとどんな言葉が出てくるか待とう。
「真」から発する事は「真」だ。
自分はそんな柄ではないから、と恥ずかしがってはいけない。
「真」や「愛」に柄は無いのだ。

善い言葉で話しかけよう。
自分の中の幼い子供にも、世間の子供にも、そして大人たちの中の小さな子供たちにも。
みんな「よくできたね!すごいね!」といわれるとすごくホッとするのだ。

どうしてももう一言いいたいときは「今度はきっともっと上手に出来るよ!」と付け加えればいいだけだ。
でも、言わなくてももっと上手にしたいという気持ちは目に見えていることであろう。

小さな子供たちを大切にしよう。
外の世界でも、自分の中でも。
  1. 2007/09/07(金) 22:46:11|
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曇り

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大切な人の表情が曇っているとついこちらも影響を受けてしまう。

あなたが直ぐしなくはいけない事は「この人の本当の姿はピカピカの魂なのだから一時的な曇りに振り回されてはいけない」と思い起こす事だ。
そしてその人の中の「本当の喜び」や「楽しみ」が出てくるのを心の目でじーっとみつめる。

目の前にある問題が消えないようでも心の持ち方が変わるだけで世界が広がるのである。
出来る事はしてあげる。
でも一番重要な事は「本当の愛」を持って見守ることだ。
現在の投げやりな言葉や絶望的な態度は通り過ぎる嵐のようなもので永遠に続く事は出来ない。
光がさした時に光景が変わってしまう。

あなたが光である。
あなたが光景も状況も変えてしまうのである。
あなたがいてよかった。

人の問題とは全部肩代わりするものではない。
その人が「生命力」や「愛」に気付くために通過している壁なのだ。
でも導く事はできる。
観点が変われば重さも変わってしまい、考えも及ばなかった解決法が目の前に現れてくる。
壁は全く厚くなかったことに気が付く。

今まで目の前にあったものもやっと「これは自分のために用意されていた新しい世界を開く鍵なのだ!」と受け取ることが出来る。

大丈夫!
あなたの大きく開かれた目は次の人の世界観も変える。
そしてまた次に伝わる。
「本当の愛」とは柔らかく優しく絶大な威力を示すものだ。

あなたの中の「本当のあなた」はいつでも導かれ、そして導いているのである。
  1. 2007/09/06(木) 23:02:11|
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真実を伝えること

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ずばりとそのものを表現する事は度胸を要する。
真実であっても人を傷つける恐れがあるからだ。
そして自分にも波紋が返ってくる。

後になって「あの時言ってくれればよかったのに、、」といわれる事もある。
とてもではないが言い出せなかった事はたくさんある。
相手の立場を思うと混乱や興奮を招くであろうし、自分の方にとばっちりが飛んでくるか、怒りのあげく絶交などを言い渡されかねない。

本当のことを伝えるのは難しい。
みんな真実を知りたがっているのに土壇場になるとなるべく避けて通ってしまう。
知らないままで過ごせればそれにこした事がない、と心を納得させてしまう。

何かを知らなくてはならないのにどうしていいか解らない時、もしくはいつかは伝えなくてはならないが自分からは切り出せない事は「本当の自分」を呼び出し、「必ず最良の状態で真実が伝わる!それがお互いのためだ!」としっかり命じるのがよい。
そして一番善い時間と空間で自分が、もしくは相手がその情報を受け取ると信じきる。

それでも思い切って電話をかけたり手紙を書いたりしなくてはならないこともある。
でも、思い立つ時がその答えの時期なのである。
ボロボロになるかもしれないけど今知っておいたほうがいい。

あなたは人間的感情をごく深くすべて持ち合わせているので突然のニュースを受けて動揺しないで要るというのは無理である。
しかし、同時に「本当の愛」とは何か知っているのでニュースを受けても表面上の言葉や内容だけがすべてではないことも読み取れるのだ。

感情の波は何層にも重なっている。

しかし、「本当のあなた」はいつもと同じくピカピカに輝く最も美しい「生命体」なのだ。
傷つくことは無いのだ。

知らせなければならないことでも言葉の選び方は何万通りもあるのだ。
「本当の愛」を持って話しかけると同じ内容でも暖かい部分が浮き彫りになったり、早期解決の道が見えやすくなる。
ものは言い様、などというが真実を曲げるのではなく愛を持って伝えるということだ。

あなたには「本当の知恵」が備わっている。
深い広い知恵である。
その場限りの上手な言い逃れでは無い。
あなたの「知恵」はすべてを生かしている英知である。
宇宙を動かしている法則と同じものだ。

あなたは愛と知恵を持って真実を伝えることが出来る。
そして真実が伝わってくる。

「結局、チャンと解ってよかった、、」とため息をつくことになる。

解ってよかったのだ。
もしそう感じるまでに時間がかかっても「あの時伝えてくれてよかった、ありがとう。」といつかは感謝される事になる。
感謝が欲しくてする行為では無いし、当初はきつい思いをするかもしれない。

あなたはあなたの中の「知恵」と「愛」に従っただけだ。
そしてほどかれて行くのを見届けただけだ。

あなたは愛を顕すために生きている。
愛を隠すために生きているのでは無い。
そして「本当の愛」とは自然のものなので不自然な行動はとれなくなってしまう。

ドキドキする事でも落ち着いて呼吸を繰り返し、自然な言葉や行動とともに表現してみよう。
新しい発想で真実を伝えられるか思いをめぐらせてみよう。
ショックや衝突を避けられるか、和らげることはできるか、考えてみよう。

あなたは愛に満ちているのである。
あなたは知恵に恵まれているのである。
あなたはすでに調和しているのである。
あなたが恐れる事は無いのだ。

知るべきことが伝わってきてあまりにもショックが大きかったら、直ぐに自分の心のふるさとに戻って平和で安心な自分を取り戻そう。
「本当のあなた」に直ぐにつながろう。
大きな目でそのことを捉える事が出来る。
このニュースは一面性だけの事柄ではなかった。
もっともっと自分の中の自分の大きさと深さを感じさせるものであった。
豊かさを甦らせる要因であった。
安心感は戻ってくる、幸福感もあなたのものだ。

真実を伝えること。
「本当の愛」を伝えること。

ハッキリ直接的な発言をしている時でも「本当の愛」が働いており、結果はよくなるのだと信じること。

大丈夫!
心配する前に「本当の愛」を信じてみよう。
あなたは生かされるように出来ているのである。
  1. 2007/09/05(水) 22:09:50|
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もう一度硬く閉ざされていた門を叩いてみよう。
今度は開かれる。

あなたの心のドアが開いたのであなたはどこでも出入りが出来るようになったのである。
あなたは観るのもイヤだった自分の心の中を覗いて「醜いものは無いのだ!あるのは本当の愛だけだ!私は愛し愛されて幸せになって良い!」と解ったので外の世界の閉ざされていた難い門は呪文もなしに開けられるようになったのだ。

すべては「ひとつ」なのでみんな同じなのだと解ったのだ。

あなたは自分の真の素晴らしさが解り、それを堂々と表現する事に勇気を出して取り組んだのだ。
迷いの雲は呼吸を繰り返したり、紙に書き付けて燃やしたり、心の中のあなただけの部屋で思いっきり泣いたり出来たので晴れてしまったのだ。
まだチョッとは残っていると思っても「本当の愛」の発揮が先なので暗い部分は光を当てればよいということを把握しているから大丈夫。
もう乗り越えかたは解った。
捨てればいいだけだ。

「本当の愛」は光なのである。
だからそれのみジャンジャン使えばいいのである。

言葉の使い方は何よりも大切だ。
同じ状態でもポジティブに表現できないか?
もっとしゃれた言い方は無いか?
グサグサと刺さるトゲのある言い回しを使っていなかったか?
孫悟空のようにあなたは何百という分身を言葉に乗せて世界中に飛ばしているのだ。
愛の深さが表れる言葉だけ使おう。

「愛」の世界にトゲは無いのだが、「愛」を信じ切れていなかった心は固いのでトゲが刺さってしまうように思ったのだ。
「本当の愛」には何も刺さらない。

あなたの中のあなたは「本当の愛」そのままの存在なので何かに傷つけられる事は無い。
すべて透明な光の中を通っていく自由なピカピカの魂だ。
だからあなたは明るいのだ。
美しいのだ。

あなたの明るさと美しさも閉ざされていたドアを通って自然にあなたの上に輝き顕れてしまったのだ。
「なんだか前と違う、、、」というリアクションを受けてしまうのだが、あなたはこちらが本当の自分なので「いや、もっと自分らしくなっただけです。」と軽く微笑むだけだ。

もっと「本当の自分」を出す。
出さずに入られなくなる。
偽物は窮屈だった。
もう終わりだ。
「本当の愛」を振りまくのがあなたの仕事だ。
それが天命だ。

何回も何回もアプローチしたのに通じる事が出来なかった人にもう一度電話をかけてみる。
今日は「あ!あなたと話したかったのです!」と素直に答えてくれる。
出してもだめだと思っていたメールに返事が来る。
あなたは間違っていなかった。
でも、今日はあなたの心がさらに深く広く高く大きく明るくなった事が何故か一瞬で伝わったのであった。
今度は大丈夫!

エゴとか安っぽいプライドは消えていけばいいだけのことだ。
どっちがどうとかはもう関係ない。
みんな幸せになるのが良いのだ。
それが解ったのだ。

心のドアを閉ざしていた自分の事も憶えているので、まだスッキリ開けることの出来ない人は「本当の愛」で包んでしまおう。
「本当の愛」は限りなく大きいのだ。
あなたは限りなく大きいのだ。

厚い壁が音もなく崩れ消え去るのをみよう。
みんな本当はいい人なのだ。
どうしていいか解らなかっただけだ。

いかめしい構えの大きな門が開かれる時も、あなたは自分の家に帰ってきた子供のように堂々と自然に中に入る。
あなたを迎えるものはやはり「愛」なのである。

あなたは物凄い勢いでやり抜いたのだが、なんだか夢の中で遊んでいただけのような気もする。
そして「愛っていいな、魔法の鍵みたいだ!」と今度はこの鍵で何を開けてみようかな、とクリクリと輝く瞳を夢の世界に向けるのである。

どんな大きな門に行き当たってももう全然怖くないのである。
あなたに通過できない門は無いのだ。
透明な光である「本当のあなた」は門などスーッと通り抜け中身を全部把握してしまう事が出来るからだ。

一番大きな難門はあなたの心のドアだった。
重い鎖は外された。
「本当の愛」に重さは無い。

思いがけずに招待を受けるのをみよう。
贈り物が届くのを喜ぼう。
閉ざされていた門はあなたの勘違いだった。

あなたが叩いて開かない門は無いのである。
  1. 2007/09/04(火) 22:15:10|
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パニックと恐怖心

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私は溺れそうになったことがある。

15歳の時一学期に仲良くなった女子4人で夏休みに入ってすぐに海に遊びに行く事になった。
浜辺について直ぐ「泳ごう!」と全員海水に入って沖に向かって泳ぎ始めた。
私も一緒に泳いでいった。

すこし泳いだ時一人が「わぁ、もう随分深いとこまで来たね!」といったので私はどの位深いのか潜ってみようと思った。
下についたら足で蹴ってまた上がってこようと思ったのだった。

ところが思ったより深くて「足が下につかない!」と思った瞬間パニックに襲われてしまった。
突然バタバタ「助けて! 助けて!」と騒ぎ出した私を見て友人たちはふざけているのだと思ってそのまま泳いでいる。

やっと一人だけ「何やってるの? 今まで泳いでいたじゃない、落ち着いて浮き上がってみなよ!」と傍に来て声をかけてくれた。
そして足の立つところまで一緒に泳いで戻ってくれた。

確かにそうなのだ。
それまでは難なく一緒に泳いでいたのだ。

私は学校のプールなどで泳ぐ事は出来た。
が、考えてみると海で泳ぐ経験はほとんどなかった。
プールは足の立たないところは飛び込む側の数メートルの間だけで「自分の周囲ずっと足が立たない海なのだ!」と思ったとたん動揺してしまったのだ。
この時子供同士で海に行くというのは私にとって初めての体験であったし、あとで聞いたら残りの3人はもとの中学校では水泳部に所属したり、泳ぎは達者な人たちばかりであった。
私は競泳に参加するほどの力はなかった。

パニックに陥った時はまず落ち着いて息を出来る状態を取り戻す。
そして「自分は出来るのだ!」としっかり言い聞かせる。

私はそのとき本当に泳げたのだし、私がパニックに陥らなければ別になんともない一場面だったのだ。
ただ、こんな事は初めてだ、という恐怖心が一瞬にして私を支配してしまったのだった。
でも、大丈夫だった。
これは大きな教訓になった。

突然状況の違うところに放り込まれても、見慣れているはずなのにいつもと違うというような場面に出くわしても、まず落ちついて息のできる自分を呼び起こす。
そして「大丈夫! 自分は出来るのだ!ちょっといつもより人や場所が異なるだけだ!」ともう一人の自分が平常心をもって宣言しているのを聞く。

顕在意識の自分はハァハァドキドキしていても、もう一人の自分は「こんな状況は数分もしないで納まる! 大丈夫!」とどかっと構えているのである。

「本当の自分」と常に行き来が出来ていると難しい状況に出くわしても「大丈夫! 自分は生かされている!やり抜く事が出来る!」と励ましの声が内側から湧いてくるのを直ぐに聞けるようになる。
あなたは本当にいつでも生きているのだ。
それまで生きていたのだから急に生きることの能力を失う事は無い。
何かの恐怖心がそれを一瞬曇らせただけだ。
落ち着いて雲を吹き飛ばせばいいだけだ。

「生命」は永遠に死なないのである。
行き続けるのが「生命」である。
「本当のあなた」は輝かしい生命なのだ。

成熟してくると自分を大切にする事がわかってくるので危険信号は直ぐに読めるようになる。
自分を大切にするとは「生命」を大切にするという事だ。
あなたはどの時間と空間の中でも「本当の自分」を発揮する事が出来る。
どの生命も輝かしいものだと認識する事が出来る。

いつもチャンとすべて与えられているのだ。
恐怖心に重みをおかなければいいだけだ。
恐怖心は落ち着いて呼吸を繰り返しているうちに消えてしまう。
「本当の自分」の中には恐怖心は無いのだ。
明るい活き活きとした自分だけが存在する。

パニックに陥った時、まず深呼吸しよう。
そして「大丈夫!自分は出来る!」とはっきり言い切ろう。
あなたはチャンと大丈夫に出来ているのだ。
問題がどんなに大きく見えようともあなたにやりきれないことは無いのだ。

あなたはあなたの人生の主役である。
あなたが中心人物なのである。

何が起ろうとも「本当のあなた」はいつでも輝いているのである。
  1. 2007/09/03(月) 22:35:58|
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好きな事

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好きな事だけやって生きて行く、と言うのは解釈の仕方が千差万別である。
即座に「好きな事だけやって生きていけるわけがない! 協調していかなくてはいけない! 生活を考えろ!」と批判されそうである。

落ち着いて考えてみよう。
好きな事をするといっているのである。
我儘や自分勝手とはニュアンスが違う。
「好きな事」が飲酒や賭博や浮気などになる前の年令に戻ってみなければならない。
純粋な自分は好きな事を持っていたのである。

本当に大好きだった事、いつもそれをしていれば幸せだった事、もしくは大人にならなくては達成できなくていつもそれを夢見ていた事。

心の焦点が定まると好きな事だけやって生きて行くには義務的な部分を手際よく片付けて上手に時間を作らなくならなくなると気が付く。
エネルギーの配分も考える。

一日中歌を歌っているわけにも行かない。
より上達して世の中に出たいと思ったら自分ののどの調子とともにプレゼンテーションも考えなくてはならない。
何種かの外国語も勉強したい。

絵だけ引きこもって書いているというわけにも行かない。
創造の時間は邪魔されたくない。
しかし、個展や作品の流通経路がどうなっているのかPRには何が必要なのか、社交とビジネスセンスも磨き始める必要がある。

観客が全くいないのに芝居を打っても成り立たない。
脚本を書きたい、演出をしたいと思っても、まず市場調査をしなくてはならない。
モチロン発表まで何年も書き続けたりし続けるものもあるが、印税のない時代の文筆家のように生活費のための仕事を持たなくてはならない。

好きな事をしようとすると感性が磨かれるのである。
もっと大きく考えなくてはならなくなる。
そしてより自分を大切にしなくてはならなくなる。
自分の生活の中での優先順位を常にチェックする。
流されてはいけない、しかし我儘では成り立たない。

そこで「本当の知恵」を呼び起こし絶妙なバランスを持って生活に臨むのである。
すべて成り立つ!

エゴが邪魔をして周りに迷惑がかかっているのでは成り立っていない。
ドンドン不必要な部分は削っていく、時間もエネルギーも自分の「本当の愛」の表現のために大切に配分する。
不必要な怒りや嘆きはこの部分の邪魔になるのだ。
冷静な眼で作品を見直すというのと、常に悲観的で言い訳と自己批判に満ちている態度とは全く違うものだ。

TVや新聞に発表されるのが成功ではない。
それは確かに一時的には喜ばしい事だ。
しかし「本当の愛」が毎日息づいているのが成功者の生活だ。
好きな事を毎日できて幸せだと感じている人が本当の成功を手にしているのだ。

何が大切で何と何はもう捨て去っていいか?
いつまでも持ちつつけている理由はナンだろうか?
こだわりは誰の役に立っているのだろうか?

大好きな事を続けられるという事は何よりの幸せなのだ。
しかし、犠牲を呼び起こしているのでは真の喜びを味わえない。
自分も近親者も誰かが黙って我慢していることになる。
いつか爆発してしまう。
心の中へ戻って自分の何かを犠牲にしていなかったか問いかけてみよう。
自由に「本当の愛」が出てくるには狭い窮屈な思いを解除しなくてはならない。

あなたが解放されたときに家族や身近な人々全員にその影響が及ぶのである。
「真の姿」が顕れるとき「生命の響き」がありとあらゆるところにこだまするのだ。
あなたは留まるところを知らない真のエネルギーを持って愛の波長であるところの表現を行う。

それが科学的発明や発見でも芸術的作品でも新製品でも、今晩の夕食の献立でも今目の前で愛が満ちていることを感じるのだ。

好きな事を一生懸命やってきて本当に良かった。
大好きな自分のまま生きて来て良かった。
「本当の自分」を表現するのを諦めないで良かった。

まだそう思えなくても必ずそう感じる日が来る。
「本当のあなた」はあなたから離れた事はなくあなたはいつでも「知恵」を持って最高のバランスを保つ事が出来るのだ。

好きな事、それは身勝手な事ではない。
「本当のあなた」が生まれ持っている愛の波長である。
あなたはとても大切な存在であり、あなたが好きな事は何よりも重要な事なのだ。
しっかりフォーカスを定めよう!
  1. 2007/09/02(日) 23:30:25|
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しつけ

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私は祖母に出されたものは残さず食べるようにしつけられたのでアメリカに初めて2ヶ月滞在した時は直ぐにブクブク太ってしまった。
レストランでも家庭でも食事の量が日本の約2倍であったし、油っこい物が多かった。

ついに勇気を持ってお皿に食べ残してもよい事に決めた。
そうしたら随分ホッとできた。
しつけられたことを崩すのは思いのほか罪悪感のあることであった。

確かに食べるものを無駄にしてはいけない。
誰でもそんなことは解っている。
しかし、土壌の違うところで毎回苦しくなって動きが鈍くなるほどまでして食べなくてもいいのである。
自分の体の管理は自分でしなくてはならない。

その後自炊をするようになって食べ物の調整はしやすくなったし、NYで日本食の流行がみられたあとはどのスーパーマーケットにも寿司折が置かれるほどになり食生活は苦痛の種にはなっていない。
現在では自然食品も楽に手に入るようになったし、自分の食べる量はその時の状態で判断できる。

とに角、誰がどう思おうが幼い頃から教え続けられた事は自分の中では重みがあり、自覚して最良の行いに変えるのにはちょっとした決心が必要だったのだ。

調理してくれた人の気持ちを考えろとか、払った分の金額を考えろとか、もともと畑でこれを丁寧に育てた方の苦労に感謝しようとか、ここにつくまでに何人の人の工夫や努力があっただろうとか、次々に頭をよぎるものがある。

それでもその当時の私の学ぶべきレッスンは「無理をしてまでやり通す必要は無い」という事であった。
自分の身体に不都合が起ってまで躾けられたことは守らなくても良い。

何が無理で何が真理か。

土壌や年令が変わったとき下敷きになっている教えはしっかり受け継ぐとしても表面上で改善できる事は当然改善されていくべきである。
臨機応変というが、職場が変わったり、新しい学校が始まったり、引っ越したりしたあと全く同じ状況は続かない事が解る。

挨拶の仕方まで違ってしまうのである。
挨拶をしないのは不敬に当たると思われる状況と、それぞれ集中して自分の事に取り組んでいるのだからわざわざ声をかけられるのは迷惑だ、目が合ったら微笑んでくれればいい、などという時まである。

何も言わないでスッと帰ってしまって「どうしたのかな、、」と思っていたら「とても楽しみました!」とメールが着たりする。
だから挨拶を重んじる文化は尊重するとしてもこだわる必要は無いのだ。
出したい時に手紙を書き、良いと思ったときに褒め言葉をかけ、あげたい時に贈り物を送る。

礼儀というのは縛られるものではなく、自然発生するものだ。
お互いを素晴らしいと認めているので自然に頭が下がるのだ。
お祝いをしたくなる。
綺麗に包んであげたくなる。
よい言葉を添えたくなる。

愛の深さを無理に表現する必要は無い。
自分の中の「真」に任せていれば自然発生してくるのだ。
そして不釣合いな状況は改善される。
心の奥では「本当の愛」が働いているのだ。

「本当の愛」は礼をつくす。
すべての人を尊敬する。
みんな素晴らしいのだとわかっているからだ。

心の中から小さな枠がひとつずつ外されてあなたの「本当の自由」が戻ってくる時、あなたは誰に対しても感謝し、誰にでも喜びを分かち合えるようになる。
壁はドンドン崩れていく。

こだわりがあったな、と気付いたら「ああ、よかった! またひとつ片付いた!」と喜んで捨ててしまおう。
さらに健康で美しいあなたが生まれるのである。

色々な考え方があるし、世界は広いのである。
「こうあるべきだ!」と決め付けていることが真の自分から発生しているのかいつの間にか周囲のの影響で信じ込んでいることなのか、それは無理の生じない事か振り返ってみよう。

あなたは愛そのものの存在である。
愛は自由であり知恵である。
窮屈な愛などないのである。
束縛は愛に反する。

生かされるのがあなたである。
満たされるのがあなたである。

あなたを生かすために躾や教えだったことも見直してみよう。
その中の「本当の愛」はしっかり汲み取って、もう当てはまらない部分は改善して良いのである。
あなたが活き活きと生活する事が何より大切なのだ。

あなたの輝きを封じ込めるものは無い。
あなたの美しさはあなたが認めなくてはいけない。
心の中に邪魔がなかったかチェックしてみよう。

大切な事はあなたが自分で確認してみることである。
  1. 2007/09/02(日) 00:28:56|
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Liyako

Author:Liyako
松田利也子 Liyako Matsuda
米国NY在住。

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