利也子の日記

スピリチャル ヒーラーとしての活動や文筆物。

与える事与えられる事

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「与えよ、さらば与えられん」という言葉が子供の頃壁に貼ってあった。
それで人にはつくすのがいいのだと思った。

今落ち着いて見直してみると、与えられたいがために必死で与えている人は愛の顕現で行動しているというよりは自分が今後貰えるご褒美のために本質がどうであれせっせと自分を切り売りしていると考えられる。

じーっと見据えてみると、与えられなくてはならない人も与えられるべき自分もいないのだ。
みんな全てを今もっている。

「欲しい!欲しい!」「頂戴!頂戴!」という思いを納得させるためにまず一旦人に与えたら自分が堂々と貰える番が来るのだ、というのでは何かをしたらやっと許可を得て自分の願いがかなうのだという小さな観念の枠から出られなくなる。

あなたはすでに与えられている。
自分で自分の中から呼び起こすのだ!
あるのである。
だから使うだけでいい。

「愛」はエネルギーであるので動いている時は同時に進行する。
愛し愛されて流通する。
瞬時に与え与えられている状態だ。

「あなたが高いときは私は下」というのではなくシーソーで同時に遊んでいる仲間だ。
上がったり下がったりしているように見えても一体になって流れている力なのだ。
同時に楽しい。

お金もエネルギーなので自分の能力を与えている時同時進行で報酬が与えられる。
ただひたすら溜める事が好きな人はエネルギーを止めていることになるのでもっと動きをよくしたかったら流れをつけることである。
「ためる」と「とめる」は同義語だ。
ストップしてしまっては自分も人も生かされない。

小さなお金でも生かされているときは最高のパワーを発揮する。
大きなお金でもひとところに留める事だけに興味を示すと不都合が起ってくる。

みんなチャンと生かされているのであると把握すると、誰が今いくら持っていようと、近い将来その構図が変わろうと、絶対に大丈夫なのだという安心感が定着する。
実際の金銭だけで判断できないからである。
我々の才能全部が財産である。
学んだ事も宝の一部である。
そして値打ちのつけられない「本当の愛」を全ての人が持っているのである。

褒めて欲しいから人を褒めるのではなく、「いいな!」と思ったら「綺麗ですね!」とか「素晴らしですね!」と素直に発言してあとは忘れてしまうのである。
褒められたら謙遜しないで「ありがとう!」と微笑むのが善い。
難しいことではない。
ただの簡単な愛のやり取りである。

自然に目に入った美しいものを賞賛し続けていると、いつの間にかあなたも賞賛されているのである。
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  1. 2007/06/29(金) 20:51:35|
  2. 癒し、ヒーリング
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松田利也子 Liyako Matsuda
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